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3章
18.お客様は和装美女3
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「姐さん、わざわざ出て来られなくても……」
岩峰組の皆さんの間になぜか緊張が走る。
というか、姐さんって……みんな実は兄弟で、お姉さんってことでしょうか。いや、違いますよねわかってます。
「私はたまたま立ち寄ったコンビニの店員さんが万引き犯にお困りのようだったから、なにか手助けをと思っただけよ?」
そうよね、と言いたげに和装美女は私を見る。いや、私に同意を求められましても……頷くけど。とりあえず。
「とりあえず落し前つけてもらおうかしら」
にこにこと微笑みながら、美女は万引き犯の胸ぐらを思いっきり掴んで、その頬をはたく。すごくいい音がした。
万引き犯の目は覚めなかったからか、もう一度。
3回目の準備をしたところで、万引き犯の瞼がピクリと動き、ゆっくりとその目を開いた。
「え……あ……」
そのまま目を見開いた万引き犯は、驚いているのか全く言葉にならない呻き声のような声を上げる。
まあ、恐怖で気絶して目覚めたらど迫力の美女が目の前にいる。うん、怖いよね普通。
私だったら再度気絶すると思う。
「あら、ようやくお目覚め?人を万引きのダシに使っておいていいご身分ねぇ」
ふふっ、と美女は笑う。この状況なのに妙に艶っぽくて、それがむしろ恐怖を掻き立てるというか、見ているだけの私の背を、冷たい汗が一筋伝っていった。
確かにこのお客様が店内の注目を集めてたし、店員の私が飲み物を作りに裏に行っていたから隙だらけだったのは事実だけど。
「私を万引きに利用したってのが許せないのよねぇ。利用されたっていうことが最高に腹立たしいわけ。おわかり?」
「あ……えっとその……す、すみません……でした」
「この店員さんとは長いお付き合いになるかもしれないのに、私のせいだからと嫌われたらどうしてくれるの?」
美女はどこからか取り出した扇子を万引き犯の喉元に突き付ける。ただの扇子にしか見えないけど、万引き犯の怯え方が完全に刃物でも突き付けられたそれだ。
そして長いお付き合い云々で、私はこの和装美女が誰か確信した。
……あの、嫌う云々以前に怖いです。
美女は更にぐりっと扇子の先端を押し付ける。万引き犯はとても苦しそうに呻いた。
「怯える暇があれば、地面に頭擦り付けるくらいしてはいかが?ああ、私が掴んでいてはできませんか」
そう言って美女はパッと手を離す。完全に腰の抜けた万引き犯は若干震えながら膝をついて……
「いやいや!土下座は結構です!商品返ってきたので!」
ありがとうございました!私はまだ仕事があるので、と言い残してその場を去ろうとする。
しかし手首を掴まれて、美女の方を振り返らざるをえなかった。
「迷惑おかけしたでしょう。私の気がすまないのよ」
「私は構いませんから!その、私個人に謝られても……」
別に私が何かしたわけじゃないですから。追いかけるという手間はかけさせられましたけど、それは私がコンビニのバイトだからです。
というわけで、商品が戻ってきたからそれでいいんです。
土下座はやめていただきたい。さっきからちょっと視線も集まってるし。
私は期待を込めて美女を見る。
美女はちょっと拗ねたような表情を一瞬だけ見せたのち、ふっと微笑んだ。
「そうね……そうだったわ」
あ、これ違う方向に矢印向いただけだ。
ーーーーーーーーーー
「申し訳ありませんでした!もうしません!万引きなんてやめますっ!」
万引き犯の土下座が、店長に向けて行われただけだった。
バイトが商品をきっちり取り返しただけでも驚きなのに、さらに万引き犯に半泣きになりながら土下座されて、店長の表情は引きつりまくっている。
「ああ、まあ、そうしてくださるなら、とても助かります……ええ……」
レジの前で土下座をするサラリーマン風の男を、店長はどう扱うべきか決めかねているようだった。私が同じ立場でも困ると思う。すみません店長。
私が大人しく?万引き犯に土下座されればよかったのかもしれないけど、精神的によろしくないじゃないですか。あはは……
微妙な顔をしていたら、店長がそれ以上に微妙な顔をして私の方を見る。
「山野さん……何があったのこれ」
店に戻ったとき、万引き犯はヤクザさん6人に囲まれて連れてこられた。その際に先頭を歩いていたのは私なわけで、ヤクザさん6人を引き連れるコンビニバイトというわけのわからない図が出来上がる。
最初は後ろをこそこそ付いて行こうとしたのだけど、前を歩くとか滅相も無いと言われてしまった。別に、気にしませんけど!?
