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2章
43.ヤクザさんの覚悟
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布団に横たわって悶々としていたら、美香が部屋に入ってきた。その手には資料が入ったクリアファイルが握られている。
「腕は置いといて、他は辛いとかない?水飲む?」
「あ、美香。ありがとう」
私はなんとかいつも通りに振る舞う。
講義の資料取っといたから、と言って美香はクリアファイルを枕元に置いてくれた。
「ノートはまたまとめてコピーしとくね。写真はメールで送る……って、今スマホないんだっけ?」
「あるにはあるから大丈夫」
あの日、スマホは春斗さんに取られていた。一条会のお屋敷を抑えていた柳狐組の人が見つけてくれていたので、なくなったわけではないけど、念のためにと返してもらえていない。返事をした方がいいメッセージについては大原さんにお願いして代わりに返信をしてもらっていた。
「百合子とかには季節外れのインフルエンザって言ってある。叔父さんの家にお世話になってるって設定だから、お見舞いに来るとかはないはずだよ」
「ありがとう。美香がいなかったらどうなってたことか……」
「じゃあ元気になったらカフェ行こ。楓の奢りね」
「もちろんです美香様」
柳狐組の組長の孫だってわかってからも、私と昌治さんとのことがわかってからも、美香は変わらない。それが嬉しかった。
お互いに隠すことがなくなったからかもしれないけど、美香といるとすごく落ち着く。
今日の講義の内容や出来事について、美香は色々教えてくれる。
ゼミの教授に関する愚痴を笑いながら聞いていたら、唐突に美香が私の左手を見た。
「……楓、左手」
慌てて布団の中に左手を突っ込んで隠そうとしたら、すごい力で左手首を掴まれた。さすがあのゴツい銃を持ってただけのことはある。
「どうしたのこれ……あ、違う。おめでとうか、この場合」
「え、これは、えっと」
「どう見ても結婚ゆ……あれ?婚約の方?」
美香はさも当然のようにそう言って私の左手の薬指にはめられた指輪をまじまじと見る。
「待って、話を聞いて!」
私はしどろもどろになりながら美香に指輪について説明する。
美香は始終微妙な顔をしていた。
「それで、楓はどうしたいの?まあ、逃げ場はなさそうな感じだけど」
そう、私がどうしようと結局変わらない。このまま流れに身を任せてしまうのは一番楽だ。
「……楓がどうしても嫌だって言うなら手助けはするよ?岡山に永住することになるかもしれないけど」
「そこまでは……その、嫌じゃないんだよ?でも、私なんかでいいのかなっていうか、どうして結婚なのかなとか思っちゃって」
たぶん、結婚じゃなくて付き合ってくださいって言われていたら、私は喜んで返事をしてたと思う。よく考えれば、住まわせてもらって色々あったりしたけど、まだ恋人ですらないんだ。待つとは言われていたけど、付き合ってほしいとは、一度も言われていない気がする。
「え、付き合ってないの?この状況で?」
「そんな気がしてるだけで、側から見たらそうなのはわかるんだけど、変化に追い付けてないの。それに私、助けられてばっかりで何の力にもなってない」
「……色々あるのわかるけどさ、あんまりウジウジしてると岩峰さんが可哀想だよ」
わざとらしく呆れたような口調で美香は言う。
ちょっとムッとしたけど、事実だから言い返すことができなかった。
美香はヤクザさんの孫だからそんなことが言えるんだ、なんて思っちゃう辺り、私はけっこう性格悪いのかもしれない。
「言い方悪いけど、楓みたいなのを迎えるって、岩峰さんの立場からしても相当の覚悟がないと無理だからね」
「……だから嫌なの。私が一方的に無理させてるみたいで」
「それくらい楓が欲しいってことでしょ」
なんで言わせるかな、と言って美香はそっぽを向く。
すっかり処理能力の落ちた頭で、美香の言葉の意味を理解した私は愕然とした。
……私は、自分のことしか考えてなかったんだ。
昌治さんがどういう思いで私を選んだのか、全くわかってなかった。無理させて申し訳ないなんて、私が勝手に罪悪感を抱いていただけだ。
「……岩峰さんが覚悟見せたんだから、楓も覚悟見せなきゃ。少なくとも、返事くらい言わないと失礼でしょ」
私は黙って頷いた。
昌治さんが私のためにここまでしたのに、私はそれを無駄なことにしようとしていたんだ。
「でも、覚悟見せるってどうやって……」
「それは楓が自分で考えないと意味ないでしょ」
覚悟って言われても……好きでいる覚悟?いや、それは当たり前すぎる。でもヤクザの仲間入りする覚悟はまだ持てない。ヤクザさんの覚悟……うーん。
「……指?切る?」
「いつの時代の話!?江戸!?そもそも切ってどうするつもりなの?」
「渡す」
「それただのホラー」
美香は頭を抱えた。
「岩峰さん絶対喜ばないでしょそれ」
「そうか……」
「いや、むしろちょっとでも喜ぶかもって考えたの?」
覚悟見せるで指を詰めるはよく聞くから、覚悟見せるってことになるかな、と。
「……いったん落ち着いて。冷静になって、楓」
私が痛い思いしても昌治さんは喜ばないから、と言われて私はようやく自分の間違いに気付いた。
「じゃあ覚悟見せるって、どうすれば……」
体張ります、はできない。かといって提供できる技術とか特技も頭脳もない。
「いったん覚悟云々は置いとこう。指輪くらいわかりやすいのがあればいいけど、まあ今の楓じゃ何か用意したりは無理だもんね。岩峰さんも急いではいないだろうし、とりあえず今は返事だけでもしときなよ」
