お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

16.脱出は計画的に2

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このままじゃ本当に逃げられなくなる。そう確信した私は春斗さんのいなくなった部屋で、窓の外を眺めていた。
月も見えないどんよりとした暗い夜。
黒い服を着た人たちがひっきりなしに出たり入ったりしているのがうっすら見えた。
……よく窓から脱出ってあるけど、窓ははめ殺しだし、そもそもこの部屋はお屋敷の正面だから何かしたらすぐ見つかってしまう。
もう一つある窓は高すぎるし何より小さい。
一応、お屋敷の中は自由に動き回ることができるから、どこかに逃げ出すチャンスがあるはずだ。
岩峰組の人たちが私を探してくれているなら、少しでも外に出られれば助けてもらえるかもしれない。それかどこでもいいから逃げ込んで、警察に連絡できさえすればいい。
自分で招いた事だ。自分でできることをしなければ、会って謝るということすら許されない気がした。
昌治さんに捨てられるにしても、一言でいいから直接謝りたい。そして、一条会が岩峰組と戦うつもりでいることを伝えたかった。
そのためにもここから逃げる術を考えないと。
急がないと、明日の夜までに逃げられなかったら私は大阪に連れて行かれる。そうなればもう私は……
何でもいいから、出られる場所を探さないと。
それにお屋敷から出られたとしても、それを囲う塀もどうにかして乗り越えなければ、外には出られない。
私は本を片手に、ふらりと外に出た。
書斎に本を返しに行くだけ。いかにもそういうそぶりで、私は廊下を歩く。
吉井さんのところに行った後、書斎に行くついでにお屋敷の中を軽く案内されたから、だいたいの構造はわかってる。
でも、どこも逃げられそうな窓や扉のようなものはなくて、私は壁にもたれかかって大きく息を吐いた。

「……楓様、そのようなところで何をなさっているのです?」

突然声をかけられて、私は軽く飛び上がる。吉井さんだった。
まさか話しかけられるとは思っていなかった。
お屋敷のヤクザさんたちはみんな私を避けている。私が、春斗さんの女だから。

「えっと、本を返そうと思って……」
「もう読み終えたんですか」

吉井さんは少し驚いた顔で私を見る。

「いえ、挫折です」
「そうですか。ですよね」

自分も読んでみたものの結局真相諸々はわからなかった、と吉井さんは言った。

「……ご案内します」

吉井さんはそう言って歩き出した。書斎への行き方はわかっているけど、せっかくなので私はそのあとに続く。
以降は無言のまま進んで、書斎に到着した。
電灯をつけてもらい、私はもともと本のあった棚にそれを戻す。
そこで気付いた。
この書斎には、基本的に誰もいないんじゃないか、と。
ちょっと長めの廊下を進んだ先にこの書斎はある。
人が多くいる場所から少し離れているのだ。ここの窓から出れば、少なくとも庭には出られる。そしてこの窓から見える枯山水の庭には、岩が並ぶとともに、松や竹などの植物も植えられていた。
そのうちの一本が、塀のすぐ近くに生えていて……
これは、馬鹿馬鹿しい作戦に違いない。でも、かけてみる価値はあるんじゃないかな。
私は本棚から適当に本を手に取った。シリーズものの、一作目。
そしてそれを吉井さんに見えるように持って、私は書斎を出る。
やるなら、明日の朝に。
少なくとも何もしないより、幾分かマシだとこの時は思っていた。

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