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2章
17.脱出は計画的に3
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私は書斎から持ち出した本を手に、堂々と廊下を歩いた。
朝方の早い時間、その本の続きを取りに行くつもりで、私は書斎に向かう。
こんな朝早くから書斎にいる人がいるはずもなく、私は本を本棚にそっと戻して、窓を開け放った。
もしかすると、松の木を登っているのを誰かに見られるかもしれない。でも、今しか機会はない。昼になれば、見られる可能性は今よりはるかに高い。
「……よし」
思い切って窓枠に手をかけて、私は庭に降り立った。
玉砂利が素足に直接食い込んで私は思わず顔を顰めそうになったけど、私は気にせず庭を走る。
何度か砂利で足を取られそうになりながらも、私はなんとか目標の松の木の下に来ることができた。
ちらっと後ろを見たけど、誰かが追いかけてくる様子もないし、廊下に誰かがいる気配もない。
そして私は松の木をよじ登って、塀の屋根瓦の上に立った。
下を見下ろすと、意外と高い。でも、ここまできたらもう後には引けないから、私は屋根の縁に座るようにしてゆっくりと足を降ろしていく。
途中で体の向きを反転させて、両手で体を支えながらぶら下がるようになろうとした瞬間、私は降ろした足首を掴まれた。
落ちる、と悲鳴を上げる間もなく、私はその手によって引きずり降ろされ、抱き止められる。
恐る恐る目を開けたとき目に入ってきたのは、春斗さんの迫力ある笑顔だった。
「……チャンスを与えられた人間の行動は読み易い。よく言うやろ?」
冷水を浴びせられたように、一気に全身が恐怖で震える。
全部、読まれてたってこと……?
みんなバレてた。逃げようとしたことが、言い逃れのできない状態で、全て春斗さんの前に曝された。
まさか、吉井さんが書斎を勧めてきたのも、私をこの状況に誘導するため?
私の震えが伝わっているのか、春斗さんは低い声でかすかに笑った。
「制限時間まで付けて、試すような真似したんは謝るわ。でもな、そんなに俺から逃げたかったんか?楓」
私は春斗さんのその目を直視することができず、目を逸らした。
あの目を見てしまったら、私はいよいよ動けなくなる。そう直感したから。
「……離してくださいっ!」
春斗さんの腕の中で私はめちゃくちゃに暴れた。
もしかしたら誰かが気付いてくれるかもしれない。この腕を振りほどけるかもしれない。そう思って私はとにかくもがいた。
「ええんか?楓のお友達、自由にしたったんは事実やけど、またいつでも捕まえられるんやで?それとも……」
そう言って春斗さんが諳んじたのは、私の実家の住所だった。
サァっと血の気が引いていき、私はもがくのをやめる。
まるで、今日の夕飯は何がいいか尋ねるみたいな軽い口調。この人にとって、周りなんてその程度のものなのだろうか。
私にとってはそうじゃないことを知ってるのに、なんでそんなことができるの?
春斗さんが心底怖い。この人のことが、わからない。
昌治さんは口数少ないし表情もあまり変わらない。でも、それでも不思議とその僅かな変化に気付けさえすれば、むしろわかりやすいくらいに素直な人。それが昌治さんだ。
でもこの人は、春斗さんは真逆だ。表情はわかりやすいくらいに変わるし、口数も多い。それなのに、その行動や言動の真意が全くわからないのだ。
「なんか、俺に言うことがあるんとちゃう?」
春斗さんは無表情のまま、言葉を促すようにそっと私の唇に触れる。
掠めるようなそれに、私はゆっくり口を開いた。
「ごめ、んなさい……もう逃げようなんて思いませんから……ごめんなさい……」
半泣きの私を見下ろす春斗さんの表情は変わらない。こんなに表情を変えないのは初めてで、それが余計に怖い。
「楓が悪いんやで?お前は俺のもんやのに。言うたやろ、俺はお前がここにおって、俺に愛されとればええ。そんなこともできん悪い子には、お仕置きが必要やろ?でもな、お前の爪に針刺すようなことはしたないねん」
だから代わりに美香を、傷付ける。
「やめて……私が、私が!だからお願い!美香は、家族は、私以外の人は巻き込まないでっ!」
私が浅はかだった。逃げられるなんて、考えてしまったことが間違いだったんだ。
当たり前だ。私はただの女子大生で、修羅場なんて潜ったこともないし、ましてや脱出なんて……状況が特別だったから出来るような気がしていただけだ。私自身に特別な力なんて何もない。
「お願いです、春斗さん……」
「そんなに言うなら、今回は許したってもええ」
私は顔を上げて春斗さんを見た。そしてその熱を孕んでギラギラしている目に射竦められて、私は標本の蝶みたいに身動きがとれなくなる。
「自分のしたことやもんな。責任取るんも自分やろ」
そう言って暗く笑ったその表情を最後に、私の意識は途切れた。
----------
