お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

42.ヤクザさんの優しさ5

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「昌治さん、これ……」

信じられないものを見るように、私は自分の指を見ていた。
銀色の指輪が、まるでもともとそこにあったようにぴったりとはまっている。細身のそれは光を受けて明るく輝いた。

「これ以上言わせるな」

昌治さんの眼差しは真剣だった。
左手の薬指に、指輪。
……さすがに、この意味くらいわかる。
お風呂でのぼせたあの日のプロポーズ以降に、昌治さんの口から直接結婚のことを言われることはなかった。私がその気になるまで待つとのことだったけど、これは……
心臓の音がうるさくて、昌治さんに聞こえてるんじゃないかと不安になる。それなのに一部だけ冷静な私の頭が、やめておけと警鐘を鳴らしていた。

「でも、私、条野さんと……」
「それがなんだってんだ。今、あいつの名前は聞きたくねぇ」

あ……やっちゃった。
昌治さんの中で、何かのスイッチが切り替わる音がした。
左手首を掴む手に痛いくらい力が込められて、上半身を起こしていた私はそのままゆっくりと布団に押し付けられる。
怒ってるのに、こういうところは優しい。

「わからねぇなら、正直に言え。理解するまでじっくり教えてやる」

昌治さんは空いている手の指で、私の唇に軽く触れる。

「それとも、ヤクザらしく無理矢理わからせるぞ」

ヤクザらしく、って……
その気迫に圧倒され、同時に恥ずかしさで真っ赤になった私を見下ろし、昌治さんはフッと笑った。

「……冗談だ。お前に負担をかけるようなことはしねぇよ」

今は、と付け加えた昌治さんは、絡めていた手を離して立ち上がった。

「ゆっくり休め」

そう言い残して、昌治さんは部屋を出ていく。
バタンと扉が閉じた音がした瞬間、私の体から一気に力が抜けていった。

「な、なに……?」

布団に吸い込まれたみたい動けないまま、呆然と天井を見上げる。
恐る恐る左腕を上げると、その指のうちの一本で銀の指輪が輝いていた。指の根元に何かあるっていう違和感もある……幻じゃない。
宙ぶらりんにしていた「結婚」という二文字が、急に形を帯びて迫ってきたような、そんな感覚。
というかそもそも、結婚って何?
一緒に住むなら、前までとそんなに変わらないような……苗字?苗字が山野から岩峰に変わるの?
岩峰楓……うん、語感は変じゃない。そしてそこじゃない。今大事なのは苗字じゃない。

「結婚。昌治さんと、結婚……」

とりあえず口に出してみて、私は自分で勝手に真っ赤になっていた。
嫌じゃ、ない。むしろ、昌治さん以外の男の人と結婚どころか、付き合うとか考えられない。私には昌治さんしかいないってことはわかってる。
でも、それなのにどうにも踏ん切りがつかない。
もし昌治さんが普通の会社員とかだったら、ここまで悩まなかったのかな。
嫌とは言わせないって言ってたから、きっとこのまま黙っていても私は昌治さんと結婚することになる。お互いに好きなのはわかってるし、それでいいのかもしれない。
でもいざ流れに任せればいいやって思おうとすると、胸の中にモヤっとしたものが広がる。

「うう、どうすればいいんだろ……」

再び左手を上げて指輪を見る。このままつけていれば昌治さんと結婚できると思うと同時に、なぜか胸がちくりと痛んだ。
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