お客様はヤのつくご職業

古亜

文字の大きさ
上 下
96 / 132
3章

16.お客様は和装美女

しおりを挟む
めでたくアルバイトを再開する許可を得たので、私は岩峰組の事務所のすぐ近くにあるコンビニでバイトを再開した。
今日で3日目。系列は違うけどコンビニではあるので仕事にはすぐに慣れた。レジに基本的な操作とか陳列とかはわりと変わらない。商品の傾向とかが違うけど、まあ基本は同じだ。

「ありがとうございました!」

お客さんが出て行って、私は軽く息を吐いた。
前のところは大きめの道路に面してたからトラックの運ちゃんが結構多かったけど、ここはちょっと中に入ったところだからかどちらかというとサラリーマンとかが多い。あとたまに見知った人……組の人が来る。
関係者だとバレやしないかとビクビクしてたら、店長に「近くに事務所あるみたいでねぇ。まあ今のところトラブルはないし普通にいいお客さんだから」と言われた。確かに、ヤクザさんってこと以外は普通のお客さんだ。
他のバイトの人は慣れているのか、割と平然と接客してた。まあ事務所から徒歩2分だもんね。お昼とか買いに来るよね。
立地って大事だ。客層って、結構変わるものだなぁ。
そんなことを思いながら、私はモップを手に取って床掃除を始める。さっきのお客さんがどこかの工事現場でも抜けてきたのか、足跡がちょっと残っていた。
あらかた綺麗になったところで、ピロロ……とお客さんが入ってきた音がして私は顔を上げる。

「いらっしゃいませー!」

条件反射的にそう言いながら、私の目はそのお客さんに釘付けになった。
……え、すごい美女。しかも和装。大和撫子とはまさにこういう方のことを指すんだろうな。歳は若くはなさそうだけど、逆にそれが色香を発してる。
凛とした雰囲気が落ち着いた水色の着物と相まって、そこだけ空気が冷えたみたいになる。きつめの顔立ちだけど、むしろそれがこのお客さん……様には合っていた。
思わずぼーっと見てしまったけど、お客様に対して失礼だったと慌てて特に汚れてもいない場所をモップで擦る。
麗しいお客様は飲み物でも買いに来たのか、店の奥に歩いていく。後ろ姿ですら麗しい。
冷蔵庫の前で立ち止まったお客様はしばらく商品を眺めて、不意に私の方を振り返る。
見ようよっては冷たく感じるその瞳と目が合った。
なぜか知ってる気がしたけど、こんな美女会ったら忘れることはないはずだから、初対面のはずだ。
見ていたことがばれてしまい気まずいので、私は軽く会釈をして違う棚の間にでも逃げようと思ったのだけど……なぜか手招きをされてしまい失敗する。

「お呼びですか?」

初対面の美女に話しかけるって緊張する。声が震えていないことを褒めて欲しい。
美女ってそこにいるだけで威圧感がすごい。威圧感にはちょっと慣れた気でいたけど、ベクトルが違いました。

「飲み物を買いに来たのだけど、種類が多すぎてねぇ。お勧めはどちら?」

おお、外見の麗しいお客様は声までもちゃんと麗しい。
……って、感心してる場合じゃない。

「お飲み物ですか。水でしたら上の段に、お茶がその下の段にありますが」
「なんだか違うのよねぇ」
「それでしたらあちらにも紙パックの飲み物がありますよ。もしくはレジでも限定のドリンクを販売してます」

和装美女に勧めるのに相応しい飲み物かどうかはわからないけど。というか、この和装美女なお客様に相応しい飲み物がコンビニにあると思えないのですが。

「限定……いいわね、限定。それ頂こうかしら」
「は、はい。レジにメニューがあるので、こちらにどうぞ」

和装美女なお客様でも限定という言葉には弱かったのか、ふふっと上品に笑ってレジに向かって歩いていく。
コーヒーや期間限定のフレーバーティーが載ったメニューをまじまじと眺めている間にモップを片付け、私はレジに立つ。ドリンクメニューに関しては一通り教えてもらったので、作れる……はず。

「この限定シトラスティーをいただけるかしら?」
「は、はい。320円になります」

お会計を先に済ませて、私は一度レジの裏へ。
氷とレモンとシトラスを入れて、分量通りの紅茶とシロップ……お口に合うだろうかこれ。いやいや、ちゃんと分量は守った。これで嫌な顔されたら悪いの私じゃなくて開発者だ!
容器に蓋をしてストローを挿せば出来上がり。見た目よし、たぶん味もよし!

「お待たせしました」

そうして美女に商品を手渡した時だった。
お店の中にいた他のお客さん……サラリーマンっぽい男が、美女の後ろを通り過ぎて出入り口のドアに手をかけたのが目に入る。
何も買わずに出て行くお客さん自体は珍しくない。でも、なんだか違和感があった。鞄を妙にきっちり持ってる。中を見せまいという感じが伝わってきた。
……最悪だ。

「ちょっと、すみません」

私はレジから出てドアを半分開けたその人に声をかける。男は怪訝そうに私の方を見た。
その腕を掴んで、私はちらっと鞄に目をやる。

「未清算の商品は……」

レジにお願いします、と最後まで言い切らないうちに、男は私の腕を振り解いて勢いよく飛び出していった。
しおりを挟む
感想 244

あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...