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2章
27.若頭補佐は休めない8
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廃工場の駐車場は一瞬のうちに銃撃戦の場になった。
車の陰に隠れつつ、一条会のやつらを狙い撃つ。
駐車場の出入り口を固められて出られず、山野楓を乗せた柳爺の車は駐車場の中程で停車していた。
「クソっ!あの野郎……」
ウチと一条会の力は五分五分といったところか。少しばかりウチが押しているが、いかんせん条野春斗が別格だった。
的確に狙ってきやがる。このままじゃ互いに消耗するだけだ。
早々に決着をつけたいが、条野に近付けねぇ。若頭も同じことを思っているのか影から条野を睨みつつ、一条の組員とやり合っていた。
そして若頭と条野の目が合った瞬間、辺りが静寂に包まれる。
「……なぜ出てきたんですか」
俺はぽつりと呟いた。
山野楓が、車から自分の首筋に小さいナイフを押し当てながら出てきたのだ。
「楓っ!何してんだっ!」
若頭が叫んだが、彼女は若頭の方を見ることなく、真っ直ぐに条野の方を見ていた。
条野は目を見開いている。あの飄々とした男があんなに焦った、人間じみた顔をするのか。
「私がはっきり断らなかったから、こんなことになったんですよね」
「……ちゃう。俺にはお前が必要やからや。言うたやろ、楓が俺を助けた時からやって。それ下ろすんや、楓」
条野の拳銃を握る手が震えているのがここからでもわかった。彼女は、自分自身を人質にしてこれをやめさせる気だ。
「戦うのをやめてください。こんなことしても、私はあなたのものには絶対にならない」
静かになったからか、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
この場にサツが来たらまずい。ここに警察が来る前に、彼女をなんとか連れて行かなければ。
震える手に握られたナイフは、僅かに触れただけで彼女の首筋を裂いた。彼女はそれに気付いているのだろうか。
「やめるんや、楓……」
条野が懇願するが、彼女はナイフを持つ手を緩める気配はなかった。俺はちらりと若頭を見る。
若頭は今にも飛び出して行きそうな形相で、楓様の方を見ていた。その手は震えるほどに強く握られていたが、下手に彼女を刺激するわけにはいかないのだろう、グッと堪えていた。
「……そうです。この方にあんたがそこまでする価値はない」
その声と共にどこからか銃声が響いた。条野が撃たれ、右肩を押さえてその場に蹲る。
あまりに突然すぎる出来事に驚いているのはウチの組だけではなかった。一条会の連中も呆然と自らの組織の長を見ていた。
「中西、さん……?」
「な、中西……お前っ……」
条野の視線の先にいたのは、ウチの組員じゃない。まさか、ここで裏切りか。
中西と呼ばれた男の目は見開かれ、明確な殺意を孕んで条野を見ていた。
「楓さんは知らなくていいことですよ……会長、死んでください」
一条会の連中の雰囲気がその瞬間に二つに分かれた。一部のやつらの纏う空気が変わったのだ。
一条に限ったことではないが、こういった裏切りは別段珍しいことではない。条野は特に、あちこちから恨みをかっている。ウチとしてはチャンスだが……まずい、あの距離では楓様が巻き込まれる。
この際だ。多少ナイフの刃が掠っても仕方がない。
一瞬目を合わせた若頭が頷いた。それを合図に車の後ろから飛び出して楓様の元に駆け寄る。
そして俺はそこで、信じられないものを見た。
楓様が条野を庇うように立ち、崩れ落ちたのだ。
彼女を撃った中西は、予想外の出来事に明らかに気を動転させている。
「なんなんだよ!あんただってコイツに……」
言い終える前にその額に穴が空き、中西は仰向けに倒れた。
方向的に、若頭が撃ったのではない。
見ると、条野が怒りに燃えた瞳で死んだ男を見ていた。撃たれた方とは逆の左手に拳銃を持ち、次々に発砲している。その対象は、一条の中にいた一部のやつら、おそらくはほかの裏切り者たちだ。
部下に手を貸されて立ち上がった条野は、血に塗れた手で弾を装填しながら、倒れている楓様を見下ろした。
