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2章
7.最悪の選択肢3
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車に乗せられた私は後ずさってできるだけ距離を置きたかったけれど、それを春斗さんが許すはずがなかった。
かえってシートの端に追い込まれ、身動きが取れなくなる。
顎の下に添えられた手に力が込められて、私は強制的に春斗さんと目を合わせることになった。
「そんな怯えられるとヘコむわ」
「だ、って……」
状況があの時と全く同じだからだ。今回は、抵抗することすら許されない。
私は、この人に……美香を助けるために必要なことだ。それはわかっているのに、得体の知れない恐怖と不安に押し潰されてすぐにでも逃げ出したかった。
「俺は別に楓を怖がらせたいんやない」
春斗さんは私の顎に添えていた手をゆっくり移動させて、クシャっと髪を掴む。その動作は柔らかく、どこまでも優しかった。
「あん時は、お前に裏切られたと思ったんよ。本気で惚れとった女が、よりによって岩峰の若頭と繋がっとったってわかって、俺がどんだけ悔しかったかわかるか?」
髪を掴む手に僅かに力が入る。痛くはないけど、私の体は反射的に強張った。
「俺やって散々裏切ってきたし、裏切られてきた。裏切るんも裏切られるんも、こっちの世界におったら日常茶飯事や。今さら何とも思わん。でもな、楓に裏切られた思った時だけは、違った」
「私、春斗さんを裏切るとかそんなつもり……」
「わかっとる。よお考えんでも、楓に俺を騙すなんて芸当ができるわけないもんな」
黙っていたことについても責めるつもりはない。そう言って春斗さんは震えている私の肩を優しく抱き寄せた。
手つきは優しいのに、肌を刺すようなこの感じは、何?
「だから楓が俺を助けたんは偶然やって確信した時、めっちゃ嬉しかった。何言われようが、どう思われようが、お前のことグッチャグチャになるまで愛して、俺だけのモンにしたかった」
そう言って春斗さんは笑う。よく整った顔に浮かぶ、歓喜と狂気の入り混じった笑み。
背中に氷が一欠片滑り込んだみたいにゾクっとした。
私は小さく首を振って拒絶するけど、そんなのは無意味だった。
「けどあん時、楓は俺やなくて岩峰昌治を選んだ。すぐ撃ち殺して奪い返したかったのに、俺がどうしてそうせえへんかったかわかるか、楓?」
「……わかり、ません」
確かに不思議だった。
あの時、春斗さんは昌治さんを撃つことができたはずだ。昌治さんは私を庇うようにしていたんだから。
撃っていればあの通りで岩峰組と一条会の抗争が起こっていたかもしれない、ということだろうか。
「抗争はどうでもええ。いずれ起こるはずのもんやしな。早いか遅いかの違いや。正解はな、俺やない男のことを考えて泣いとるお前を抱いたところで、無意味やからや」
「どういうことですか……」
もし昌治さんが撃たれていたら、私は泣いただろう。でも、私みたいな弱い女一人くらい、抵抗したところで組み敷いて無理矢理抱くことくらいできるはずだ。春斗さんに抱かれることに変わりはない。
春斗さんは私の反応を楽しむように笑い、私の首筋に口付けた。
短い悲鳴が口から溢れる。
「どうせ抱いて泣かれるんなら、俺に犯されとるっちゅうところで泣いて欲しいねん。それはつまり、楓ん中に俺のこと刻み付けられたってことやろ?」
春斗さんの腕が首に回される。
その手はそのまま私の胸元に降りてきた。
「……っ!」
「楓の気持ちが俺に向いとらんのはわかっとる。俺に抱かれるの、嫌なんやろ?」
そうだ。私が好きなのは昌治さんで、春斗さんじゃない。嫌なのは確かだけど、それ以上に私は純粋に春斗さんが怖かった。
春斗さんは私に微笑みかけながら、私の胸元を撫でる。
……そこまでわかってるのに、どうしてこんなことができるの?
「わかっとるからこそ、こうするんや。言うたやろ?後悔させたるって。あん時、俺を選んどったらこんな思いせんで済んだんやで?大事に大事にして、俺以外のこと考えられんくなるまで時間かけてじっくり愛したるつもりやったのに」
……後悔?
