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2章
8.若頭補佐は休めない
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「……クソ、やられた!」
俺は机を叩く。部下たちも緊張したお面持ちでその周りに集まっていた。
机の上にあるのは山野楓の残したスマホ。俺が彼女に渡していたものだ。
予定の時間を過ぎても大学から出てこなかったため連絡を入れ、それから十分経っても連絡がなかったので、GPSで居場所を確かめたが移動はしていなかった。
それから五分待ったが、一向に動く気配がない。
さすがに不審に思い、一番怪しまれにくそうな北川を大学に行かせた。すると彼女がいたはずのトイレにはもう誰もおらず、彼女の渡したスマホだけが物陰に隠してあったという。
そのスマホの中に残されていたのは「美香をたすけて」という短いメッセージと、録音された会話だった。
「兄貴、お嬢は一条に……」
「……ああ。最悪だ」
なんだかんだで若頭と彼女はうまくいっていたから、ようやく平穏に過ごせると思っていた矢先だったというのに。
山野楓は、友人を誘拐されて脅され、自ら条野春斗の元へ向かった。
さすがに彼女の友人まで手を回すほどの余裕もなかった。だが、少し考えればわかることだ。友人を人質に取られて平気でいられるほど、彼女は強くない。むしろ、おかしいのは俺たちの方だろう。
俺たちが生きているのはどこまでも実力主義で因果応報、時の運と暴力が物を言う。誰かが人質に取られたところでそれは自業自得、そんな世界。
彼女を守る理由も、そうすることが岩峰組のためになるからだ。
「西門にいたのは、確か安藤だったな」
その一言で、そのとき西門にいた部下の顔がサッと青ざめる。そして床に頭を叩きつけんばかりの勢いで土下座した。
「俺の不始末です!申し訳ありませんっ!俺の事はお嬢を助ける餌にでもした後、煮るなり焼くなりしてくださいっ!」
その肩は震え、額には血が滲んでいる。
「ですが言わせてくださいっ!傘で顔はよく見えませんし、お嬢の今日の服装は確か、黒いスカートに上が緑でしたよね?そんな格好の大学生は出てきませんでした!」
「やはりそうか。立て、安藤。別に罰したりはしねぇから。まあ若頭に数発食らうだろうが、それで死にたくなけりゃ動け」
彼女はおそらくトイレの中で着替えさせられたんだろう。そして顔を傘で隠させるために、わざわざこの梅雨の時期を待っていたということか。
「でももう楓様は、一条の屋敷に連れ込まれた後なんじゃ……」
そう言った北川の声はどこか諦めを含んでいた。
考えたくないが、実際はその通りだろう。条野春斗が彼女をただ捕まえるだけで満足するはずがない。
「とにかく、彼女の友人の美香を助け出す。場所は絞れたか?」
デスクで必死の形相でパソコンを叩く部下に、彼女の録音に残されていた一条組の倉庫とやらを探させていた。
一条組のシマの中に倉庫なんざいくつもある。だが、冷暖房を備えていそうなある程度の大きさのものなら、ぐんと数は減るはずだ。
「半分はリストアップしました。終わり次第データを……ひっ!」
パソコンにかじりついていた部下が間抜けな声を上げる。
その視線の先には、鬼がいた。
「若頭。状況は……」
「わかってる。あのクソ詐欺師が!」
鬼もとい若頭は手近にあったゴミ箱を荒々しく蹴り飛ばす。スチール製のそれは大きく凹み、中身をばら撒きながら落下した。
「お気持ちはわかりますが、今は楓様の友人の美香という方を助け出すのが先です。おそらく楓様は、この美香というご友人を助けてからでなければ、助けに行っても拒絶するでしょう。そういう方です」
そうでなければわざわざこんな風にメッセージを残したりせず、助けを求めるはずだ。
気に食わなさそうに短く舌打ちをする若頭に、俺はブン殴られるのを覚悟した上で尋ねた。
「楓様はもう既に、条野春斗の手にかかっているでしょう……それでも、彼女を助けますか」
彼女には悪いが、これも選択肢の一つなのだ。
彼女を救い出すことに一条会と、すなわち条野組とやり合うほどの価値があるのか。
おそらく彼女は条野春斗に犯される。それを若頭の前で匂わせるなんて、我ながら命知らずだなと思ったが、これだけはちゃんと言わなければならない。
若頭が動く理由が惚れた女を奪われた怒りだとしたら、それで動くことは組織としてアウトだ。
怒りではなく、必要なものを奪い返すことが目的でなければならない。
「お前の言いてぇことはわかる。だがな、大原」
若頭の氷のような鋭く冷たい視線。久しぶりに見た目付きだからなのか、それとも怒りか。おそらく両方だろうが、とにかく俺は凍らされて死んでどっかに出荷されるんじゃないかと思った。
