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2章
6.最悪の選択肢2
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私は着替えながらスマホの録音アプリを起動する。
メモを残すことも考えたけど、文章じゃ時間がかかりすぎる。少しでも妙な間が空いたら怪しまれるのはわかっていた。
「……終わりました。美香は、無事なんですよね?」
『無事や。楓が大人しゅうしとる間はな』
稚拙な思い付きかもしれない。でも、これで何か残せるのなら、これに賭けたかった。
大原さんは私の居場所をこのスマホのGPSで確認しているんだろう。ずっとトイレに置きっぱなしにしておけば、少ししてから異常に気付くだろう
『せや、ビデオ通話に変えよか。これでちょっとでもおかしかったらわかるもんな。もう一台のスマホの画面、見せてみ』
その要求に思わず背筋が凍る。
危なかった。もう少し考え付くのが遅かったら、バレていたかもしれない。
真っ暗なスマホの画面をカメラ越しに見せると、春斗さんの満足げな声が返ってきた。
今、私のスマホ画面には春斗さんの顔が写っているんだろう。怖くて見ることができないけど。
「美香はどこですか。言うことはききます。お願いですから何もしないでください!」
『組の倉庫や。冷暖房は完備しとるし、食事もちゃんと用意した。楓が心配することはない』
「……西門に行けばいいんですね」
お手洗いに籠っている風を装うため、私はスマホだけ隠すように置いて校舎を出た。
カバンは途中で学内のコイン式のロッカーに入れて、その鍵だけ持って私は西門に向かう。
『出たら右に曲がり。黒い車あるやろ』
言われた通りに門を出て曲がると、黒い車が停まっていた。
恐怖で足が竦んでいた私の前に、車から出てきた人物が近付いてくる。その手には通話状態のスマホが握られている。
「言うたやろ?俺が寛容なうちに、従っといた方がええって」
黒い傘を傾けたそこに、暗く熱を湛えた瞳がある。
そして伸ばされた手を私は振り払うことができず、手首を掴まれた私は呆然とその冷たい手の甲を眺めることになった。
「……美香を、解放してください」
「それは楓次第やな」
たぶん私の顔は、今すごく歪んでいるのだろう。それなのにうっとりとした表情を浮かべた春斗さんは、私の手首を握る手に力を込めた。
「解放してくれるまで、動きません」
「じゃあその間にあの女、犯させるけどええか?」
「なっ……」
この人は、いったい何を言ってるの……?
しばらく意味がわからず、頭が真っ白になっていた。
「別に俺はどうでもええからな。あの女がどうなっても、楓さえ手に入れば」
なんの躊躇いもなくそう言った春斗さんは、何気ない仕草でスマホの電源を入れた。
そしてどこかに電話をかけようとしている……
「やめて!」
私は咄嗟に傘を離して、春斗さんの手からそのスマホを奪った。
通話を切って、私は震える手でスマホを握り締める。傘を落としたから、冷たい雨が肩を濡らす。
そんな私を春斗さんは子猫でも見てるみたいな優しい目で見ていた。
「そもそも楓に選択権はない。楓が俺に手を差し出したあの時から、お前を俺のもんにするって決めとったからな」
軽く引き寄せられ、私は春斗さんの傘に入れられる。
この人にとって私は、雨に濡れた子猫みたいなものなんだ、と思わされた。抵抗する力もなく震えてるだけの弱い生き物。
「長かったわ、この一ヶ月」
春斗さんはそう言って私の肩を軽く抱いた。
私が震えているのも、恐怖で心臓が早鐘を打っているのも、全て春斗さんに伝わっているんだろう。
なぜこんなことになってしまったのかな。
あのとき、春斗さんを見付けて声をかけてしまったことだろうか。でもそれは、純粋に怪我をしていた春斗さんが心配だっただけで、それ以上のことは考えていなかった。
それとも食事に誘われたときだろうか。もっと強く断っていたら、こんなことにならなかったかもしれない。チャンスは何度かあったはずだ。でも私はそれを昌治さんのことを忘れようとするために、ずるずる引きずった。
全部、私のせいなのかな。私がはっきりしなかったから、両方失ったのかな。
……でも、決められるわけないじゃないか。私はまだ大学生で、違う世界に生きる人とどうこうなる覚悟も勇気もなかった。
「私はっ……」
「楓が心配することはない。お前はただ、俺に愛されとればええ」
