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3章
7.お互いの本音
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用意されたお膳は、いかにも料亭のようなお膳で、色とりどりのお刺身や小さな鍋などが所狭しと並べられている。
あんまり食欲ないかも、なんて思っていた数分前が嘘のようにお腹が空いてきた。現金だなぁ。
ぐつぐつと煮えている小さなお鍋の中に霜降りの肉をくぐらせながら、ちらちらと昌治さんは私を見ている。
ここまで特に会話らしい会話はなく、なんとも気まずい。
「こ、このお宿にはよく泊まるんですか?」
「ああ、何代か前から世話になってる。俺らみたいなのは普通の宿じゃ受け入れてもらえねぇからな」
そんな感じのとりとめもない会話が時折交わされるだけで、食事だけが減っていく。まあどれも美味しいからいいけど。
何か話題はないかなと思っていたら、お刺身と並んでいる岩牡蠣が目に入った。そのまま食べられるように、ゼリーのような調味料とネギが最初から乗せられている。
「昌治さん、確か牡蠣が好きなんですよね」
前に大原さんから牡蠣が好物だって聞いた。実のところ私は牡蠣が苦手なので、どうせなら美味しく食べてもらえる人のところに行った方がいいと思う。
「楓はいいのか?」
「前に一回だけ食べたんですけど、その時に当たったからどうも苦手で……」
苦くてあんまり美味しくなかったし、その翌日が本当に辛かった。お腹は痛いし水飲むだけでも気持ち悪くなるし……なぜわざわざ当たる危険をおかしてまで人は牡蠣を食べるのか。
「俺も当たったことはあるが、旨いからな」
「美味しくても気になりませんか」
「いや、別に。結構食べてきたが、当たったのは一度だけだ」
うーん、やっぱりわざわざ牡蠣を食べる人の心境ってわからないなぁ。
「昌治さんは、嫌いな食べ物とかないんですか?」
「特に思いつくものはね……いや、あった」
あるんですか!昌治さんの苦手なもの……気になる。
「大したもんじゃねぇぞ」
「私の牡蠣だって大したことないと思います」
なんだろう。納豆とか?期待することでもないと思うけど、苦手なものとか想像がつかないなぁ。
少し悩みながらも、昌治さんはゆっくり口を開いた。
「……ピーマン」
え……ピーマン?まさかの子供の苦手なお野菜トップに君臨するピーマンですか。
「じいさんに好き嫌いするなって言われて泣きながら食べた記憶があるせいで、あの青臭いのがどうもな 」
少し恥ずかしそうに昌治さんは言った。
昌治さんが泣きながらピーマンを食べる図……だめだ、想像したらなんだか可愛くて笑えてきた。
「何笑ってんだ」
「いや、想像したら可愛くて……」
苦手なものなんてないと思ってたからなぁ。まさかそんな、ピーマンが苦手な食べ物で真っ先に出てくるとは。
「一応苦手っつうだけで食えるからな?残したりはしねぇよ」
「そ、そうですか……」
それでも、想像すると面白いかも。炒め物とかに混じってるピーマンを頑張って食べる昌治さん……ぜひ実際に見てみたい。
「お前はどうなんだ」
笑いを堪えているのを見ながら昌治さんは不満げに聞き返してきた。
「私ですか……?え、牡蠣と……グリーンピース?」
「俺と大差ないじゃねぇか」
「だって、パサパサしてて美味しくないんです」
ここでようやく昌治さんがふっと笑った。
「グリンピースは出さねぇように敷島に言っとく」
「あ、ありがとうございます。でも私だって食べられないわけじゃないですから」
敷島さんはお屋敷の料理長さんだ。曰く、見た目の通り元ヤクザさんだとか。どういう経緯なんだろう……
「他はないか?」
「すぐ思い浮かぶものは特にないです」
そうか、と言って昌治さんはまた微笑んだ。怖い顔がふっと緩むこの表情、好きだなって思った。
「……私、昌治さんのこと全然知らないんですね」
嫌いな食べ物なんて、同じところに住んでいたらわかりそうなものなのに。でも言われてみれば、これまでのご飯でピーマンが出てきたことはなかったかもしれない。和食が多いから気にならなかったけど。
他にも知っていて当たり前のことはあるはずなのにな。
「まだ出会って4ヶ月も経ってねぇからな」
「よく考えたらそうですね」
結婚云々言われ始めたのだけだと3ヶ月もないくらい?というか、そもそも昌治さんとそういう関係になったのって出会ってから1ヶ月くらいだったような……色々吹っ飛ばしてるなぁとは思ってたけど、まさかここまでとは。
でも不思議とおかしいとは思わなかった。まあ、昌治さん以外考えられないし。
「……他に何か、聞きたい事あるか?何でも答える」
昌治さんも改めてそう思ったのか、照れ隠しのように尋ねてきた。
「何でもいいんですか?」
「ああ」
私が知っている昌治さんの情報を頭の中でまとめてみる。うん、抜けが多すぎてすぐにまとまってしまった。
「血液型は?」
「B型」
「兄弟は?」
「いない」
「犬派か猫派か」
「犬派だな」
などなど、ちょっとしたことを尋ねていく。全部知らないことばかりで、何だか嬉しかった。
