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2章
11.一瞬の訪問者3
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『岩峰組があんたを探しとるらしいの。よくわからんが、若いのに苦労しとるの』
なぜお爺さんがそれを知っているのか。それを聞き返す前に、孫から電話かもしれないと言ってお爺さんはそそくさと出て行ってしまった。さっきまでのあのヨボヨボした動き、まさか全部演技だったの?
いや、それも気になるけど、岩峰組が私を探してるって……
胸が締め付けられたように痛む。
私のことを探してくれていることが嬉しいと同時に、その事実が怖かった。
私はもう、昌治さんの知る私じゃない。昌治さんは今、どんな思いで私を探しているんだろう。
勝手に動いて怒ってるのかな。
私が拐われて、悲しいって思ってくれてるのかな。私のこと、探してくれるの?
……でも、まだだめだ。美香が無事じゃないなら、私だけ戻っても意味がない。むしろ、私が戻る意味はあるのかな。
思考がズブズブと暗くて深い沼にはまっていくみたいだ。希望に向けてもがこうとするほどに、私の体は泥に塗れて沈んでいく。
もし、岩峰組の人が美香のことを見捨てたら?昌治さんを失望させたら?春斗さんを選んだら?どうしたって、私は結局沼の底。
全て同じなら、せめて巻き込まないように……
私は意を決して部屋を出た。
そして階段を降りて下の階へ。
知らないヤクザさんがたくさんいて、正直滅茶苦茶怖い。それにこのお屋敷はなんだか、隙間風が入り込んでるみたいに、どこか寒々しい感じがした。
同じヤクザさんのお屋敷なのに、岩峰組とはどこか違う。
でも今は、そんなのを気にしてる場合じゃない。
私は一番近くにいたヤクザさんの肩をそっと叩いた。
振り向いたガタイのいいヤクザさんが、私の姿を見てギョッと目を見開く。
まるで珍獣に出会ったみたいな反応だった。
「あの、吉井さんに用事があるんですけど……」
「よ、吉井サンっすか。はい、ちょいとお待ちください」
ヤクザさんは大慌てで違う上司っぽいヤクザさんのところに向かう。
その間に、他のヤクザさんたちがちらちらと私の方を見ながら何やら話をしているのが聞こえてきた。
「あの子が会長の……?」
「意外と普通、か?」
「いや、普通なわけねぇだろ。あの方と付き合うとか……俺らには最低限の付き合いでも無理」
「……お前ら、無駄話してねぇで動け!」
その上司っぽいヤクザさんが喋っている二人を一喝して、私の方に近寄ってきた。
かっちりとスーツを着て、ヤクザと言うよりはサラリーマンという感じの人だ。さっき怒鳴ってた時の声のトーンは普通にヤクザだったけど。
「案内させていただきます」
お願いしますと軽く頭を下げると、そのヤクザさんはちょっと驚きつつも哀れみを込めた目で私を見た。
そうして無言で歩いて、あるドアの前に案内される。
ドアを示して促されたので、私はドアを軽くノックして中に入った。
「……おや、楓様。わざわざこんなところに降りていらっしゃるとは。何かご用ですか」
吉井さんはちらっと顔を上げて私を見ると、再び目の前のパソコンと書類に目を落とした。
何かの仕事中らしい。横に立っている人も、書類片手にスマホを操作していた。
邪魔するのは悪いなと思いつつ、私は吉井さんが作業をしているデスクに歩み寄る。
「あの、美香のことなんですけど」
私が目の前に立ったためか、吉井さんは顔を上げて私の方を注視する。
「美香……ああ、楓様のご友人の。彼女でしたら無事ですよ。倉庫の一室ですが、冷暖房も手洗いもあります。食事もちゃんとしたものを差し上げています」
「私はこうしてここにいます。もう美香を自由にしてください」
「……私の一存ではどうにもなりません」
「でも、美香は関係ないんです」
「あなたにとってそうでなくとも、会長にとっては彼女はあなたをここに繫ぎ止める枷です」
眼鏡越しの吉井さんの視線は冷たい。まるで興味がないみたいに。
……所詮、他人事ってこと?
「美香はモノじゃない!」
私は吉井さんのデスクを力任せに叩いた。手のひらがじんわり痛くて熱い。お願いしにきたのに、でも我慢できなくて、私は吉井さんに詰め寄った。
「私はもう、春斗さんに犯されました。それじゃダメなんですか!私は、どうすればいいんですか!」
結局、全部春斗さんの掌の上なの?悔しくて惨めで、涙が出そうだった。
「落ち着いてください、楓様」
私が声を荒げたためか、さすがの吉井さんも少し驚いた様子だった。
「私から会長にお伝えします。ですがこれが私にできる精一杯であることはご理解ください」
「……すぐ、してください」
「わかりました。しかし恐らく今は手が離せないはずですので、メールで伝えることになりますが」
吉井さんの宥めるような声音に、段々と我に返った私は黙って頷いた。焦ってたとはいえ、不味いことしちゃったかも。
「……送信しました。確認されますか」
「いえ、ありがとうございます」
なぜかどっと疲れて、私は近くにあった椅子に座り込んだ。
「どこか具合が悪いのでしたら、医者を呼びましょうか」
「……いらないです」
私は目を閉じてただひたすら、美香が自由になることを祈っていた。
----------
ものすごくどうでもいいことですが、このサブタイトルなんか聞いたことあるなぁとモヤモヤしていたら、ポ◯モンの某映画のタイトルに名前が似てるんだと気付きました。
なぜお爺さんがそれを知っているのか。それを聞き返す前に、孫から電話かもしれないと言ってお爺さんはそそくさと出て行ってしまった。さっきまでのあのヨボヨボした動き、まさか全部演技だったの?