耳元で囁かれたそれは、どろりとした熱を帯びて私に絡み付く。
そして私は春斗さんに促されるまま、黒い車に乗せられた。
メモを残すことも考えたけど、文章じゃ時間がかかりすぎる。少しでも妙な間が空いたら怪しまれるのはわかっていた。
「……終わりました。美香は、無事なんですよね?」
『無事や。楓が大人しゅうしとる間はな』
稚拙な思い付きかもしれない。でも、これで何か残せるのなら、これに賭けたかった。
大原さんは私の居場所をこのスマホのGPSで確認しているんだろう。ずっとトイレに置きっぱなしにしておけば、少ししてから異常に気付くだろう
『せや、ビデオ通話に変えよか。これでちょっとでもおかしかったらわかるもんな。もう一台のスマホの画面、見せてみ』
その要求に思わず背筋が凍る。
危なかった。もう少し考え付くのが遅かったら、バレていたかもしれない。
真っ暗なスマホの画面をカメラ越しに見せると、春斗さんの満足げな声が返ってきた。
今、私のスマホ画面には春斗さんの顔が写っているんだろう。怖くて見ることができないけど。
「美香はどこですか。言うことはききます。お願いですから何もしないでください!」
『組の倉庫や。冷暖房は完備しとるし、食事もちゃんと用意した。楓が心配することはない』
「……西門に行けばいいんですね」
お手洗いに籠っている風を装うため、私はスマホだけ隠すように置いて校舎を出た。
カバンは途中で学内のコイン式のロッカーに入れて、その鍵だけ持って私は西門に向かう。
『出たら右に曲がり。黒い車あるやろ』
言われた通りに門を出て曲がると、黒い車が停まっていた。
恐怖で足が竦んでいた私の前に、車から出てきた人物が近付いてくる。その手には通話状態のスマホが握られている。
「言うたやろ?俺が寛容なうちに、従っといた方がええって」
黒い傘を傾けたそこに、暗く熱を湛えた瞳がある。
そして伸ばされた手を私は振り払うことができず、手首を掴まれた私は呆然とその冷たい手の甲を眺めることになった。
「……美香を、解放してください」
「それは楓次第やな」
たぶん私の顔は、今すごく歪んでいるのだろう。それなのにうっとりとした表情を浮かべた春斗さんは、私の手首を握る手に力を込めた。
「解放してくれるまで、動きません」
「じゃあその間にあの女、犯させるけどええか?」
「なっ……」
この人は、いったい何を言ってるの……?
しばらく意味がわからず、頭が真っ白になっていた。
「別に俺はどうでもええからな。あの女がどうなっても、楓さえ手に入れば」
なんの躊躇いもなくそう言った春斗さんは、何気ない仕草でスマホの電源を入れた。
そしてどこかに電話をかけようとしている……
「やめて!」
私は咄嗟に傘を離して、春斗さんの手からそのスマホを奪った。
通話を切って、私は震える手でスマホを握り締める。傘を落としたから、冷たい雨が肩を濡らす。
そんな私を春斗さんは子猫でも見てるみたいな優しい目で見ていた。
「そもそも楓に選択権はない。楓が俺に手を差し出したあの時から、お前を俺のもんにするって決めとったからな」
軽く引き寄せられ、私は春斗さんの傘に入れられる。
この人にとって私は、雨に濡れた子猫みたいなものなんだ、と思わされた。抵抗する力もなく震えてるだけの弱い生き物。
「長かったわ、この一ヶ月」
春斗さんはそう言って私の肩を軽く抱いた。
私が震えているのも、恐怖で心臓が早鐘を打っているのも、全て春斗さんに伝わっているんだろう。
なぜこんなことになってしまったのかな。
あのとき、春斗さんを見付けて声をかけてしまったことだろうか。でもそれは、純粋に怪我をしていた春斗さんが心配だっただけで、それ以上のことは考えていなかった。
それとも食事に誘われたときだろうか。もっと強く断っていたら、こんなことにならなかったかもしれない。チャンスは何度かあったはずだ。でも私はそれを昌治さんのことを忘れようとするために、ずるずる引きずった。
全部、私のせいなのかな。私がはっきりしなかったから、両方失ったのかな。
……でも、決められるわけないじゃないか。私はまだ大学生で、違う世界に生きる人とどうこうなる覚悟も勇気もなかった。
「私はっ……」
「楓が心配することはない。お前はただ、俺に愛されとればええ」
耳元で囁かれたそれは、どろりとした熱を帯びて私に絡み付く。
そして私は春斗さんに促されるまま、黒い車に乗せられた。
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