お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

18.それぞれの本性

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ベッドに降ろされた衝撃で、私は目を覚ました。目の前にあるのは、怒りと狂気を湛えて歪む春斗さんの瞳。
春斗さんは引きちぎるように私のバスローブの紐を解いて、顕になった胸元に噛み付いた。
痛みに声を上げたけれど、春斗さんは緩めることなく、なおも強く歯を立てる。

「春斗さん……痛い」
「そうやろな。わざと痛くしとるんやから」

春斗さんのギラギラ光る双眸が私を見下ろしている。
両手が万力みたいな力で押さえつけられて、私は一切抵抗できないまま腑抜けたようにそんな春斗さんを見上げていた。

「……なあ、楓」

しばらくそのまま見つめ合っていたら、唐突に春斗さんが口を開く。

「……もし、俺と岩峰と、会う順番が逆やったら、違ったんか?」
「え……?」

春斗さんの腕が、震えていた。

「もし俺の方が先にお前に出会って好きになっとったら、お前が岩峰昌治に惚れる前やったら!お前は俺を選んでくれたんか!?」
「……っ、なんで、そんなこと……」

春斗さんの悲痛とも言える叫びに、私はすぐに答えを返すことができなかった。
先に出会ったのは昌治さんで、春斗さんと出会った時点で、私の中に既に昌治さんという存在があった。
もしそれが逆だったら?昌治さんと出会った時にもう春斗さんがいたら?そうしたら、今とは違う未来になっていたかもしれない。
でも現実は、私が先に出会ったのは昌治さんだ。もしもの可能性は、もしもでしかない。
この世にもし運命とやらがあるのなら、それが昌治さんを選んだ。きっとそういうものなんだ。
私が好きな相手が、昌治さんであることに変わりはない。

「……何で逃げたりしたんや。お前に会ったとき俺は初めて、俺みたいなのが誰かと一緒にいてもええんやって、笑いながら飯食えるんやって思えた」

不意に、春斗さんの端正な顔がくしゃっと歪んで、子供みたいに泣き出してしまうような気がした。
一瞬だったけど、見間違いじゃなかったと思う。
春斗さんは私の頬をそっと撫でる。その手は僅かに震えていた。

「俺を独りにせえへんでくれ、楓」

……これが、この人の本心で、本性。
直感的に、そう思った。
強引で強気、覇気を振り撒いて塗り固められていた内側の、一番脆い部分。

『会長は、こちらの世界にあっても異質ですよ』
『俺らには最低限の付き合いでも無理』
『あの人はヤバい。触るな危険ってやつだろ』

春斗さんは、味方であるはずの組の人たちにさえ距離を置かれて、恐れられている。ヤクザだから、孤高の人で平気なんだろうって、勝手に思っていた。
……そんなわけない。春斗さんはヤクザである前に、ひとりの人なんだ。
勝手に壁を作られて、自分でも壁を作って、そうやってこの人は自分を守りながら生きてきたのかな。

「春斗さ……んんっ」

半開きの私の口の中に、春斗さんの無骨な指が入り込む。それは私の口蓋をなぞって、舌を柔く押さえ付けた。
一切の抵抗を許さない、その手つきにゾクリとした。

「絶対、離さへんからな。ずっと大事にしたる。やから安心して……全部忘れてまえ」

ギシッと音を立てて、ベッドが軋む。
指が引き抜かれたと思ったら、すぐに温かく柔らかいもので唇が覆われた。
春斗さんは私のことを愛してくれている。痛いほどにそれが伝わってくるのに、私はそれに応えることはできない。

「なあ、頼むわ。俺の側におってくれ。楓の前でだけ、俺は人間でいられるんや」

……直属の部下である吉井さんも、中西さんも他の組の人たちも、春斗さんを恐れるばかりで、誰も理解しようとしなかった。
その中で私が、春斗さんに手を出してしまった。春斗さんをまるでみたいに扱ってしまった。わかりもしないのに。
おこがましい考えかもしれない。でも、きっとそうなんだ。私が春斗さんに期待を持たせてしまった。
最初に春斗さんを傷付けたのは私だったのかもしれない。
私の中にはもう昌治さんがいるとわかりながら、春斗さんを完全に拒絶しなかった。
中途半端なそれが、春斗さんを狂わせてしまったんだ。
あれだけ酷い仕打ちを受けたのに、この人のことを心の底から恨むことのできない自分がいる。
この人を許すか許さないか。普通に考えれば許すことは到底できないのに、どうしても心の底で何かがつっかえてるみたいに動かない。
私の罪悪感なのか、この人の心を知ってしまった後悔なのか。

「俺は別に楓を傷付けたいんやない。失いたくないだけや。どんな手を使ってでも、お前が欲しい」

私は首を横にゆっくりと振った。

「……私には、春斗さんの望むようなことはできない。美香を、家族を人質にされても、好きには、なれない」
「嫌や」

何度も何度も、それこそ言い聞かせるみたいにして私は拒み続けた。
徐々に高まっていく緊張感からくる震えを必死に抑えて、私は春斗さんの肩を押しやる。

「春斗さん、私が好きなのは……」

この想いだけはどうしても変えられない。春斗さんは知っているはずなのに、わかってくれることはない。その証拠に、春斗さんは先を続けようとした私の口を優しく塞ぐ。

「楓、言うた通り、お前は本邸に連れてく。全部終わらしたら、海外でもどこでも好きなとこ連れてったる」

春斗さんはゆっくりと、けれど有無を言わせぬ圧倒的な力で私をベッドに縛り付けて、どこか寂しそうに微笑んだ。

「前置き長なったけど、お仕置きの時間や。楓」

その狂気を纏った色気に気圧されたように、私の体から力が抜けていく。
それは、私の逃げようという心を打ち砕くには十分だった。
違うのに、潤んだ瞳で見上げる私を、春斗さんはどう思って見ているんだろう。
私はまたこの人に犯されるんだ、と心の中で諦めの声がした時だった。
コンコンコンと誰かが部屋を忙しくノックした。

「……なんや、こんな時に」

私の存在を確かめるように春斗さんは私の頭を撫でると、名残惜しげに立ち上がって部屋を出て行く。
そして、部屋の外側から鍵をかけられる音がどこか遠くの方から聞こえてきた。
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