「……なんで俺を庇ったんや、楓」
信じられないとばかりに条野は言った。しかし、意識を失っている彼女が返事を返すことはない。
早く治療をしなければ、まずいことになる。
撃たれたのは腕だが、出血が明らかに多かった。おそらく弾が動脈を貫いたのだろう。若頭がベルトで腕を縛って応急処置をしていた。
「お前が招いた事だ。条野春斗」
若頭は静かな怒りを湛えた瞳で条野を睨みつける。
「お前さえいなければ、楓がこんな目に遭うことはなかった」
「……俺は楓を愛したかっただけや。順番さえ違ごうたら、アンタと俺の立場は逆やったやろ」
「一緒にするな。俺は絶対に楓をこんな目に遭わせたりはしねぇ」
「どうやろな。アンタは俺と同類や。同じ匂いがする。アンタさえおらんかったら、俺は楓を幸せにできとった」
条野の銃が若頭に向けられる。その目に浮かんでいたのは、深い悲しみが絡み付いた狂気だった。
「実際は楓にとっての悪役は俺、正しいのはアンタになるんやろな。恨むわ、ほんま」
「……その悪役を、楓は庇った。だから俺はお前を殺さん」
そう言って若頭は懐から拳銃を取り出してアスファルトに投げる。あのコンビニ強盗が持っていた銃だった。もちろん弾は抜いてあるが、なぜあれを今ここで……
「これがなくても、一条会は終わりだろう。もう必要ない」
「……そういうことか」
そう言いながら、条野は背後から自身を狙った一条の組員を無表情で撃ち殺した。
「抗争の大義名分はこれを取り返すことやった。確かにな、楓の望み通りこれで俺らが岩峰と争う意味はなくなったわけや」
こっちはこれじゃ終われないようだが、と自嘲するように言うと、条野は拳銃を拾い上げて懐に仕舞った。
「……楓死なしたら、殺す」
「その必要はねぇよ。そん時は一緒に死ぬ」
サイレンの音がいよいよ大きくなってきた。
ウチの組員には撤退するよう命じながら俺は若頭のために退路を切り開く。
岩峰組と一条会の間は区切りを付けたが、未だ敵対していることに変わりはない。
俺はなんとか車に乗り込んでエンジンをかける。柳爺の愛車ほどではないがこれもある程度防弾仕様だ。
若頭が楓様を乗せて乗り込んだことを確認し、俺は勢いよく車を走らせた。
車の陰に隠れつつ、一条会のやつらを狙い撃つ。
駐車場の出入り口を固められて出られず、山野楓を乗せた柳爺の車は駐車場の中程で停車していた。
「クソっ!あの野郎……」
ウチと一条会の力は五分五分といったところか。少しばかりウチが押しているが、いかんせん条野春斗が別格だった。
的確に狙ってきやがる。このままじゃ互いに消耗するだけだ。
早々に決着をつけたいが、条野に近付けねぇ。若頭も同じことを思っているのか影から条野を睨みつつ、一条の組員とやり合っていた。
そして若頭と条野の目が合った瞬間、辺りが静寂に包まれる。
「……なぜ出てきたんですか」
俺はぽつりと呟いた。
山野楓が、車から自分の首筋に小さいナイフを押し当てながら出てきたのだ。
「楓っ!何してんだっ!」
若頭が叫んだが、彼女は若頭の方を見ることなく、真っ直ぐに条野の方を見ていた。
条野は目を見開いている。あの飄々とした男があんなに焦った、人間じみた顔をするのか。
「私がはっきり断らなかったから、こんなことになったんですよね」
「……ちゃう。俺にはお前が必要やからや。言うたやろ、楓が俺を助けた時からやって。それ下ろすんや、楓」
条野の拳銃を握る手が震えているのがここからでもわかった。彼女は、自分自身を人質にしてこれをやめさせる気だ。
「戦うのをやめてください。こんなことしても、私はあなたのものには絶対にならない」
静かになったからか、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
この場にサツが来たらまずい。ここに警察が来る前に、彼女をなんとか連れて行かなければ。
震える手に握られたナイフは、僅かに触れただけで彼女の首筋を裂いた。彼女はそれに気付いているのだろうか。
「やめるんや、楓……」
条野が懇願するが、彼女はナイフを持つ手を緩める気配はなかった。俺はちらりと若頭を見る。
