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2章
26.抗争は待った無し3
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私が車を降りた瞬間、あれほどうるさく鳴っていた銃声が止んだ。火薬っぽい匂いが辺りに漂っている。
視線が私に集まっているのを感じながら、私はゆっくり手にしたナイフを自分の首筋に突き付けた。
「楓っ!何してんだっ!」
昌治さんの叫び声が背後から聞こえてくる。そうだよね。でも、こうしないと止まらないって、こうすれば止まるって思ったんだ。
……ごめんなさい、昌治さん。
「春斗さん……いえ、条野さん」
私は真っ直ぐに少し離れたところに立つ春斗さんを見た。その目は驚愕で見開かれている。
「私がはっきり断らなかったから、こんなことになったんですよね」
「……ちゃう。俺にはお前が必要やからや。言うたやろ、楓が俺を助けた時からやって。ナイフ下ろすんや、楓」
春斗さんの拳銃を握る手が震えている。
ゆっくりと首を振る私を、春斗さんは怯えたように見ていた。
「お願いです。もうやめてください。私は、誰にも傷ついて欲しくないだけなんです」
人質は、私自身だ。
昌治さんも春斗さんも、私が傷付くのをよしとしないはずだ。このまま時間を稼いで人を下げるようにお願いしよう。
緊張の糸が極限までピンと張り詰めて、時間が止まってるようにすら感じる。
私はゆっくりと春斗さんに近付く。この人に伝えなきゃいけない。やっと、私はこの人と会話ができる。
「戦うのをやめてください。こんなことしても、私はあなたのものには絶対にならない」
「……いや、無理や。取り戻さなかんのは、楓だけやない」
そうか、昨日の夜に言っていたコンビニ強盗の拳銃……
どこか遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
静かになった駐車場でその音は妙によく響いた。
岩峰組の人も一条会の人も、まずいと囁いて銃を下ろす。場の雰囲気が大きく変わった。
「人を下げてください。拳銃については、昌治さんに返してほしいとお願いしますから」
自分の手が震えているのがわかる。ナイフの刃先を首筋に当てただけで、ぷつりとなにかが切れたのを感じた。
「やめるんや、楓……」
「そうだ。この方にあんたがそこまでする価値はない」
誰かの声と共にパンと乾いた音がした。その刹那、春斗さんが肩を押さえてその場に蹲った。その指の間からじわりと赤い液体が滲んでいる。
「え……?」
音がしたのは、私の背後からじゃなかった。つまり、昌治さんでも大原さんでもない別の誰かが春斗さんを撃ったんだ。
「中西、さん……?」
「な、中西……お前っ……」
春斗さんの視線の先で拳銃を構えていたのは、前に吉井さんと一緒にいた中西さんだった。中西さんは爛々と輝く目で春斗さんを見つめて、僅かに口角を上げる。
「隙を作ってくれてありがとな。楓さん」
どういう、こと?中西さんは春斗さんの部下のはず。なんで撃ったりなんか……
春斗さんは苦悶の表情を浮かべて中西さんを見ていた。
「……楓さんは知らなくていいことですよ」
中西さんは一瞬だけ私の方を見て、すぐに視線を春斗さんに戻した。
このままじゃ、春斗さんが……
「会長、死んでください」
その引き金を引く動作がやけにゆっくりに見えて……あれ?私、何をしているんだろう。
酷いことされたのに、この人のことは好きじゃないのに、一生好きになることはないのに。気付いたらナイフが私の手から零れ落ちて、私は正面から中西さんと向き合っていた。
視界の端で吉井さんが慌てているのが見える。反対側からは、誰かが私の方に向かって走ってくるのが見えた。
「楓っ!」
パンという乾いた音、私の名前を呼ぶ昌治さんの声、そして腕を貫いた熱い弾丸。
「……っ!」
思いっきり腕を殴られたような衝撃に、私はその場に倒れ込んだ。
なんで、こんなことしちゃったんだろう。そう思った瞬間、腕がカッと熱くなって激痛が走った。
言葉にならない呻き声が聞こえてきて、それが自分の声だと気付くのにしばらくかかった。
……よく映画とかで怪我しても動いてる人とかいるけど、私には無理だ。だってこんなにも痛い。
思わず腕を押さえたけど、生暖かい液体が手を濡らすだけで、どうにかなりそうな感じはなかった。
むしろそこから体温が流れ出ているみたいに、じわじわと体が冷えていく。
「楓っ!楓っ!」
耳元で誰かが叫んでいる。悲痛なこの声の主は、誰なんだろう。
