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3章
5.温泉のお一人様2
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お屋敷とはまた違う高級そうな旅館の雰囲気に気圧されつつ、私は女将さんに旅館の中を案内されていた。
「浴場はこちらです。今の時間でしたら他のお客様はいらっしゃいませんから、気兼ねなく利用していただけますよ」
そう言って女将さんはちらりと私の右腕を見た。
……女将さん、いったいどこまでご存知なんですか。
「そしてこちらが客室になります。お荷物は机の横に置かせていただきました。浴衣は押入れの中にございます。他に何かご入り用でしたら電話がございますので、なんなりとお申し付けください」
にっこりと微笑んだ女将さんはごゆっくりと言い残して去っていった。
廊下の奥に一人残された私は、意を決して渡された鍵で扉を開ける。
そして直感した。
この部屋、絶対一番いい部屋だ。
まず広い。一段上がった和室だけで修学旅行のときに8人で泊まったときの部屋くらいある。畳も張り替えたばかりなのかふわりとい草の香りがした。
その奥の障子は開け放たれていて、山の緑を背景に、手入れの行き届いた庭木と鯉が優雅に泳ぐ池。
テレビとかで紹介されていそうな雰囲気。本当に私、今日ここに泊まるの?
何か庶民の目にも優しいものはないだろうかと室内を見回したら、和室の卓の横にこじんまりとまとめられた荷物があった。見覚えがあると思ったら、あの鞄は私のトートバックだ。
荷物は郵送してあるってこのことか。
バッグの持ち手に括り付けられていたタグの差出人の名前のところに柳美香と美香の字で書かれていた。
その中に入っていたのは新品の下着一式と着替えらしきワンピース。
……なんだか申し訳ない。
それを和室の隅に押しやって、改めて客室を見る。
こんな広いとこに一人って……しかも昌治さんが来るまで、それを一人で待つって……
「お風呂、行こ」
せっかく女将さんが人のいない時間帯を教えてくれたので、今のうちに行っておかないともう入れないかもしれない。心の準備といっても特にすることもないし。
押入れの中には丁寧に折り畳まれた淡い緑色の浴衣とバスタオルが入っていた。
それと下着一式を持って、私は廊下をてくてく歩く。
他の宿泊客がちらっと見えたけど、女将さんの行った通り、浴場には私以外の人はいなさそうだった。
脱衣所で服を脱いで、軽く体を洗ってからさっそく露天風呂に足を運ぶ。
「おお……」
思わず声が漏れてしまった。私以外いないし、誰にも聞かれてないしいっか。
すごく、いい景色だ。
結構高いところにこの温泉はあるようで、周辺の山々を見下ろすようにして見ることができる。山の間には雲が集まっていて全体を見ることはできないけど、むしろその雲が海みたいになっていた。
黒っぽい石でできた湯船は少しせり出していて、あそこから下を見たら浮かんでるみたいな感じになるのかな。
お屋敷の露天風呂もすごいなと思ってたけど、やっぱりこういうところの露天は違うなぁ。いや、露天風呂に慣れてしまってる今の状態もおかしいのだけど。
「ふぅ……」
肩まで浸かって息を吐く。夏の昼にお風呂ってどうなんだろうって思ったけど、山の上で日陰もあるからそこまで暑くは感じない。むしろ気持ちいいかも。
ぼんやりと屋根の隙間から青空を眺めて全身の力を抜く。試験明けに温泉って、解放感に解放感重ねてるからかとにかく解放感がすごい。
あー、とよくわからない声を上げながら、私はふと自分の右腕を見た。肘の上くらいに斜めに走った傷跡がある。皮膚が少し引っ張られて赤くなっているそこは、撃たれた後の手術の跡だ。
まだたまに痛むけど、綺麗にしておけば入浴は問題ないとのこと。
にしても、結構目立つなぁ。まあ仕方ないんだけど。
でも昌治さんや大原さんなんかはこれなんかと比べ物にならないくらいあちこち傷だらけだ。この時期暑いから組の皆さんお屋敷では腕をまくっていて、立派な筋肉の上にさらにどういう経緯でできたのか想像し難い立派な傷痕をお持ちの方もいらっしゃるし。
私のこれが大したものじゃないような気がしてきた。私でこれなら、岩峰組の人たちはなおさら温泉なんて入れないんだろうな。刺青入れてる人も多いし。
……そう言えば、昌治さんは刺青入れてなかった気がする。ヤクザといえば拳銃の次くらいに刺青が来るイメージだけど、まあ人それぞれなのかな。
そんなことを考えながらお風呂に浸かっているうちに、だんだん暑くなってきた。
まあ山の上でそこまで暑くないと言っても、夏の昼だし長風呂はよくないよね。
最後に10秒くらい肩まで浸かって、私はお湯から出た。ちょっと暑いなと思いつつ頭と体を洗う。
脱衣所で浴衣を羽織って飲んだお水がすごく美味しかった。
「浴場はこちらです。今の時間でしたら他のお客様はいらっしゃいませんから、気兼ねなく利用していただけますよ」
そう言って女将さんはちらりと私の右腕を見た。
……女将さん、いったいどこまでご存知なんですか。
「そしてこちらが客室になります。お荷物は机の横に置かせていただきました。浴衣は押入れの中にございます。他に何かご入り用でしたら電話がございますので、なんなりとお申し付けください」
にっこりと微笑んだ女将さんはごゆっくりと言い残して去っていった。
廊下の奥に一人残された私は、意を決して渡された鍵で扉を開ける。
そして直感した。
この部屋、絶対一番いい部屋だ。
まず広い。一段上がった和室だけで修学旅行のときに8人で泊まったときの部屋くらいある。畳も張り替えたばかりなのかふわりとい草の香りがした。
その奥の障子は開け放たれていて、山の緑を背景に、手入れの行き届いた庭木と鯉が優雅に泳ぐ池。
テレビとかで紹介されていそうな雰囲気。本当に私、今日ここに泊まるの?
