お客様はヤのつくご職業

古亜

文字の大きさ
上 下
56 / 132
2章

12.一瞬の訪問者4

しおりを挟む
「……春斗さんって、どういう人なんですか?」
「私のような一介の部下よりも、楓様の方がよくご存知なのでは?」

少し落ち着いた私は、作業を再開した吉井さんに尋ねた。
特に意図はない。純粋に知りたくなったのだ。
条野春斗という人が、他の人にはどう映っているのか。恐怖で盲目になっている私に、春斗さんは映っていないから。

「恐ろしい、という点については同意します」

吉井さんはパソコンから顔を上げることなくそう答えた。そして……

「異質」

ポツリと吉井さんは呟いた。

「会長は、こちらの世界にあっても異質ですよ。私のような者にはわかりません。根本から違うのですから」

だから理解しようとするだけ無駄だ、と吉井さんは独り言のようにそう言った。

「でも吉井さんは……春斗さんの部下なんですよね」
「部下です。ですがそれだけです。会長にとって私など、代替品のある駒に過ぎません。私の代わりなどいくらでもいます」
「俺も吉井さんと同意見だ」

吉井さんの横に立ち作業をしていたヤクザさんは、中西と名乗った。

「持てる権力、金、暴力を用いて社会の隙間に入り込む。それが俺らだ。それでも最低限、人だから超えられない壁がある。汚ねぇことをしてるっう自負がな」

吉井さんは頷いた。

「ですが、あの方はあっさりとそれを超えていく。あの方の目には、人が人として映っていません。慈悲も情けもない、徹底的なやり口。極めてヤクザらしいですが、人のすることではありませんよ」
「……あの人はヤバい。触るな危険ってやつだ」

意図的にでもなく、単に進むのに邪魔だから払い除ける。無差別に、無意識に。
そしてそれができるだけの力を、春斗さんは生まれながらに持っていた。

「条野組は比較的新しい組ですが、ここ数十年で裏社会で幅を効かせるのに十分な地位を築いていました。今では関西一帯が条野組の支配下にあります」
「陰で何と言われようが、こっちじゃその成果こそが全て。会長を止める理由はどこにもねぇ」
「……とまあ、会長はこういう方です。我々にはわかりませんよ。あの方のことは。部下である我々は、その命令を遂行していればよいのですから」

吉井さんは小さく息を吐く。その顔にはなんの感情も浮かんでいなかった。

「ですから私には、会長が楓様に執着する理由もその意図もわかりません。正直、あの方に人を愛する心があったことに驚いています」
「……あれが愛ですか」
「まあ、歪んでるとは思う……同情するのはとても無理だが、応援くらいはするぜ」

はたから見てもそう見えるのなら、なんで誰も何も言わないんだろう。ああ、言えるわけないか。

「あれを一身に受けるあなたの境遇を哀れだとは思いますが、私にできることと言えば仲介役程のことです。というわけで楓様、そろそろ部屋にお戻りください」
「でも、戻ったって何も……」

あの何もない部屋で春斗さんをただ待ち続けるだけだ。考えて絶望してぼんやりして、その繰り返し。

「……中西、屋敷を案内するついでに書斎に楓様をお連れしろ。古い本が多いですが、いくらか気は紛れるのではありませんか?」

本か。まあ何もないよりマシかな。少なくとも読んでる間は変なこと考えなくて済むかもしれない。
しおりを挟む
感想 244

あなたにおすすめの小説

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

兄貴がイケメンすぎる件

みららぐ
恋愛
義理の兄貴とワケあって二人暮らしをしている主人公の世奈。 しかしその兄貴がイケメンすぎるせいで、何人彼氏が出来ても兄貴に会わせた直後にその都度彼氏にフラれてしまうという事態を繰り返していた。 しかしそんな時、クラス替えの際に世奈は一人の男子生徒、翔太に一目惚れをされてしまう。 「僕と付き合って!」 そしてこれを皮切りに、ずっと冷たかった幼なじみの健からも告白を受ける。 「俺とアイツ、どっちが好きなの?」 兄貴に会わせばまた離れるかもしれない、だけど人より堂々とした性格を持つ翔太か。 それとも、兄貴のことを唯一知っているけど、なかなか素直になれない健か。 世奈が恋人として選ぶのは……どっち?

帝国最強(最凶)の(ヤンデレ)魔導師は私の父さまです

波月玲音
恋愛
私はディアナ・アウローラ・グンダハール。オストマルク帝国の北方を守るバーベンベルク辺境伯家の末っ子です。 母さまは女辺境伯、父さまは帝国魔導師団長。三人の兄がいて、愛情いっぱいに伸び伸び育ってるんだけど。その愛情が、ちょっと問題な人たちがいてね、、、。 いや、うれしいんだけどね、重いなんて言ってないよ。母さまだって頑張ってるんだから、私だって頑張る、、、?愛情って頑張って受けるものだっけ? これは愛する父親がヤンデレ最凶魔導師と知ってしまった娘が、(はた迷惑な)溺愛を受けながら、それでも頑張って勉強したり恋愛したりするお話、の予定。 ヤンデレの解釈がこれで合ってるのか疑問ですが、、、。R15は保険です。 本人が主役を張る前に、大人たちが動き出してしまいましたが、一部の兄も暴走気味ですが、主役はあくまでディー、の予定です。ただ、アルとエレオノーレにも色々言いたいことがあるようなので、ひと段落ごとに、番外編を入れたいと思ってます。 7月29日、章名を『本編に関係ありません』、で投稿した番外編ですが、多少関係してくるかも、と思い、番外編に変更しました。紛らわしくて申し訳ありません。

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...