叫び声や銃声が段々と遠のいていく。
「……ご、めん」
霞みがかったみたいになった視界の中で、妙に鮮明に見えたのは、昌治さんの静かないつもの表情だった。
視線が私に集まっているのを感じながら、私はゆっくり手にしたナイフを自分の首筋に突き付けた。
「楓っ!何してんだっ!」
昌治さんの叫び声が背後から聞こえてくる。そうだよね。でも、こうしないと止まらないって、こうすれば止まるって思ったんだ。
……ごめんなさい、昌治さん。
「春斗さん……いえ、条野さん」
私は真っ直ぐに少し離れたところに立つ春斗さんを見た。その目は驚愕で見開かれている。
「私がはっきり断らなかったから、こんなことになったんですよね」
「……ちゃう。俺にはお前が必要やからや。言うたやろ、楓が俺を助けた時からやって。ナイフ下ろすんや、楓」
春斗さんの拳銃を握る手が震えている。
ゆっくりと首を振る私を、春斗さんは怯えたように見ていた。
「お願いです。もうやめてください。私は、誰にも傷ついて欲しくないだけなんです」
人質は、私自身だ。
昌治さんも春斗さんも、私が傷付くのをよしとしないはずだ。このまま時間を稼いで人を下げるようにお願いしよう。
緊張の糸が極限までピンと張り詰めて、時間が止まってるようにすら感じる。
私はゆっくりと春斗さんに近付く。この人に伝えなきゃいけない。やっと、私はこの人と会話ができる。
「戦うのをやめてください。こんなことしても、私はあなたのものには絶対にならない」
「……いや、無理や。取り戻さなかんのは、楓だけやない」
そうか、昨日の夜に言っていたコンビニ強盗の拳銃……
どこか遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
静かになった駐車場でその音は妙によく響いた。
岩峰組の人も一条会の人も、まずいと囁いて銃を下ろす。場の雰囲気が大きく変わった。
「人を下げてください。拳銃については、昌治さんに返してほしいとお願いしますから」
自分の手が震えているのがわかる。ナイフの刃先を首筋に当てただけで、ぷつりとなにかが切れたのを感じた。
「やめるんや、楓……」
「そうだ。この方にあんたがそこまでする価値はない」
誰かの声と共にパンと乾いた音がした。その刹那、春斗さんが肩を押さえてその場に蹲った。その指の間からじわりと赤い液体が滲んでいる。
「え……?」
音がしたのは、私の背後からじゃなかった。つまり、昌治さんでも大原さんでもない別の誰かが春斗さんを撃ったんだ。
「中西、さん……?」
「な、中西……お前っ……」
春斗さんの視線の先で拳銃を構えていたのは、前に吉井さんと一緒にいた中西さんだった。中西さんは爛々と輝く目で春斗さんを見つめて、僅かに口角を上げる。
「隙を作ってくれてありがとな。楓さん」
どういう、こと?中西さんは春斗さんの部下のはず。なんで撃ったりなんか……
春斗さんは苦悶の表情を浮かべて中西さんを見ていた。
「……楓さんは知らなくていいことですよ」
中西さんは一瞬だけ私の方を見て、すぐに視線を春斗さんに戻した。
このままじゃ、春斗さんが……
「会長、死んでください」
その引き金を引く動作がやけにゆっくりに見えて……あれ?私、何をしているんだろう。
酷いことされたのに、この人のことは好きじゃないのに、一生好きになることはないのに。気付いたらナイフが私の手から零れ落ちて、私は正面から中西さんと向き合っていた。
視界の端で吉井さんが慌てているのが見える。反対側からは、誰かが私の方に向かって走ってくるのが見えた。
「楓っ!」
パンという乾いた音、私の名前を呼ぶ昌治さんの声、そして腕を貫いた熱い弾丸。
「……っ!」
思いっきり腕を殴られたような衝撃に、私はその場に倒れ込んだ。
なんで、こんなことしちゃったんだろう。そう思った瞬間、腕がカッと熱くなって激痛が走った。
言葉にならない呻き声が聞こえてきて、それが自分の声だと気付くのにしばらくかかった。
……よく映画とかで怪我しても動いてる人とかいるけど、私には無理だ。だってこんなにも痛い。
思わず腕を押さえたけど、生暖かい液体が手を濡らすだけで、どうにかなりそうな感じはなかった。
むしろそこから体温が流れ出ているみたいに、じわじわと体が冷えていく。
「楓っ!楓っ!」
耳元で誰かが叫んでいる。悲痛なこの声の主は、誰なんだろう。
叫び声や銃声が段々と遠のいていく。
「……ご、めん」
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