若頭は今にも飛び出して行きそうな形相で、楓様の方を見ていた。その手は震えるほどに強く握られていたが、下手に彼女を刺激するわけにはいかないのだろう、グッと堪えていた。
「……そうです。この方にあんたがそこまでする価値はない」
その声と共にどこからか銃声が響いた。条野が撃たれ、右肩を押さえてその場に蹲る。
あまりに突然すぎる出来事に驚いているのはウチの組だけではなかった。一条会の連中も呆然と自らの組織の長を見ていた。
「中西、さん……?」
「な、中西……お前っ……」
条野の視線の先にいたのは、ウチの組員じゃない。まさか、ここで裏切りか。
中西と呼ばれた男の目は見開かれ、明確な殺意を孕んで条野を見ていた。
「楓さんは知らなくていいことですよ……会長、死んでください」
一条会の連中の雰囲気がその瞬間に二つに分かれた。一部のやつらの纏う空気が変わったのだ。
一条に限ったことではないが、こういった裏切りは別段珍しいことではない。条野は特に、あちこちから恨みをかっている。ウチとしてはチャンスだが……まずい、あの距離では楓様が巻き込まれる。
この際だ。多少ナイフの刃が掠っても仕方がない。
一瞬目を合わせた若頭が頷いた。それを合図に車の後ろから飛び出して楓様の元に駆け寄る。
そして俺はそこで、信じられないものを見た。
楓様が条野を庇うように立ち、崩れ落ちたのだ。
彼女を撃った中西は、予想外の出来事に明らかに気を動転させている。
「なんなんだよ!あんただってコイツに……」
言い終える前にその額に穴が空き、中西は仰向けに倒れた。
方向的に、若頭が撃ったのではない。
見ると、条野が怒りに燃えた瞳で死んだ男を見ていた。撃たれた方とは逆の左手に拳銃を持ち、次々に発砲している。その対象は、一条の中にいた一部のやつら、おそらくはほかの裏切り者たちだ。
部下に手を貸されて立ち上がった条野は、血に塗れた手で弾を装填しながら、倒れている楓様を見下ろした。
「……なんで俺を庇ったんや、楓」
信じられないとばかりに条野は言った。しかし、意識を失っている彼女が返事を返すことはない。
早く治療をしなければ、まずいことになる。
撃たれたのは腕だが、出血が明らかに多かった。おそらく弾が動脈を貫いたのだろう。若頭がベルトで腕を縛って応急処置をしていた。
「お前が招いた事だ。条野春斗」
若頭は静かな怒りを湛えた瞳で条野を睨みつける。
「お前さえいなければ、楓がこんな目に遭うことはなかった」
「……俺は楓を愛したかっただけや。順番さえ違ごうたら、アンタと俺の立場は逆やったやろ」
「一緒にするな。俺は絶対に楓をこんな目に遭わせたりはしねぇ」
「どうやろな。アンタは俺と同類や。同じ匂いがする。アンタさえおらんかったら、俺は楓を幸せにできとった」
条野の銃が若頭に向けられる。その目に浮かんでいたのは、深い悲しみが絡み付いた狂気だった。
「実際は楓にとっての悪役は俺、正しいのはアンタになるんやろな。恨むわ、ほんま」
「……その悪役を、楓は庇った。だから俺はお前を殺さん」
そう言って若頭は懐から拳銃を取り出してアスファルトに投げる。あのコンビニ強盗が持っていた銃だった。もちろん弾は抜いてあるが、なぜあれを今ここで……
「これがなくても、一条会は終わりだろう。もう必要ない」
「……そういうことか」
そう言いながら、条野は背後から自身を狙った一条の組員を無表情で撃ち殺した。
「抗争の大義名分はこれを取り返すことやった。確かにな、楓の望み通りこれで俺らが岩峰と争う意味はなくなったわけや」
こっちはこれじゃ終われないようだが、と自嘲するように言うと、条野は拳銃を拾い上げて懐に仕舞った。
「……楓死なしたら、殺す」
「その必要はねぇよ。そん時は一緒に死ぬ」
サイレンの音がいよいよ大きくなってきた。
ウチの組員には撤退するよう命じながら俺は若頭のために退路を切り開く。
岩峰組と一条会の間は区切りを付けたが、未だ敵対していることに変わりはない。
俺はなんとか車に乗り込んでエンジンをかける。柳爺の愛車ほどではないがこれもある程度防弾仕様だ。
若頭が楓様を乗せて乗り込んだことを確認し、俺は勢いよく車を走らせた。
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