私は今、後悔しているんだろうか。
いや、また同じ時間に戻ることができたとしても、私の選択は変わらないだろう。これを、後悔と言うのだろうか。
ゆっくりと、私は首を横に振った。
拒絶の意味を込めたそれが、春斗さんに理解されることはなかった。
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お気付きの方多いと思いますが、この方はヤンデレです。
かえってシートの端に追い込まれ、身動きが取れなくなる。
顎の下に添えられた手に力が込められて、私は強制的に春斗さんと目を合わせることになった。
「そんな怯えられるとヘコむわ」
「だ、って……」
状況があの時と全く同じだからだ。今回は、抵抗することすら許されない。
私は、この人に……美香を助けるために必要なことだ。それはわかっているのに、得体の知れない恐怖と不安に押し潰されてすぐにでも逃げ出したかった。
「俺は別に楓を怖がらせたいんやない」
春斗さんは私の顎に添えていた手をゆっくり移動させて、クシャっと髪を掴む。その動作は柔らかく、どこまでも優しかった。
「あん時は、お前に裏切られたと思ったんよ。本気で惚れとった女が、よりによって岩峰の若頭と繋がっとったってわかって、俺がどんだけ悔しかったかわかるか?」
髪を掴む手に僅かに力が入る。痛くはないけど、私の体は反射的に強張った。
「俺やって散々裏切ってきたし、裏切られてきた。裏切るんも裏切られるんも、こっちの世界におったら日常茶飯事や。今さら何とも思わん。でもな、楓に裏切られた思った時だけは、違った」
「私、春斗さんを裏切るとかそんなつもり……」
「わかっとる。よお考えんでも、楓に俺を騙すなんて芸当ができるわけないもんな」
黙っていたことについても責めるつもりはない。そう言って春斗さんは震えている私の肩を優しく抱き寄せた。
手つきは優しいのに、肌を刺すようなこの感じは、何?
「だから楓が俺を助けたんは偶然やって確信した時、めっちゃ嬉しかった。何言われようが、どう思われようが、お前のことグッチャグチャになるまで愛して、俺だけのモンにしたかった」
そう言って春斗さんは笑う。よく整った顔に浮かぶ、歓喜と狂気の入り混じった笑み。
背中に氷が一欠片滑り込んだみたいにゾクっとした。
私は小さく首を振って拒絶するけど、そんなのは無意味だった。
「けどあん時、楓は俺やなくて岩峰昌治を選んだ。すぐ撃ち殺して奪い返したかったのに、俺がどうしてそうせえへんかったかわかるか、楓?」
「……わかり、ません」
確かに不思議だった。
あの時、春斗さんは昌治さんを撃つことができたはずだ。昌治さんは私を庇うようにしていたんだから。
撃っていればあの通りで岩峰組と一条会の抗争が起こっていたかもしれない、ということだろうか。
「抗争はどうでもええ。いずれ起こるはずのもんやしな。早いか遅いかの違いや。正解はな、俺やない男のことを考えて泣いとるお前を抱いたところで、無意味やからや」
「どういうことですか……」
もし昌治さんが撃たれていたら、私は泣いただろう。でも、私みたいな弱い女一人くらい、抵抗したところで組み敷いて無理矢理抱くことくらいできるはずだ。春斗さんに抱かれることに変わりはない。
春斗さんは私の反応を楽しむように笑い、私の首筋に口付けた。
短い悲鳴が口から溢れる。
「どうせ抱いて泣かれるんなら、俺に犯されとるっちゅうところで泣いて欲しいねん。それはつまり、楓ん中に俺のこと刻み付けられたってことやろ?」
春斗さんの腕が首に回される。
その手はそのまま私の胸元に降りてきた。
「……っ!」
「楓の気持ちが俺に向いとらんのはわかっとる。俺に抱かれるの、嫌なんやろ?」
そうだ。私が好きなのは昌治さんで、春斗さんじゃない。嫌なのは確かだけど、それ以上に私は純粋に春斗さんが怖かった。
春斗さんは私に微笑みかけながら、私の胸元を撫でる。
……そこまでわかってるのに、どうしてこんなことができるの?
「わかっとるからこそ、こうするんや。言うたやろ?後悔させたるって。あん時、俺を選んどったらこんな思いせんで済んだんやで?大事に大事にして、俺以外のこと考えられんくなるまで時間かけてじっくり愛したるつもりやったのに」
……後悔?
私は今、後悔しているんだろうか。
いや、また同じ時間に戻ることができたとしても、私の選択は変わらないだろう。これを、後悔と言うのだろうか。
ゆっくりと、私は首を横に振った。
拒絶の意味を込めたそれが、春斗さんに理解されることはなかった。
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お気付きの方多いと思いますが、この方はヤンデレです。
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