何か庶民の目にも優しいものはないだろうかと室内を見回したら、和室の卓の横にこじんまりとまとめられた荷物があった。見覚えがあると思ったら、あの鞄は私のトートバックだ。
荷物は郵送してあるってこのことか。
バッグの持ち手に括り付けられていたタグの差出人の名前のところに柳美香と美香の字で書かれていた。
その中に入っていたのは新品の下着一式と着替えらしきワンピース。
……なんだか申し訳ない。
それを和室の隅に押しやって、改めて客室を見る。
こんな広いとこに一人って……しかも昌治さんが来るまで、それを一人で待つって……
「お風呂、行こ」
せっかく女将さんが人のいない時間帯を教えてくれたので、今のうちに行っておかないともう入れないかもしれない。心の準備といっても特にすることもないし。
押入れの中には丁寧に折り畳まれた淡い緑色の浴衣とバスタオルが入っていた。
それと下着一式を持って、私は廊下をてくてく歩く。
他の宿泊客がちらっと見えたけど、女将さんの行った通り、浴場には私以外の人はいなさそうだった。
脱衣所で服を脱いで、軽く体を洗ってからさっそく露天風呂に足を運ぶ。
「おお……」
思わず声が漏れてしまった。私以外いないし、誰にも聞かれてないしいっか。
すごく、いい景色だ。
結構高いところにこの温泉はあるようで、周辺の山々を見下ろすようにして見ることができる。山の間には雲が集まっていて全体を見ることはできないけど、むしろその雲が海みたいになっていた。
黒っぽい石でできた湯船は少しせり出していて、あそこから下を見たら浮かんでるみたいな感じになるのかな。
お屋敷の露天風呂もすごいなと思ってたけど、やっぱりこういうところの露天は違うなぁ。いや、露天風呂に慣れてしまってる今の状態もおかしいのだけど。
「ふぅ……」
肩まで浸かって息を吐く。夏の昼にお風呂ってどうなんだろうって思ったけど、山の上で日陰もあるからそこまで暑くは感じない。むしろ気持ちいいかも。
ぼんやりと屋根の隙間から青空を眺めて全身の力を抜く。試験明けに温泉って、解放感に解放感重ねてるからかとにかく解放感がすごい。
あー、とよくわからない声を上げながら、私はふと自分の右腕を見た。肘の上くらいに斜めに走った傷跡がある。皮膚が少し引っ張られて赤くなっているそこは、撃たれた後の手術の跡だ。
まだたまに痛むけど、綺麗にしておけば入浴は問題ないとのこと。
にしても、結構目立つなぁ。まあ仕方ないんだけど。
でも昌治さんや大原さんなんかはこれなんかと比べ物にならないくらいあちこち傷だらけだ。この時期暑いから組の皆さんお屋敷では腕をまくっていて、立派な筋肉の上にさらにどういう経緯でできたのか想像し難い立派な傷痕をお持ちの方もいらっしゃるし。
私のこれが大したものじゃないような気がしてきた。私でこれなら、岩峰組の人たちはなおさら温泉なんて入れないんだろうな。刺青入れてる人も多いし。
……そう言えば、昌治さんは刺青入れてなかった気がする。ヤクザといえば拳銃の次くらいに刺青が来るイメージだけど、まあ人それぞれなのかな。
そんなことを考えながらお風呂に浸かっているうちに、だんだん暑くなってきた。
まあ山の上でそこまで暑くないと言っても、夏の昼だし長風呂はよくないよね。
最後に10秒くらい肩まで浸かって、私はお湯から出た。ちょっと暑いなと思いつつ頭と体を洗う。
脱衣所で浴衣を羽織って飲んだお水がすごく美味しかった。
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