誠に勝手ながら、明日更新はお休みです。微妙なところですみません……
朝方の早い時間、その本の続きを取りに行くつもりで、私は書斎に向かう。
こんな朝早くから書斎にいる人がいるはずもなく、私は本を本棚にそっと戻して、窓を開け放った。
もしかすると、松の木を登っているのを誰かに見られるかもしれない。でも、今しか機会はない。昼になれば、見られる可能性は今よりはるかに高い。
「……よし」
思い切って窓枠に手をかけて、私は庭に降り立った。
玉砂利が素足に直接食い込んで私は思わず顔を顰めそうになったけど、私は気にせず庭を走る。
何度か砂利で足を取られそうになりながらも、私はなんとか目標の松の木の下に来ることができた。
ちらっと後ろを見たけど、誰かが追いかけてくる様子もないし、廊下に誰かがいる気配もない。
そして私は松の木をよじ登って、塀の屋根瓦の上に立った。
下を見下ろすと、意外と高い。でも、ここまできたらもう後には引けないから、私は屋根の縁に座るようにしてゆっくりと足を降ろしていく。
途中で体の向きを反転させて、両手で体を支えながらぶら下がるようになろうとした瞬間、私は降ろした足首を掴まれた。
落ちる、と悲鳴を上げる間もなく、私はその手によって引きずり降ろされ、抱き止められる。
恐る恐る目を開けたとき目に入ってきたのは、春斗さんの迫力ある笑顔だった。
「……チャンスを与えられた人間の行動は読み易い。よく言うやろ?」
冷水を浴びせられたように、一気に全身が恐怖で震える。
全部、読まれてたってこと……?
みんなバレてた。逃げようとしたことが、言い逃れのできない状態で、全て春斗さんの前に曝された。
まさか、吉井さんが書斎を勧めてきたのも、私をこの状況に誘導するため?
私の震えが伝わっているのか、春斗さんは低い声でかすかに笑った。
「制限時間まで付けて、試すような真似したんは謝るわ。でもな、そんなに俺から逃げたかったんか?楓」
私は春斗さんのその目を直視することができず、目を逸らした。
あの目を見てしまったら、私はいよいよ動けなくなる。そう直感したから。
「……離してくださいっ!」
春斗さんの腕の中で私はめちゃくちゃに暴れた。
もしかしたら誰かが気付いてくれるかもしれない。この腕を振りほどけるかもしれない。そう思って私はとにかくもがいた。
「ええんか?楓のお友達、自由にしたったんは事実やけど、またいつでも捕まえられるんやで?それとも……」
そう言って春斗さんが諳んじたのは、私の実家の住所だった。
サァっと血の気が引いていき、私はもがくのをやめる。
まるで、今日の夕飯は何がいいか尋ねるみたいな軽い口調。この人にとって、周りなんてその程度のものなのだろうか。
私にとってはそうじゃないことを知ってるのに、なんでそんなことができるの?
春斗さんが心底怖い。この人のことが、わからない。
昌治さんは口数少ないし表情もあまり変わらない。でも、それでも不思議とその僅かな変化に気付けさえすれば、むしろわかりやすいくらいに素直な人。それが昌治さんだ。
でもこの人は、春斗さんは真逆だ。表情はわかりやすいくらいに変わるし、口数も多い。それなのに、その行動や言動の真意が全くわからないのだ。
「なんか、俺に言うことがあるんとちゃう?」
春斗さんは無表情のまま、言葉を促すようにそっと私の唇に触れる。
掠めるようなそれに、私はゆっくり口を開いた。
「ごめ、んなさい……もう逃げようなんて思いませんから……ごめんなさい……」
半泣きの私を見下ろす春斗さんの表情は変わらない。こんなに表情を変えないのは初めてで、それが余計に怖い。
「楓が悪いんやで?お前は俺のもんやのに。言うたやろ、俺はお前がここにおって、俺に愛されとればええ。そんなこともできん悪い子には、お仕置きが必要やろ?でもな、お前の爪に針刺すようなことはしたないねん」
だから代わりに美香を、傷付ける。
「やめて……私が、私が!だからお願い!美香は、家族は、私以外の人は巻き込まないでっ!」
私が浅はかだった。逃げられるなんて、考えてしまったことが間違いだったんだ。
当たり前だ。私はただの女子大生で、修羅場なんて潜ったこともないし、ましてや脱出なんて……状況が特別だったから出来るような気がしていただけだ。私自身に特別な力なんて何もない。
「お願いです、春斗さん……」
「そんなに言うなら、今回は許したってもええ」
私は顔を上げて春斗さんを見た。そしてその熱を孕んでギラギラしている目に射竦められて、私は標本の蝶みたいに身動きがとれなくなる。
「自分のしたことやもんな。責任取るんも自分やろ」
そう言って暗く笑ったその表情を最後に、私の意識は途切れた。
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誠に勝手ながら、明日更新はお休みです。微妙なところですみません……
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