「……お前には俺が、ちょっと噛まれた程度で惚れた女を諦めるように見えてんのか?」
俺は机を叩く。部下たちも緊張したお面持ちでその周りに集まっていた。
机の上にあるのは山野楓の残したスマホ。俺が彼女に渡していたものだ。
予定の時間を過ぎても大学から出てこなかったため連絡を入れ、それから十分経っても連絡がなかったので、GPSで居場所を確かめたが移動はしていなかった。
それから五分待ったが、一向に動く気配がない。
さすがに不審に思い、一番怪しまれにくそうな北川を大学に行かせた。すると彼女がいたはずのトイレにはもう誰もおらず、彼女の渡したスマホだけが物陰に隠してあったという。
そのスマホの中に残されていたのは「美香をたすけて」という短いメッセージと、録音された会話だった。
「兄貴、お嬢は一条に……」
「……ああ。最悪だ」
なんだかんだで若頭と彼女はうまくいっていたから、ようやく平穏に過ごせると思っていた矢先だったというのに。
山野楓は、友人を誘拐されて脅され、自ら条野春斗の元へ向かった。
さすがに彼女の友人まで手を回すほどの余裕もなかった。だが、少し考えればわかることだ。友人を人質に取られて平気でいられるほど、彼女は強くない。むしろ、おかしいのは俺たちの方だろう。
俺たちが生きているのはどこまでも実力主義で因果応報、時の運と暴力が物を言う。誰かが人質に取られたところでそれは自業自得、そんな世界。
彼女を守る理由も、そうすることが岩峰組のためになるからだ。
「西門にいたのは、確か安藤だったな」
その一言で、そのとき西門にいた部下の顔がサッと青ざめる。そして床に頭を叩きつけんばかりの勢いで土下座した。
「俺の不始末です!申し訳ありませんっ!俺の事はお嬢を助ける餌にでもした後、煮るなり焼くなりしてくださいっ!」
その肩は震え、額には血が滲んでいる。
「ですが言わせてくださいっ!傘で顔はよく見えませんし、お嬢の今日の服装は確か、黒いスカートに上が緑でしたよね?そんな格好の大学生は出てきませんでした!」
「やはりそうか。立て、安藤。別に罰したりはしねぇから。まあ若頭に数発食らうだろうが、それで死にたくなけりゃ動け」
彼女はおそらくトイレの中で着替えさせられたんだろう。そして顔を傘で隠させるために、わざわざこの梅雨の時期を待っていたということか。
「でももう楓様は、一条の屋敷に連れ込まれた後なんじゃ……」
そう言った北川の声はどこか諦めを含んでいた。
考えたくないが、実際はその通りだろう。条野春斗が彼女をただ捕まえるだけで満足するはずがない。
「とにかく、彼女の友人の美香を助け出す。場所は絞れたか?」
デスクで必死の形相でパソコンを叩く部下に、彼女の録音に残されていた一条組の倉庫とやらを探させていた。
一条組のシマの中に倉庫なんざいくつもある。だが、冷暖房を備えていそうなある程度の大きさのものなら、ぐんと数は減るはずだ。
「半分はリストアップしました。終わり次第データを……ひっ!」
パソコンにかじりついていた部下が間抜けな声を上げる。
その視線の先には、鬼がいた。
「若頭。状況は……」
「わかってる。あのクソ詐欺師が!」
鬼もとい若頭は手近にあったゴミ箱を荒々しく蹴り飛ばす。スチール製のそれは大きく凹み、中身をばら撒きながら落下した。
「お気持ちはわかりますが、今は楓様の友人の美香という方を助け出すのが先です。おそらく楓様は、この美香というご友人を助けてからでなければ、助けに行っても拒絶するでしょう。そういう方です」
そうでなければわざわざこんな風にメッセージを残したりせず、助けを求めるはずだ。
気に食わなさそうに短く舌打ちをする若頭に、俺はブン殴られるのを覚悟した上で尋ねた。
「楓様はもう既に、条野春斗の手にかかっているでしょう……それでも、彼女を助けますか」
彼女には悪いが、これも選択肢の一つなのだ。
彼女を救い出すことに一条会と、すなわち条野組とやり合うほどの価値があるのか。
おそらく彼女は条野春斗に犯される。それを若頭の前で匂わせるなんて、我ながら命知らずだなと思ったが、これだけはちゃんと言わなければならない。
若頭が動く理由が惚れた女を奪われた怒りだとしたら、それで動くことは組織としてアウトだ。
怒りではなく、必要なものを奪い返すことが目的でなければならない。
「お前の言いてぇことはわかる。だがな、大原」
若頭の氷のような鋭く冷たい視線。久しぶりに見た目付きだからなのか、それとも怒りか。おそらく両方だろうが、とにかく俺は凍らされて死んでどっかに出荷されるんじゃないかと思った。
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