お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

20.帰省はのんびり2

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母に言われたものを一通り買って、私はスーパーから出る。地元の店だけあって、知り合いのお母さんっぽい人がいたりして声をかけられた。なんだか帰ってきたという感じがする。
帰り道もなんだか懐かしい。自転車に乗って畑と住宅地の間を抜けて、猫が歩いているのを見て喜んでいたら、突然後ろからクラックションを鳴らされた。
私に対してだろうかと思って振り返ると派手な赤色の車がいて、その運転手が窓から首を出して手を振っていた。

「あ、藤沢先輩」
「久しぶりだな。最後に会ったのいつだっけ?俺らの卒業式の後の打ち上げ以来か」

手を振っていたのは高校の部活の先輩、藤沢翔先輩だった。高校生の頃とは印象が結構変わっていて、一瞬わからなかった。髪は明るめの茶髪に染めて、ピアスを開けていたりといかにも大学生っぽい。

「そうですね。先輩も帰省中ですか?」

先輩は私の1つ上だから、今は大学4年のはず。私と同じように下宿しているはずだ。

「ああ、大学はやめた。親父に家業継げって言われたんだよ」
「家業……?確か造園関係でしたっけ」
「そうそう。まあそれは置いといてさ、せっかくだし夕飯でも食べるか?奢るぞ」
「今日は家で食べるので……」

私は自転車のカゴに入った食材を示す。藤沢先輩は納得したように頷いた。

「じゃあ明日の昼とかはどうだ?せっかくだから集まれそうなやつらに声かけとくぞ」
「いいですね」

どうせ家でごろごろしてるだけの予定だったから、ちょうどいいかも。部活のみんなは無理だろうけど、久しぶりに会いたくなってきた。

「決まりだな。店の予約とかは任せろ。確か山野の家ってあの団地の中だよな。じゃあ明日の11時半くらいにコンビニのとこに出てきてくれ。拾ってやるから」
「わかりました。ありがとうございます」
「いいって。買い物帰りに引き止めて悪かったな。明日またゆっくり話そうぜ」

そう言い残して藤沢先輩は去っていく。走り去っていく車を眺めながら運転の練習しとかないとなぁ、なんて思いながら家に帰った私は冷蔵庫に買ってきた食材を放り込んで、再びテレビをつけた。途中まで見てしまうと続きがどうしても気になる。
物語がクライマックスに差し掛かったとき、玄関のドアが開く音がした。

「おかえりー」
「ああ、楓。戻ってたんだな。おかえり」

帰ってきたのは父だった。疲れた様子で仕事鞄を置いて、ソファーにゆっくり腰を下ろす。

「今日は夜行バスじゃなかったのか。いつも朝早くに戻ってくるのに」
「こっち方面に帰省する人が途中まで乗せてくれるって言ってくれたから……あれ?母さんから聞いてない?」
「今日戻ってくる以外聞いてなかったんだ。まあ聞かなかったお父さんも悪かった」

そしてそれ以外は特に聞くことはなかったのか、私が見ていたドラマをぼんやりと父は眺めている。
互いにそこまでお喋りではないので、むしろ黙っている方が心地良い。やがて父はうとうとし始めて、ドラマもあと最終話を残すだけになった。

「ただいまー。楓、買い物ありがとね」

そう言いながら母が仕事を終えて帰ってくる。
すぐ準備するからと台所に母が立つ。それに気付いた父は起き上がって、皿や箸を並べ始めた。

「でも早く帰ってきてたなら買い物、お父さんに言えばよかった」
「暇だったから大丈夫。父さんも疲れてるし」
「いいの。せっかく戻ってきたんだから楓はのんびりしてて」

それにうんうんと頷く父。まあ、それでいいならいいけど。
ちょうどドラマも終わったので、私は持ってきた荷物を整理する。3日だけなのでトートバッグに全部収まっていた。
それが終わってから食卓につく。冷たいしゃぶしゃぶがどんと机の上に乗っていた。

「いただきまーす!」

あー、お屋敷の料理人の方には申し訳ないけど、こういう程よく大味な料理が庶民の私にはたまに恋しくなるんです。いつも美味しいんですけどね、毎日内容も違うし飽きたなんてことは一切ないですよ。
家庭の味の意味がよくわかる……

「そういえば楓、あんた彼氏できた?」

突然飛んできたそれに、豚肉で巻いていた水菜が全部ポン酢の中に落下した。

「え……なんで?」
「女のカン」

いや、それ理由になってない。
でも昌治さんは彼氏という位置付けでいいのかな?まあ、はたから見たらそうなんだろう。たぶん。

「……その反応、私のカンもまだ捨てたもんじゃないね」

しまった。普通に反応してた。まあ否定するつもりはそこまでなかったけど。

「どんな人?写真とかないの?」

母が妙にグイグイくる。これまでそういう話してこなかったからなぁ……高校の頃もずっと独り身だったし。
昌治さんとのことをいつか言わなきゃいけないのはわかってる。でも、私はただの大学生で、しかもヤクザさんなんて、反対されるのは目に見えている。

「写真はないよ」
「一枚もないの?今はスマホでじゃんじゃん撮れるでしょ」
「写真苦手みたいで……」

これは、昌治さんなりの配慮だった。
もし誰かに一緒に写っている写真を見られたら私が困るからと、お互いに写真を撮ることはしていない。まあ、単に写真を撮る習慣がないだけっていうのもあるみたいだけど。

「待ってくれ。楓、彼氏いたのか……?」
「あんたはなに聞いてたの?大学生なんだから、楓にも男の1人や2人いるでしょ」
「2人!?」
「いや、1人だよ!?」

さすがに2人はいないからね?そんな相手も勇気も私にはないよ?

「楓の恋バナなんていつ以来?華の高校生活でさえ、憧れで終わったんだっけ」
「いや、高校生の頃は関係ないから!」

変なこと言ってしまう前にこの話を切り上げたい。でも、降って湧いた娘の恋愛話にがっつりと食い付いて離さない母は、いつからなのか、どっちからなのかとか、とにかく根掘り葉掘り聞いてくる。
その間、父は箸で水菜を挟んだまま動かなくなっていた。
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