……美香の言う通りだ。今のこの寝たきりみたいな状態でできることとなると、返事をすることくらいか。そうだよね、今の状態で無理したって昌治さんはきっと喜ばない。
「腕は置いといて、他は辛いとかない?水飲む?」
「あ、美香。ありがとう」
私はなんとかいつも通りに振る舞う。
講義の資料取っといたから、と言って美香はクリアファイルを枕元に置いてくれた。
「ノートはまたまとめてコピーしとくね。写真はメールで送る……って、今スマホないんだっけ?」
「あるにはあるから大丈夫」
あの日、スマホは春斗さんに取られていた。一条会のお屋敷を抑えていた柳狐組の人が見つけてくれていたので、なくなったわけではないけど、念のためにと返してもらえていない。返事をした方がいいメッセージについては大原さんにお願いして代わりに返信をしてもらっていた。
「百合子とかには季節外れのインフルエンザって言ってある。叔父さんの家にお世話になってるって設定だから、お見舞いに来るとかはないはずだよ」
「ありがとう。美香がいなかったらどうなってたことか……」
「じゃあ元気になったらカフェ行こ。楓の奢りね」
「もちろんです美香様」
柳狐組の組長の孫だってわかってからも、私と昌治さんとのことがわかってからも、美香は変わらない。それが嬉しかった。
お互いに隠すことがなくなったからかもしれないけど、美香といるとすごく落ち着く。
今日の講義の内容や出来事について、美香は色々教えてくれる。
ゼミの教授に関する愚痴を笑いながら聞いていたら、唐突に美香が私の左手を見た。
「……楓、左手」
慌てて布団の中に左手を突っ込んで隠そうとしたら、すごい力で左手首を掴まれた。さすがあのゴツい銃を持ってただけのことはある。
「どうしたのこれ……あ、違う。おめでとうか、この場合」
「え、これは、えっと」
「どう見ても結婚ゆ……あれ?婚約の方?」
美香はさも当然のようにそう言って私の左手の薬指にはめられた指輪をまじまじと見る。
「待って、話を聞いて!」
私はしどろもどろになりながら美香に指輪について説明する。
美香は始終微妙な顔をしていた。
「それで、楓はどうしたいの?まあ、逃げ場はなさそうな感じだけど」
そう、私がどうしようと結局変わらない。このまま流れに身を任せてしまうのは一番楽だ。
「……楓がどうしても嫌だって言うなら手助けはするよ?岡山に永住することになるかもしれないけど」
「そこまでは……その、嫌じゃないんだよ?でも、私なんかでいいのかなっていうか、どうして結婚なのかなとか思っちゃって」
たぶん、結婚じゃなくて付き合ってくださいって言われていたら、私は喜んで返事をしてたと思う。よく考えれば、住まわせてもらって色々あったりしたけど、まだ恋人ですらないんだ。待つとは言われていたけど、付き合ってほしいとは、一度も言われていない気がする。
「え、付き合ってないの?この状況で?」
「そんな気がしてるだけで、側から見たらそうなのはわかるんだけど、変化に追い付けてないの。それに私、助けられてばっかりで何の力にもなってない」
「……色々あるのわかるけどさ、あんまりウジウジしてると岩峰さんが可哀想だよ」
わざとらしく呆れたような口調で美香は言う。
ちょっとムッとしたけど、事実だから言い返すことができなかった。
美香はヤクザさんの孫だからそんなことが言えるんだ、なんて思っちゃう辺り、私はけっこう性格悪いのかもしれない。
「言い方悪いけど、楓みたいなのを迎えるって、岩峰さんの立場からしても相当の覚悟がないと無理だからね」
「……だから嫌なの。私が一方的に無理させてるみたいで」
「それくらい楓が欲しいってことでしょ」
なんで言わせるかな、と言って美香はそっぽを向く。
すっかり処理能力の落ちた頭で、美香の言葉の意味を理解した私は愕然とした。
……私は、自分のことしか考えてなかったんだ。
昌治さんがどういう思いで私を選んだのか、全くわかってなかった。無理させて申し訳ないなんて、私が勝手に罪悪感を抱いていただけだ。
「……岩峰さんが覚悟見せたんだから、楓も覚悟見せなきゃ。少なくとも、返事くらい言わないと失礼でしょ」
私は黙って頷いた。
昌治さんが私のためにここまでしたのに、私はそれを無駄なことにしようとしていたんだ。
「でも、覚悟見せるってどうやって……」
「それは楓が自分で考えないと意味ないでしょ」
覚悟って言われても……好きでいる覚悟?いや、それは当たり前すぎる。でもヤクザの仲間入りする覚悟はまだ持てない。ヤクザさんの覚悟……うーん。
「……指?切る?」
「いつの時代の話!?江戸!?そもそも切ってどうするつもりなの?」
「渡す」
「それただのホラー」
美香は頭を抱えた。
「岩峰さん絶対喜ばないでしょそれ」
「そうか……」
「いや、むしろちょっとでも喜ぶかもって考えたの?」
覚悟見せるで指を詰めるはよく聞くから、覚悟見せるってことになるかな、と。
「……いったん落ち着いて。冷静になって、楓」
私が痛い思いしても昌治さんは喜ばないから、と言われて私はようやく自分の間違いに気付いた。
「じゃあ覚悟見せるって、どうすれば……」
体張ります、はできない。かといって提供できる技術とか特技も頭脳もない。
「いったん覚悟云々は置いとこう。指輪くらいわかりやすいのがあればいいけど、まあ今の楓じゃ何か用意したりは無理だもんね。岩峰さんも急いではいないだろうし、とりあえず今は返事だけでもしときなよ」
……美香の言う通りだ。今のこの寝たきりみたいな状態でできることとなると、返事をすることくらいか。そうだよね、今の状態で無理したって昌治さんはきっと喜ばない。
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