お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

36.ヤクザさんのお母様2

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案の定……なのか、終始無言で2時間と少し車に揺られて到着したのは、これまたいかにもな旧家だった。
車の中では何も教えてもらえなかったけど、ここが岩峰組の本家っていうところなんだよね。岩峰組の若頭の昌治さんよりもさらに上の人がうじゃうじゃいる場所なんだよね……
一緒に車に乗っていた人は片瀬と名乗った。
片瀬さんは私に車から降りるよう促すと、そのままお屋敷の中へと私を案内した。

「……こちらへ」

長い廊下をしばらく歩いて連れてこられたのはとある部屋の前。
とても静かで中の様子とかは全くわからないのに、なぜか鳥肌が立つ。空気がまるで静電気を帯びてるみたいにぴりりとしていた。
固まる私をよそに、片瀬さんは無表情のままふすまを引いた。その目が早く中に行けと言っていて、こうなったらもうなるようになれと思いながら私は部屋の中に入った。

「いきなり呼び出してごめんなさいね。遠かったでしょう」

奥に見える床の間には迫力ある龍の掛軸がかけられている。その前には強面を煮詰めてより濃くしたような強面の初老の男の人と、一度見たら絶対に忘れないあの美女……コンビニにふらっと来たあの麗しい女性。
……昌治さんのご両親だ。
ということは、男の人は岩峰組の組長さん。
私、こんな普通に立っていたりしていいんだろうか。それにいきなり連れて来られたとはいえ、昌治さんのご両親に会うのにこのバイト帰りの格好で手土産もなくていいんでしょうか。
幸いなのかはわからないけど、美女とは前にお会いしているし、ある程度のヤクザさん慣れと強面耐性は得られているからそういう緊張はあまりしなかった。
今はとにかく、昌治さんのご両親だということ対して、滅茶苦茶緊張している。

「立っているのもなんだ。座りなさい」

昌治さんのお父様が自分たちのすぐ手前にある座布団を示した。あそこ、座ったら普通にお互い手が届きそうな距離だけどいいのかな。私なんかがそんな近いところに座っていいんでしょうか。
でも、他に座布団敷かれてないし、無視して少し離れた畳の上に座るのはおかしいよね。
私は声を震わせないように頑張ってお礼を言って、その座布団に座った。
こういう和室のマナーとか全くわからない。座り方とかあるのかな。ああ、不安しかない。

「そんなに緊張する必要はないわ。お会いするのは二度目ね。あの万引き男はどうしてるのかしら?」
「すみません存じ上げないです……」

そう言えばこの方、万引き犯に店長に土下座するように脅すだけ脅して帰られたんでした。とはいえ私も店長に土下座してそのまま岩峰組のヤクザさんたちに連れて行かれて以降の万引き犯の行方は知らないです。知りたくないです。

「あら、そうなの」

そう言いながらそれ以上興味はないようで、昌治さんのお母様は手にしていた扇子を丁寧に折り畳んでいた。

「今日呼んだのは、いくつか聞きたいことがあったからだ。なに、普通に君が思うことを言えばいい」

昌治さんのお父様は顎に手をやりながら私を品定めするようにじっくりと見た。その視線が一瞬私の首……昌治さんにもらった指輪を下げているチェーンに向けられる。
試されてるんだなって思った。

「あなたのお話は色々と聞いているわ。ずいぶんと昌治に気に入られたのねぇ。あの子が誰かに惚れたなんて初めてだから、私もこの人も正直驚いてるのよ。あの子を落としたのが、あなたみたいな子で」

それについては私も不思議に思っているくらいなので、私に訊かないでほしいです。

「……こんな細っこい身体で、どうやってあの子を誘惑したの?そんなに夜が凄いのかしら。とてもそうは見えないけど」
「え……?」

突然口調ががらりと変わった。
手の甲で顎をぐいっと上げられて、無理矢理目を合わさせられる。氷みたいな鋭い眼差し……うん、昌治さんのお母様だこの人。目がそっくり。
だからといって恐怖が薄れるかと言われたら真逆だけど。昌治さんにこんな敵意むき出しの目線向けられたことないし。
岩峰組の組長さんは賛成してるって聞いてたけど、昌治さんのお母様は反対だったのか。
まあそうだよね。裏社会のコネだとかもない、ただの女子大生だ。定職についているわけもない。

「何か言ったらどう?反論してごらんなさいな。昌治にためにあなた、何ができるの?」

昌治さんのお母様は私の手首を掴む。長い爪が皮膚にギリギリ食い込んだ。

「昌治の何に目が眩んだの?地位?権力?それとも若い子だしやっぱりお金?ヤクザに媚売ってでも欲しいものかしら」
「ち、違います!私は、昌治さんのために昌治さんと一緒にいるんです!」

地位も権力も、ましてやお金が欲しいからなんて思ったことは一度もなかった。むしろ、ヤクザの若頭の妻なんて大層なポジションはいらないです。

「口ではなんとでも言えるわ。むしろ昌治のためを思うなら、あなたは身を引くべきでしょう」

身の程知らずが、と昌治さんのお母様は吐き捨てるように言う。
その冷たい声に刺されたように胸がずきりと痛んだ。
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