お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

23.若頭補佐は休めない7

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特に何もされていないとはいえ、丸一日監禁されていたのだから結構ストレスがかかっていたんじゃ……というのは杞憂だった。
事務所に着いたときにはちょっと夕飯には遅いくらいで、何か食べるか尋ねたら普通にピザが食べたいと言ったので、適当に出前を取ることになった。

「ジジィに付けといてくれればいいから」
「いや、さすがにそれはちょっと……」

とりあえず俺が立て替えておいた。それなりに金は貰ってるし、これくらいどうってことない。むしろ安いくらいだ。
それくらいなら自分の分くらい払うと美香は言ったが、無事だった祝いみたいなもんだから気にするな。
そしてそれが到着すると同時に柳爺こと柳狐組の組長、柳喜助が事務所にやってきた。

「美香ぁ!会いたかったぞ!」
「ウザい寄るなうるさい黙れジジィちばけな!」

怒涛の罵詈雑言。そしてなんだ最後の。
孫の姿を見るなり飛びつかんばかりの勢いで突進してきた祖父を、美香は華麗に避けて睨む……なんて可愛いもんじゃねぇな。その辺で干からびているカエルでも見るような目で見ていた。
柳爺に付き従ってきた部下たちは慣れているのか、もはや微笑ましいとすら思っていそうな様子である。

「それ以上近付いたら蹴り飛ばす」
「心配したが、元気そうで何よりじゃ」

……嫌いなのはわかるんですが、俺を盾にして隠れるのやめてもらえませんかね。
睨まれてるんですよ、俺が。

「退け若造」
「退かなくていい」

……どっちだ。
いや、立場的には退くべきなんだが、どっちを取っても後が怖い。蹴られる。

「1年と89日3時間ぶりの再会を邪魔するなこのハゲ」

細けぇ。そしてハゲは余計だ。大差ないだろ。
ちょっとムカついたが、この程度で顔に出していたらやってけないので心の中に留めておく。

「自然のハゲに人をハゲって呼ぶ資格ないから。大原さんのハゲはジジィの自然なハゲとは違う」

……俺を擁護してんのか貶してんのかどっちだ。
安藤と北川、お前ら一瞬こそっと笑ったろ。あとで覚えとけ。

「来てやったというのにつれないのぉ。まあいい。儂を呼んだのはあのお嬢さんのことを知りたいからじゃろ」

そう言って柳爺は先ほどから黙っていた若頭の方をちらりと見た。

「お前さんが岩峰の若頭か。こりゃまた条野の若旦那とは真逆な男だの」
「……ご足労いただき感謝する。柳の組長殿」
「挨拶はいい。あのお嬢さんを、美香の友人を助けたいんじゃろ?ついでに儂は孫に手ェ出したことを後悔させたれる。岩峰に恩を売っとくのも悪うない」

若頭の正面の椅子にゆっくりと腰掛けながら、柳爺はニッと笑った。

「美香の友人であるあのお嬢さんの奪還はする。可愛い孫の頼みじゃ、断るわけがあるまい。ついでに柳狐組で面倒も見る」
「いや、楓様の事は我々が……」
「みすみす奪われておいて何を言っとるんじゃ?離れとったせいで遅れはとったが、これからは美香もその友人も儂が守ったる。岩峰の出る幕はない」

さも当然のように柳爺は言い、美香に向かって微笑みかける。
要は、山野楓のことは助けるが、ウチに彼女を譲る気はないということだ。組員の間に緊張が走った。

「……私を助けてくれたの岩峰組の人たちなのに何言ってんの!?」
「それについては礼を言う。じゃがの、儂はあのお嬢さんを確実に救出できる……方法は伏せるがの。岩峰組はどうじゃ?」

何か良い作戦でもあるのか、と柳爺は若頭を見る。
その目には面白がるような光が宿っていた。
嫌な爺さんだ。こちらの状況を知った上で焦らすようにその先を言わない。楓様を助け出すというのは岩峰組の望みではあるが、相手が一条会であの条野春斗だ。普通に襲撃カチコミしたところで、リスクしかない。今の人質は楓様なのだから。

「手はあるって、ここ岡山じゃないでしょ。向こう空にするつもり?」
「あんな成金どものために儂の組のもんを全員使うけないじゃろ。とはいえ、条野の倅に楯突くわけじゃ。場所柄、その後がちいとばかり怖くてのぉ」

柳爺はわざとらしく震えて、若頭から目を逸らす。
いや、あんた敵対上等とか言ってたじゃねぇか。そう言おうとしたら、黙ってろという目で睨まれてタイミングを逃す。

「……わかった。岩峰組は柳狐組を支援する。親父に話は通しておこう。近いうちに盃を交わすように」
「岩峰の旦那と会うのはいつ以来かのう。楽しみじゃ」

柳爺は満足げに頷いた。
はじめから岩峰に柳狐の後援をさせるつもりだったのか、この爺さん。
古参の柳狐組としては、新興勢力である条野が自分たちの領域である関西でデカい顔していることは、内心気に食わなかったに違いない。
条野と対立する組織の中で、最もデカい組織である岩峰組の後ろ盾を得ることができれば、条野も迂闊に柳狐組に手は出せなくなる。降伏し取り込まれることはなくなるわけだ。
そしてウチは、飛び地の柳狐組に対しあれこれ直接口を出したりしないだろうから、柳狐組としてはこれまで通りやっていける。
……この爺さん、狸だ。
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