ちなみに美女は野郎の土下座に興味はないとのことで、いつの間にか道路の脇に控えていた黒い車に乗ってどこかに行ってしまった。土下座って仰った張本人なのに。
「ええと、この人を追いかけていたら、前を歩いていたこちらの方々が捕まえてくださりました」
嘘は付いていない。だからとりあえずそういうことにしようと、お店に戻る前に安藤さんたちとは口裏を合わせた。知り合いだと気取られたくない。バイト開始3日目でクビは嫌だ。
「万引きのせいで潰れたりするんだろ?この店はよく使うからな。無くなってもらっちゃ困る」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
それっぽい弁明をありがとうございます。
ヤクザさんに必要と言われ喜んでいいやら悪いやらわからない様子で店長はお礼を言っていた。
とりあえず完全に盗られはしなかったので警察は呼ばず、万引き犯はなぜかヤクザさんたちに引っ立てられながら店を出て行く。
「……山野さん」
「はい」
「俺は幻でも見たんだろうか」
ヤクザ6名様に万引き犯の土下座……店長の言葉に頷いた私の脳も幻としてそれらの処理を始めた。
岩峰組の皆さんの間になぜか緊張が走る。
というか、姐さんって……みんな実は兄弟で、お姉さんってことでしょうか。いや、違いますよねわかってます。
「私はたまたま立ち寄ったコンビニの店員さんが万引き犯にお困りのようだったから、なにか手助けをと思っただけよ?」
そうよね、と言いたげに和装美女は私を見る。いや、私に同意を求められましても……頷くけど。とりあえず。
「とりあえず落し前つけてもらおうかしら」
にこにこと微笑みながら、美女は万引き犯の胸ぐらを思いっきり掴んで、その頬をはたく。すごくいい音がした。
万引き犯の目は覚めなかったからか、もう一度。
3回目の準備をしたところで、万引き犯の瞼がピクリと動き、ゆっくりとその目を開いた。
「え……あ……」
そのまま目を見開いた万引き犯は、驚いているのか全く言葉にならない呻き声のような声を上げる。
まあ、恐怖で気絶して目覚めたらど迫力の美女が目の前にいる。うん、怖いよね普通。
私だったら再度気絶すると思う。
「あら、ようやくお目覚め?人を万引きのダシに使っておいていいご身分ねぇ」
ふふっ、と美女は笑う。この状況なのに妙に艶っぽくて、それがむしろ恐怖を掻き立てるというか、見ているだけの私の背を、冷たい汗が一筋伝っていった。
確かにこのお客様が店内の注目を集めてたし、店員の私が飲み物を作りに裏に行っていたから隙だらけだったのは事実だけど。
「私を万引きに利用したってのが許せないのよねぇ。利用されたっていうことが最高に腹立たしいわけ。おわかり?」
「あ……えっとその……す、すみません……でした」
「この店員さんとは長いお付き合いになるかもしれないのに、私のせいだからと嫌われたらどうしてくれるの?」
美女はどこからか取り出した扇子を万引き犯の喉元に突き付ける。ただの扇子にしか見えないけど、万引き犯の怯え方が完全に刃物でも突き付けられたそれだ。
そして長いお付き合い云々で、私はこの和装美女が誰か確信した。
……あの、嫌う云々以前に怖いです。
美女は更にぐりっと扇子の先端を押し付ける。万引き犯はとても苦しそうに呻いた。
「怯える暇があれば、地面に頭擦り付けるくらいしてはいかが?ああ、私が掴んでいてはできませんか」
そう言って美女はパッと手を離す。完全に腰の抜けた万引き犯は若干震えながら膝をついて……
「いやいや!土下座は結構です!商品返ってきたので!」
ありがとうございました!私はまだ仕事があるので、と言い残してその場を去ろうとする。
しかし手首を掴まれて、美女の方を振り返らざるをえなかった。
「迷惑おかけしたでしょう。私の気がすまないのよ」
「私は構いませんから!その、私個人に謝られても……」
別に私が何かしたわけじゃないですから。追いかけるという手間はかけさせられましたけど、それは私がコンビニのバイトだからです。
というわけで、商品が戻ってきたからそれでいいんです。
土下座はやめていただきたい。さっきからちょっと視線も集まってるし。
私は期待を込めて美女を見る。
美女はちょっと拗ねたような表情を一瞬だけ見せたのち、ふっと微笑んだ。
「そうね……そうだったわ」
あ、これ違う方向に矢印向いただけだ。
ーーーーーーーーーー
「申し訳ありませんでした!もうしません!万引きなんてやめますっ!」
万引き犯の土下座が、店長に向けて行われただけだった。
バイトが商品をきっちり取り返しただけでも驚きなのに、さらに万引き犯に半泣きになりながら土下座されて、店長の表情は引きつりまくっている。
「ああ、まあ、そうしてくださるなら、とても助かります……ええ……」
レジの前で土下座をするサラリーマン風の男を、店長はどう扱うべきか決めかねているようだった。私が同じ立場でも困ると思う。すみません店長。
私が大人しく?万引き犯に土下座されればよかったのかもしれないけど、精神的によろしくないじゃないですか。あはは……
微妙な顔をしていたら、店長がそれ以上に微妙な顔をして私の方を見る。
「山野さん……何があったのこれ」
店に戻ったとき、万引き犯はヤクザさん6人に囲まれて連れてこられた。その際に先頭を歩いていたのは私なわけで、ヤクザさん6人を引き連れるコンビニバイトというわけのわからない図が出来上がる。
最初は後ろをこそこそ付いて行こうとしたのだけど、前を歩くとか滅相も無いと言われてしまった。別に、気にしませんけど!?
ちなみに美女は野郎の土下座に興味はないとのことで、いつの間にか道路の脇に控えていた黒い車に乗ってどこかに行ってしまった。土下座って仰った張本人なのに。
「ええと、この人を追いかけていたら、前を歩いていたこちらの方々が捕まえてくださりました」
嘘は付いていない。だからとりあえずそういうことにしようと、お店に戻る前に安藤さんたちとは口裏を合わせた。知り合いだと気取られたくない。バイト開始3日目でクビは嫌だ。
「万引きのせいで潰れたりするんだろ?この店はよく使うからな。無くなってもらっちゃ困る」
「そ、そうですか。ありがとうございます……」
それっぽい弁明をありがとうございます。
ヤクザさんに必要と言われ喜んでいいやら悪いやらわからない様子で店長はお礼を言っていた。
とりあえず完全に盗られはしなかったので警察は呼ばず、万引き犯はなぜかヤクザさんたちに引っ立てられながら店を出て行く。
「……山野さん」
「はい」
「俺は幻でも見たんだろうか」
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