お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

44.ヤクザさんの覚悟2

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その日の夜に、昌治さんがふらりと部屋にやってきた。
疲れた様子で、他に痛むところはないか、と尋ねてくれる。痛み止めが効いているのかさして傷は痛くないので大丈夫だと伝えたら、尋ねることがなくなってしまったのか、昌治さんは静かになってしまった。

「……悪かった。早く寝て休め」

私の顔を見にきただけなんだろう。沈黙が気まずくなったのか昌治さんは床に手をついて立ち上がる。

「あ、あの、ちょっと待ってください!」

緊張で声が震えた。さっきの沈黙のときに言えばよかったものを、いざ昌治さんと向かい合ったら恥ずかしくて、視線が逸れてようやく自分から口を開くことができた。
昌治さんの静かな瞳が私を見下ろしている。

「お、お話が、あります……」

昌治さんはいつにも増して忙しい。ここでさよならしてしまったら、次に会えるのがいつかになるのかもわからない。
明らかに様子のおかしい私の様子に、昌治さんは怪訝そうにしながらも、さっきまで座っていた場所に再び腰を下ろした。

「……どうした」

問いかけてくる昌治さんの声はとても優しくて、緊張でガチガチになっていた肩の力が少しずつ抜けていくのを感じる。

「この指輪のことなんです」

指輪と聞いて、昌治さんの目が僅かに見開かれる。
それがどこか不安そうに揺れたのを、私は見逃さなかった。
……さっきまでずっと考えていた。どうやって伝えるのかを。

「耳を、貸してください」
「あ、ああ……」

そう言って昌治さんが私の方に体を向けた瞬間、私は左手で昌治さんの腕を掴んで、力一杯引いた。

「なっ……」

驚いた声を上げて、昌治さんがバランスを崩す。
昌治さんがこんなに動揺してるの、初めて見たかも。

「昌治さん」

こんなに顔が近いの、いつぶりだろう。
名前まで呼んじゃったけど、今になって恥ずかしくなってきた。
ああ、でもこの状況まで持ってきて恥ずかしいって、ただの言い訳だ。
……ここまできたら、やるしかない!
私は意を決して、何か言いたげに開かれた昌治さんの唇にキスをした。
すぐに離してしまった後で、ちょっと軽すぎたかなと思ってもう一度、今度は少し長めに唇を重ねる。
う、今さらだけど、普通に言葉でもよかったかな……でも、今見せられる覚悟ってこれくらいだし……昌治さんを、直視できない。

「……こ、これが返事です!これ以上言わせないでくださいっ!」

あれ?どこかで聞いたことある台詞を私も言っているなぁ……あのときの昌治さんも、こんな気持ちだったのかな。
自分で目を逸らしておきながら、私は恐る恐る昌治さんを盗み見た。
口元を押さえたまま、固まっている。

「しょ、昌治さん……?」

銅像みたいになってしまった昌治さんに声をかけたけど、聞こえていないみたいに反応がなかった。
腕から手を離してもう一度名前を呼んだら、ようやく瞬きをした。

「……いいのか?本当に俺で」

確かめるように私を見つめる昌治さんは、まるで信じられないものを見る目で私を見ていた。
私はゆっくり頷く。
だって昌治さん以外、考えられないから。

「昌治さんが、いいです。あの、これまではっきりしなくて、ごめんなさ……んっ!」

最後まで言い切る前に、今度は私の口が昌治さんによって塞がれた。それと同時に抱き締められて、私は身動きがとれなくなる。
けっこうきつく抱かれて正直ちょっと苦しい。でも、右腕の傷には触らないようにしてくれていて、そういうところは優しい。
同時に、誰かの心臓の鼓動を聞いた気がした。早鐘を打っていて、うるさいくらいだ。
それが昌治さんのものだと気付くのに時間がかかったのは、自分の心臓の音が同じようにうるさかったからで……

「俺も、楓がいい。俺の戻る場所にお前がいてくれれば、それだけで十分だ」

唇が離れて、昌治さんの熱を持った瞳と目が合った。私もきっと、同じ目をしてるんだろうなと思う。

「昌治さんが幸せなら、私も幸せです」

結婚とか、正直なところまだ実感はわかない。
でも、この人と一緒なら幸せになれると思う。今はそれでいいかな


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2章あとがき

ラブコメからかけ離れた注意書きの横行する第2章でしたが、ここまで読んで頂きありがとうございます。
あとがき長いですが、読み飛ばしても全く問題ありません。


2章について
内容がわりとハード(当社比)なので自分でも書くべきか悩みましたが、条野さんをサクッと退治される当て馬悪役キャラで終わらせたくなかったので、最初の構想を貫きました。
とりあえずヤバい人なのと同時に可哀想な人だったなと思っていただければ嬉しいです。

絶対的な運命の人という存在はいないと思っているので、二人の出会う順番が逆だったら展開も全く違って、きっと関係も逆になったと考えています。なのでヒロインが葛藤するのも当然かな、と。
順番次第ではある意味どちらも運命の人と言えるので。
最初の方の昌治さんの発言を考えると、昌治さんもヤンデレの気は十分にありますので、全く逆だったかも、なんて。
昌治さんの場合は手に入ったから完全に発症しなかっただけなのかもしれません。

ヤンデレは(2次元かつイケメン・イケおじに限り)好きですが、まさかここまでヤンデレ化するとはあまり考えていませんでした。
まあこの世の性癖の数だけ地雷はあると思っているので、好き嫌いは分かれまくるだろうなとわかってはいましたが……

あの地雷原を踏破し、春斗さんなんだかんだで嫌いじゃなかったという方は、こっそりとでも堂々とでも教えていただけると作者が超個人的に喜びます。実際大喜びしてます。

ですがヤンデレの台頭でメインヒーロー昌治さんの存在感がやや薄くなってしまったことが2章の反省点でもあります。

ちなみにいわゆる王道一途キャラ→岩峰昌治、ヤンデレ→条野春斗、ツンデレ→別作品のお料理組長というラインナップです。クールメガネとか末っ子系とかメンヘラとかオネエ系とか紳士とか出したい衝動にたまに駆られます。


本文ばりに長いあとがきになりました。あとがきは以上です。
第3章は基本ラブコメたまにシリアスなゆるっとした内容に戻ります。
例の如く、ストック確保のため少々お時間をいただきます。6月中旬までには再開しますので少々お待ちいただけますと幸いです。


ただの蛇足
文中(15話)にちらっと出てきた小説は、知っている人なら察しがついたかもしれません。夢野久作著『ドグラ・マグラ』です。とりあえず楓には小難しい本を読ませておこうというのと、好きに考察してください的な意味を込めてあれにしました。
人間失格とかこころ等の有名どころにしとくか迷いましたが、あの状況であれは気を病むなぁと。ドグラ・マグラも大概ですが。途中でやめたというのも一歩手前で止まった的な意味です。
読了していたらヒロインは完全にストックホルム症候群になっていた……かも?まあ、かなり長編なので作中の時間で読了は無理でしょうけど
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