お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

28.花火大会と浴衣3

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「ねえあそこ、ベビーカステラとかもどう?」
「欲しいものがあったらなんでも言うんじゃぞ。楓さんの分も儂が好きなだけ買ったるからの」

道路の両側に屋台がびっしり並んでいる。買ったばかりのかき氷片手に美香と並んで歩きながら、次はくじ引きでもやってみようかなんて喋っていた。
すぐ後ろを歩いているお爺さんは上機嫌にイカ焼きをかじっている。

「りんご飴の屋台あるよ。買って帰るんだっけ?」
「うん、昌治さんのお土産に」

昌治さんが食べてるとこ想像できないけど、お祭りっぽいから。いらないって言われたら自分で食べればいいし。

「でも最後でいいよ。巾着に入れとくのも変な気がする」
「そう?あ、射的ある。やってっていい?」
「いいよ。私はたぶん当たらないから見てるだけでいいや」

得意だからという言葉通り、美香は見事全弾命中させて、お菓子やよくわからない光るおもちゃを受け取ってご満悦だった。
目が本気だったなぁなんて思いながら、私にともらった鳩の水笛を吹いていたら。

「儂も手本を見せたろうかの」

なんて言って、なぜかお爺さんも射的を始める。
興味無さげにしている美香を引き留めてそれを眺めていたら、お爺さんは5発中1発外して美香に散々馬鹿にされていた。でもお爺さんは楽しそう。
美香のお爺さん、言葉の真意とかはわかりにくいし騙されてるのかなと思ってしまうところもあるけど、普通に話す分にはそこまで悪い人な気がしない。どうして美香は嫌っているんだろう。
何かあったのかもしれないけど、それを本人に聞くのはなぜか憚られた。

「くじ引きあったよ。やらない?」

道の反対側に見えるくじ引きの屋台を指差して、美香は私の腕を引いた。

「運試しなら射的よりできそう……あ」

そう言いながらくじ引きの屋台の前にして気付いた。屋台の中に立ってるの北川さんだ。向こうも私に気付いて軽く頭を下げる。
そういえば何人かに屋台やらせるって言ってたなぁ。そこまでしなくても、と思ったけどそれで行けるならいいのかなと自分を納得させていた。
美香は私と北川さんのやりとりに気付かなかったらしく、あのモデルガンがいいななんて言っている。

「1回400円です」

500円玉を渡してお釣りをもらう。紐を引いて景品に繋がってたら貰えるタイプのくじだけど、どれにしようかな。なんて思ってたら、北川さんが露骨にこれこれと紐を引いてアピールしてくる。
いやいや、くじとしてそれはどうなんですか。
違うのにしようとしたら、縋るような目で見られて私は負けた。まあ、当たるならいいか。
景品の目星をつけた美香もお金を払って紐を選ぶ。
そして同時に引っ張った結果。
絶対に景品というかお飾りだと思われていたでっかいクマのぬいぐるみがぐらっと揺れた。まさかと思うけど、え?あれ私持って帰るの!?

「楓すごいじゃん!大当たりじゃない!?」

私にとってはあからさまなイカサマだけど、美香は我が事のように喜んでる。だからまあ、いっか……
両腕で抱えるサイズのぬいぐるみを受け取ってしまい、私は若干途方に暮れた。

「すごーい!お姉ちゃんいいなぁ」

可愛らしい声に振り返ると、ヨーヨーとりんご飴を持った5、6歳の女の子が私の腕の中のクマのぬいぐるみをじっと見ていた。

「理奈ちゃん、これはお姉さんのだからダメだよ。ウチの子がすみません……」

女の子のお父さんらしき人が現れて、ぺこりと頭を下げる。女の子は羨ましそうに私の腕の中のぬいぐるみを見ていた。
欲しいみたいだけど、これが私のだっていうのはわかってるからそれ以上は何も言えないみたいで、お父さんとぬいぐるみを交互にちらちらと視線を動かしている。

「このクマさん欲しいの?」
「う、ううん。お姉ちゃんのだもん!」

と言いながら、我慢しているのが伝わってくる。可愛い。

「そうだ、私はりんご飴が食べたいなぁ」

そう言うと、女の子はちらっと手にしていたりんご飴を見た。花火を見ながら食べるつもりだったのか、まだ袋に入ったままだ。

「そのりんご飴、欲しいなぁ。私の持ってるものと交換しない?」
「いやいや、それは……」

さすがに申し訳ないからとお父さんが割って入って断ろうとした。まあ、そうだよね。

「いいんです。私の部屋に置いておいても浮いちゃうので」

私の部屋、和室だ。正直言ってこのファンシーなクマさんは合わない。
私は女の子にクマのぬいぐるみを差し出した。

「これと交換。ダメ?」
「いいの!?」

女の子は目をキラキラさせてクマのぬいぐるみと私を交互に見る。
頷いたら、無邪気な笑顔を浮かべてりんご飴を差し出してくれた。ちょうど買おうとしてたし、いいよね。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

両腕をいっぱいにしながらぬいぐるみを抱える女の子は、すごく可愛かった。
横でお父さんがぺこぺこと頭を下げている。

「本当にいいんですか?ありがとうございます!」
「いえいえ。大きいので気をつけてくださいね」

一旦車に戻ろうか、という会話を聞きながら私はちらりと美香の方を見た。

「……美香?どうしたの?」

なぜか美香は魂が抜けたようにその父娘のやりとりを見ている。私の声掛けで我に返ったみたいで、はっと私の方を見た。

「ちょっとぼーっとしてた。ごめんね。もうすぐ花火始まるし河川敷の方行こっか!」

気にし過ぎかなと思いつつ頷いて、私は人の流れに乗って花火のよく見える河川敷の方に向かう。岩峰組の人達が一等地を押さえておくからと張り切っていたので、場所はあるはず。

「そうだ、飲み物買ってくる。すぐ追いつくから先行ってて!」

お爺さんが付いていこうとしていたけど、軽く睨まれてやめていた。
私と美香は離れないとわかっているからか、そんなにごねることなく、私はお爺さんと並んで歩く。
昔から美香は可愛かったという惚気のような話を聞かされているうちに、河川敷に到着する。大体の場所は聞いていたので、岩峰組の人達はすぐに見つかった。
そして用意してもらったシートに腰掛けて周囲をぼんやり見て美香の到着を待っていた……のだけど、10分近く経っても美香が来る気配はない。飲み物を買いに行くと言って指差していた屋台はすぐ近くだった。こんなにかかるだろうか。

「美香はどうしたんじゃ?」

お爺さんがいてもたってもいられない様子なので、私は美香に電話をかけてみようと、メッセージアプリを起動したら、メッセージが入っているのに気付く。

『知り合いと喋ってることにしといて』

……どういうこと?
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