気付けばお膳の上は空になっていて、デザートの寒天を食べ終えた私はその器をゆっくりとお膳に戻す。
「……最後です。さっき、何と言おうとしたんですか?」
あんまり食欲ないかも、なんて思っていた数分前が嘘のようにお腹が空いてきた。現金だなぁ。
ぐつぐつと煮えている小さなお鍋の中に霜降りの肉をくぐらせながら、ちらちらと昌治さんは私を見ている。
ここまで特に会話らしい会話はなく、なんとも気まずい。
「こ、このお宿にはよく泊まるんですか?」
「ああ、何代か前から世話になってる。俺らみたいなのは普通の宿じゃ受け入れてもらえねぇからな」
そんな感じのとりとめもない会話が時折交わされるだけで、食事だけが減っていく。まあどれも美味しいからいいけど。
何か話題はないかなと思っていたら、お刺身と並んでいる岩牡蠣が目に入った。そのまま食べられるように、ゼリーのような調味料とネギが最初から乗せられている。
「昌治さん、確か牡蠣が好きなんですよね」
前に大原さんから牡蠣が好物だって聞いた。実のところ私は牡蠣が苦手なので、どうせなら美味しく食べてもらえる人のところに行った方がいいと思う。
「楓はいいのか?」
「前に一回だけ食べたんですけど、その時に当たったからどうも苦手で……」
苦くてあんまり美味しくなかったし、その翌日が本当に辛かった。お腹は痛いし水飲むだけでも気持ち悪くなるし……なぜわざわざ当たる危険をおかしてまで人は牡蠣を食べるのか。
「俺も当たったことはあるが、旨いからな」
「美味しくても気になりませんか」
「いや、別に。結構食べてきたが、当たったのは一度だけだ」
うーん、やっぱりわざわざ牡蠣を食べる人の心境ってわからないなぁ。
「昌治さんは、嫌いな食べ物とかないんですか?」
「特に思いつくものはね……いや、あった」
あるんですか!昌治さんの苦手なもの……気になる。
「大したもんじゃねぇぞ」
「私の牡蠣だって大したことないと思います」
なんだろう。納豆とか?期待することでもないと思うけど、苦手なものとか想像がつかないなぁ。
少し悩みながらも、昌治さんはゆっくり口を開いた。
「……ピーマン」
え……ピーマン?まさかの子供の苦手なお野菜トップに君臨するピーマンですか。
「じいさんに好き嫌いするなって言われて泣きながら食べた記憶があるせいで、あの青臭いのがどうもな 」
少し恥ずかしそうに昌治さんは言った。
昌治さんが泣きながらピーマンを食べる図……だめだ、想像したらなんだか可愛くて笑えてきた。
「何笑ってんだ」
「いや、想像したら可愛くて……」
苦手なものなんてないと思ってたからなぁ。まさかそんな、ピーマンが苦手な食べ物で真っ先に出てくるとは。
「一応苦手っつうだけで食えるからな?残したりはしねぇよ」
「そ、そうですか……」
それでも、想像すると面白いかも。炒め物とかに混じってるピーマンを頑張って食べる昌治さん……ぜひ実際に見てみたい。
「お前はどうなんだ」
笑いを堪えているのを見ながら昌治さんは不満げに聞き返してきた。
「私ですか……?え、牡蠣と……グリーンピース?」
「俺と大差ないじゃねぇか」
「だって、パサパサしてて美味しくないんです」
ここでようやく昌治さんがふっと笑った。
「グリンピースは出さねぇように敷島に言っとく」
「あ、ありがとうございます。でも私だって食べられないわけじゃないですから」
敷島さんはお屋敷の料理長さんだ。曰く、見た目の通り元ヤクザさんだとか。どういう経緯なんだろう……
「他はないか?」
「すぐ思い浮かぶものは特にないです」
そうか、と言って昌治さんはまた微笑んだ。怖い顔がふっと緩むこの表情、好きだなって思った。
「……私、昌治さんのこと全然知らないんですね」
嫌いな食べ物なんて、同じところに住んでいたらわかりそうなものなのに。でも言われてみれば、これまでのご飯でピーマンが出てきたことはなかったかもしれない。和食が多いから気にならなかったけど。
他にも知っていて当たり前のことはあるはずなのにな。
「まだ出会って4ヶ月も経ってねぇからな」
「よく考えたらそうですね」
結婚云々言われ始めたのだけだと3ヶ月もないくらい?というか、そもそも昌治さんとそういう関係になったのって出会ってから1ヶ月くらいだったような……色々吹っ飛ばしてるなぁとは思ってたけど、まさかここまでとは。
でも不思議とおかしいとは思わなかった。まあ、昌治さん以外考えられないし。
「……他に何か、聞きたい事あるか?何でも答える」
昌治さんも改めてそう思ったのか、照れ隠しのように尋ねてきた。
「何でもいいんですか?」
「ああ」
私が知っている昌治さんの情報を頭の中でまとめてみる。うん、抜けが多すぎてすぐにまとまってしまった。
「血液型は?」
「B型」
「兄弟は?」
「いない」
「犬派か猫派か」
「犬派だな」
などなど、ちょっとしたことを尋ねていく。全部知らないことばかりで、何だか嬉しかった。
気付けばお膳の上は空になっていて、デザートの寒天を食べ終えた私はその器をゆっくりとお膳に戻す。
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