お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

19.それぞれの本性2

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部屋の鍵をかけられてしまった以上、どうすることもできない。
私はこのまま全てが過ぎ去るのをただ待っているだけなのかなと、諦めていた時だった。
なぜか胸の奥がざわざわした感じがして私は顔を上げる。
その瞬間、何か大きなものが勢いよくぶつかった凄まじい轟音が響いて、同時に地震でも起こったようにお屋敷が大きく揺れた。
次いでもう一度、さっきより大きい衝撃がお屋敷を襲う。
慌てて窓から外を見ると、薄暗くてよくわからないけど、とてもでっかいトレーラーみたいな車がお屋敷に突っ込んでいた。
何事?と思って見ていたら車の上がパカっと開いて、そこから出てきた人物が屋根の上を歩いて真っ直ぐに私がいる部屋の方へ向かってくる。
すごく見覚えのある人だった。

「み、美香っ!?」
「下がって」

ガラス越しに聞こえた美香の声。そしてその手にあったのは、強盗の持っていた拳銃がオモチャに見えるゴツい銃だった。
美香がそれを構えた瞬間、私は咄嗟に横に飛び退く。
次の瞬間、ダダダっという連続した音と共に、さっきまで私が立っていた辺りのガラスに円を描くように孔が空いていた。
その中心を美香が蹴り飛ばすと、分厚いガラス窓に大きな丸い孔が空いた。

「ボーっとしてないで、行くよ!」
「で、でも……」

恐怖で体が動かなかった。捕まったら酷い目にあう。大人しくしていれば過ぎ去るんだから。ここに残るのが正解なのかもしれない。
ガチャガチャと鍵の開けられる音が背後から聞こえてきた。

「……楓っ!」

名前を叫ばれて私はハッと顔を上げた。
怒ってるような、悲しそうな顔の美香と目が合う。
……そうだ私、どうしてここに残らなきゃいけない、なんて思ったんだろ。
私は丸く割れたガラスの縁で手を切りながら屋根の上に出た。その手を美香が掴んで、私を突っ込んできた車の方へ引っ張る。
屋根の上を走って降りる日が来るなんて思ってなかったけど、私は後ろを振り向くのが怖くてとにかく急いで足を動かした。
そして美香に続いてドアのように開いている車の上から中に入る。それが閉じた瞬間、ドアのような部分が撃たれたような甲高い音が三発響く。

「口閉じとれ。舌噛むからの」

運転席に座る人物がそう言うが早いか、体が前のめりになって私は額を強打した。
少し遅れて、車が凄まじい速さでバックしているんだということに気付く。

「ジジィ、もっと丁寧に運転してよ」
「若い頃に比べればだいぶ丁寧になっとるぞ?昔はよくヤンチャしたもんじゃ」

私は現実が信じられなくてゆっくり顔を上げた。ぶつけた額がけっこう痛いけど、それどころじゃない。

「美香、と昨日のお爺さん……?」

運転席に座りハンドルを握っているのは、昨日お屋敷で会ったお爺さんだった。そして助手席で私を抱えるようにしているのは美香だ。
美香は私の顔を覗き込んで、大きくため息を吐く。

「私の爺さん。中国地方のちっさい団体の組長」
「え、美香、え……?」
「助けに来るのが遅くなってすまんの。愛車をこっちに持って来させるのに手間取ったわ」

昨日会ったこのお爺さん、美香のお爺さんで、組長?ってことは、美香はヤクザさんの親玉の孫で……んん?確かに美香の苗字は柳だし、美香の出身もそっち寄りだったような……
そして愛車って、これ?

「まさか、肉まんの君が岩峰組の若頭だったなんてね。それで今は、一条会の会長に捕まってたって、何をどうしたらそうなるの?」
「それは、私が知りたい……」

何がどうしてこうなったのか。わかっていたらこんなことになってない。美香はどこまで知ってるんだろ。
とにかく今は、お屋敷を出ることに成功したってことでいいんだよね……?
そう思った瞬間、全身から力が抜けたみたいになって、私はぐったりと美香に寄りかかる。

「ありがとう、美香」

途端に涙が溢れてきて、私は美香の肩に顔を埋めるみたいにして泣いた。
美香は何か言いたげにしながらも、私の頭をポンポンと軽く叩く。

「ごめん、私のせいで巻き込んだんだよね」
「……あー、それなんだけど、正直最初はまさか原因が楓だったなんて思ってなくて」
「え……」
「ほら、私一応このジジィの孫だから、それ関係かなと思って。だから全く気にしてないよ」

そ、そっち!?いやでも、実際のところ原因は私にあるわけだし、気にしないって言われても……

「というか美香、孫ってことは……美香もそうなの?」

美香もヤクザさんというか、そっちの業界の人だったの?苗字が柳と山野で名簿が近かったのが仲良くなったきっかけではあるけど、まさか美香まで?

「違う違う。それが嫌で出てきたんだから。まあ田舎が嫌だったっていうのもあるけど」
「確かに田舎じゃが、欲しいものがあれば何でも取り寄せるし、不便はさせんがのぉ……」
「そういうことじゃない」
「あれか、ライブがないとかそういう理由か。あんな優男顔のどこがいいんだか」
「強面ばっかりの空間にいたらそりゃあ飽き飽きするっての」

え、美香の男の趣味がああなった原因そこ?確かに強面とは全く逆の路線行ってるけど。
なんだろこの緊張感のない感じ。

「今流行りのつんでれとかいうやつかの。ありがとな楓さん。孫と仲良うしてくれて。可愛いじゃろ」
「え……あ、はい」

いきなり巻き込まれ、私は上の空で返事を返した。
そしたら美香に軽く叩かれる。

「はいじゃないでしょ。こんなジジィの戯言はいいから、とりあえず話聞かせてくれない?大原さんから大体は聞いたけど」
「大原さんに会ったの?」
「まあ、私を助けに来たのあの人だったから」

どこかのジイさんと違って、と美香は明らかに聞こえるように囁いた。

「儂が連絡入れてもいつも無視するからじゃろ」
「毎日毎日電話かけられたらそりゃあブロックもしたくなるでしょ!」
「ちゃんと昨日こっちに行くという連絡はメールでしたんじゃぞ?おかげで今日は電話がかかってくるたびに期待しとったわ」
「メールとか尚更見ないから!」

そして再開する口論。私はどうしていればいいんだろうか。
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