いや、それも気になるけど、岩峰組が私を探してるって……
胸が締め付けられたように痛む。
私のことを探してくれていることが嬉しいと同時に、その事実が怖かった。
私はもう、昌治さんの知る私じゃない。昌治さんは今、どんな思いで私を探しているんだろう。
勝手に動いて怒ってるのかな。
私が拐われて、悲しいって思ってくれてるのかな。私のこと、探してくれるの?
……でも、まだだめだ。美香が無事じゃないなら、私だけ戻っても意味がない。むしろ、私が戻る意味はあるのかな。
思考がズブズブと暗くて深い沼にはまっていくみたいだ。希望に向けてもがこうとするほどに、私の体は泥に塗れて沈んでいく。
もし、岩峰組の人が美香のことを見捨てたら?昌治さんを失望させたら?春斗さんを選んだら?どうしたって、私は結局沼の底。
全て同じなら、せめて巻き込まないように……
私は意を決して部屋を出た。
そして階段を降りて下の階へ。
知らないヤクザさんがたくさんいて、正直滅茶苦茶怖い。それにこのお屋敷はなんだか、隙間風が入り込んでるみたいに、どこか寒々しい感じがした。
同じヤクザさんのお屋敷なのに、岩峰組とはどこか違う。
でも今は、そんなのを気にしてる場合じゃない。
私は一番近くにいたヤクザさんの肩をそっと叩いた。
振り向いたガタイのいいヤクザさんが、私の姿を見てギョッと目を見開く。
まるで珍獣に出会ったみたいな反応だった。
「あの、吉井さんに用事があるんですけど……」
「よ、吉井サンっすか。はい、ちょいとお待ちください」
ヤクザさんは大慌てで違う上司っぽいヤクザさんのところに向かう。
その間に、他のヤクザさんたちがちらちらと私の方を見ながら何やら話をしているのが聞こえてきた。
「あの子が会長の……?」
「意外と普通、か?」
「いや、普通なわけねぇだろ。あの方と付き合うとか……俺らには最低限の付き合いでも無理」
「……お前ら、無駄話してねぇで動け!」
その上司っぽいヤクザさんが喋っている二人を一喝して、私の方に近寄ってきた。
かっちりとスーツを着て、ヤクザと言うよりはサラリーマンという感じの人だ。さっき怒鳴ってた時の声のトーンは普通にヤクザだったけど。
「案内させていただきます」
お願いしますと軽く頭を下げると、そのヤクザさんはちょっと驚きつつも哀れみを込めた目で私を見た。
そうして無言で歩いて、あるドアの前に案内される。
ドアを示して促されたので、私はドアを軽くノックして中に入った。
「……おや、楓様。わざわざこんなところに降りていらっしゃるとは。何かご用ですか」
吉井さんはちらっと顔を上げて私を見ると、再び目の前のパソコンと書類に目を落とした。
何かの仕事中らしい。横に立っている人も、書類片手にスマホを操作していた。
邪魔するのは悪いなと思いつつ、私は吉井さんが作業をしているデスクに歩み寄る。
「あの、美香のことなんですけど」
私が目の前に立ったためか、吉井さんは顔を上げて私の方を注視する。
「美香……ああ、楓様のご友人の。彼女でしたら無事ですよ。倉庫の一室ですが、冷暖房も手洗いもあります。食事もちゃんとしたものを差し上げています」
「私はこうしてここにいます。もう美香を自由にしてください」
「……私の一存ではどうにもなりません」
「でも、美香は関係ないんです」
「あなたにとってそうでなくとも、会長にとっては彼女はあなたをここに繫ぎ止める枷です」
眼鏡越しの吉井さんの視線は冷たい。まるで興味がないみたいに。
……所詮、他人事ってこと?
「美香はモノじゃない!」
私は吉井さんのデスクを力任せに叩いた。手のひらがじんわり痛くて熱い。お願いしにきたのに、でも我慢できなくて、私は吉井さんに詰め寄った。
「私はもう、春斗さんに犯されました。それじゃダメなんですか!私は、どうすればいいんですか!」
結局、全部春斗さんの掌の上なの?悔しくて惨めで、涙が出そうだった。
「落ち着いてください、楓様」
私が声を荒げたためか、さすがの吉井さんも少し驚いた様子だった。
「私から会長にお伝えします。ですがこれが私にできる精一杯であることはご理解ください」
「……すぐ、してください」
「わかりました。しかし恐らく今は手が離せないはずですので、メールで伝えることになりますが」
吉井さんの宥めるような声音に、段々と我に返った私は黙って頷いた。焦ってたとはいえ、不味いことしちゃったかも。
「……送信しました。確認されますか」
「いえ、ありがとうございます」
なぜかどっと疲れて、私は近くにあった椅子に座り込んだ。
「どこか具合が悪いのでしたら、医者を呼びましょうか」
「……いらないです」
私は目を閉じてただひたすら、美香が自由になることを祈っていた。
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ものすごくどうでもいいことですが、このサブタイトルなんか聞いたことあるなぁとモヤモヤしていたら、ポ◯モンの某映画のタイトルに名前が似てるんだと気付きました。
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