お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

41.ヤクザさんの優しさ4

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昌治さんは、どう思っているんだろう。
あの駐車場で抱き締められたとき、全てを許されたみたいですごく嬉しかったし、もう何もいらないって思った。
それなのに、美香のお爺さんの車にいろって言われてたのに、危ないってわかっていたのに、私は自分勝手な甘い考えで外に出た挙句、敵である春斗さんを庇って撃たれた。自業自得だと呆れられても仕方がない。
馬鹿なことをするな、余計なことをした、と罵ってくれたほうが気が楽だ。他の男を庇うような女の顔なんて見たくないとでも何とでも言えばいい。私がしたのは、そういうことだ。
そう思う一方で、駐車場のときみたいに抱き締めて、優しい言葉をかけてほしいなんて、厚かましいことを望んでいる自分がいた。
……昌治さん、どうして黙ってるんですか。
何でもいい。罵詈雑言でも慰めの言葉でも、とにかく昌治さんの言葉が欲しかった。
簡単な謝罪の言葉すら言えていない私に、それを欲しがる資格なんてないのに。
口から漏れるのは嗚咽と意味を成さない音ばかりで、それ以外は寒々しいくらいに静かだ。
腕を伸ばせばすぐ届くくらい近い場所に昌治さんがいる。その胸元に縋り付いて泣き喚きたかった。あるいは、わかりやすく拒絶してほしかった。
お互いに動かないまま、時間だけが過ぎていく。
遠くからどこかの学校の鐘の音が聞こえてきたとき、意を決したように昌治さんが私を真っ直ぐに見た。

「……なぜ、あんなことをした」

その目に浮かんでいたのは怒りと不安、そして悲しみだった。

「俺はそんなに信用されてなかったのか。言ったろ、俺は条野なんざに負けねぇって」

自身の膝に置かれた昌治さんの拳が震えている。
私はこの人を、怒らせてしまった。失望させてしまったんだろうか。私のしたことを考えれば当然なのに、嫌われるのは嫌だ。

「信用とか、違います……ただ、死んでほしいなんて思ってなくて、あのときはもう、誰にも傷ついてほしくなくて……」

ああ、これは言い訳だ。
私が出ていったところで、結局血は流れた。大原さんは被害が軽く済んだなんて言ってたけど、被害は出てしまっている。私のせいだと思わなくていいと言ってくれるけど、あの光景とその時抱いた思いが消えることはなかった。

「ごめんなさい」

言えなかった謝罪がようやく声になったのに、それは蚊が鳴いてるみたいにか細い音で、昌治さんに届いたのだろうか。
……わからない。昌治さんはその場から動かず、ただ私を見つめていた。

「怒って、ますよね。私が勝手なことしたから」

どうして私はこんなわかりきっていることを尋ねているんだろう。でも、どうしても昌治さんの口から全てを聞きたかった。

「教えてください」

ひとりでに涙が溢れ出て、頬を伝っていくのを感じた。
ああ……そうだ。私はただ、確証が欲しいんだ。昌治さんの心が知りたかった。大好きなこの人のことが、わからなくて怖いんだ。
もともとそんなに昌治さんのことを知ってるわけじゃない。岩峰組の若頭ってこと以上のことは何も。普段は何をしているのかも、昔のことも、血液型さえ知らない。
あまり表情を変えることのない昌治さんだけど、たまに見せてくれるちょっとした変化から、つい数日前まではありありとわかった昌治さんの感情がわからなくなっていた。顔を合わせることすら怖い。
私は、変わってしまったんだろうか。

「……馬鹿だな、楓は」

誰にともなく昌治さんは呟いた。
口に出すつもりはなかったのかもしれない。言い終えてすぐに、昌治さんは僅かに目を見開く。
そしてゆっくりと視線を逸らして、私の右腕に巻かれた包帯を見た。

「怒るに決まってんだろ」

やっぱり、そうだよね。悲しいのにどこかほっとしてしまう自分がいる。
言ってくれてありがとう、そう口を開きかけたとき、昌治さんが私の左手首を掴んだ。

「……お前が傷付いたら、何の意味もない」

言うなり、昌治さんは私の手首を掴む力を強めると、グッと自分の方に引き寄せた。
突然のことに全く抵抗できず、気付けば昌治さんの静かな表情がすぐ近くにあった。

「しょ、昌治さん……?」

微笑んでいるような、悲しんでいるような、とにかく見ていると胸を搔きむしりたくなる、そんな切ない表情。

「もうこんな思いは二度とごめんだ。俺の側にいろ、楓。俺にここまでさせといて、嫌とは言わせねぇからな」

昌治さんの手が、私の左手を包む。強引だけど温かなそれが離れたあと、薬指に銀色の指輪がはめられていた。
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