83 / 132
3章
3.若頭補佐は間に合わない
しおりを挟む
デスクの上に置いておいたスマホが振動した。どうせ部下からの報告だろうが、急な連絡の場合もあるのでちらりと差出人を見る。
……ん?柳美香?
彼女とはあの件の後に連絡先を交換していたが、直接連絡が来るのは初めてだ。
『楓のことでお話があります。明日の午後お時間ありますか。私はそこに授業入れていないので』
メールを開けてみると、そんな内容が書かれていた。
楓様のことで話とは、何のことだろうか……ああ、なんとなく察した。
あれか、ウチの若頭のことか。
つい昨日のことだった。
部屋で作業中、若頭がポツリと言った。
『楓に避けてんの、勘付かれた気がする』
この頃、若頭は楓様のことをあえて避けていた。
曰く、手を出したら止められなくなるのが目に見えている。病み上がりでかつ試験前で忙しそうな彼女の邪魔になりたくないとのこと。
自制のために自分も忙しくして、接触は最低限にする。
……最初からそう伝えとけばいいのに、と思わずにはいられなかった。
こういうところは我が上司ながら不器用である。
俺から伝えてしまえばいい気もしたが、それもそれで若頭の苦労を無駄にするようで申し訳ない。
とりあえず楓様の夏休みが始まるまでの辛抱か、と思っていたんだが……その楓様にこの前、夏休みからバイトを再開したいと言われたな。許可しかねるとは伝えたが、楓様のあの感じだと諦めてないな。
これ今の若頭が聞いたら、確実に凹むだろ。若頭には言わないように言っとくか。
避けられてるの察して避けられるようになったと勘違いしそうだ。
なぜ今バイトを再開したいなどと言い出したのか。
まあ、楓様はよくも悪くも根が真っ直ぐだからな。大方、身の回りを全部ウチで世話されるのが嫌というか、むず痒いんだろう。服やなんかを自分の貯金で買っているのは知っていた。
あとは、10月の若頭の誕生日に何かしたいというのが本音だろうな。
若頭のことだから、わざわざプレゼントなんざ買わなくても、一夜の夢で十分以上に喜ぶと思うけどな。むしろ俺としてはそっちの方がおすすめだが……なんて楓様に言ったら、色んな意味で引かれそうだ。やめとくか。
「兄貴、来月の会合について、向こうにそろそろ連絡送ったほうがいいですかね」
「……ああ、そうだな。頼む」
いかん。仕事中だった。とりあえず美香に返信だけしておくか。明日なら楓様を迎えに行く前に話くらいできるだろ。おそらく美香もそれに合わせたんだろうが。
『では、楓様の迎えの1時間前によろしいでしょうか。いつもの迎えは18時ですので、17時に正門に伺います』
話すこと自体は、適当に市内を走り回りながら車の中ででいいだろ。
わざわざ楓様が授業中の時間を指定してきたということは、聞かれたくないんだろうしな。若頭の愛情表現が足りない等々のクレームだったら受け付けないが。
……にしても、美香相手になぜ俺はメールで敬語を?まあ癖みたいなもんだから、気にすんのはやめとこう。
そうして作業を再開して数分後、スマホが再び振動した。
『わかりました。明日の17時に正門に行きます。あと、あんまり関係ないですけど、大原さんって会話とメールで随分テンション違いますね』
あ、気にするのかそこ。
というか、メール終わらせるつもりだったんだが、これじゃ何かしら返信した方がいいよな。
テンション違うのは仕方ないだろ……と思いつつ返信を終えた時だった。
「兄貴、若頭の様子がおかしいって今連絡があったんですけど」
「……楓様関係か」
スマホを片手に、部下が微妙な顔で頷いた。
時間的にはちょうど楓様が屋敷に戻って夕飯を食べているくらいの時間だ。偶々会って会話でもしたんだろう。
「どうかしたのか」
「楓様に夏休みからバイトしたいと言われて、しなくていいと言ったら機嫌を損ねたらしいです」
……げ、一足遅かった。
誕生日がどうこうまで若頭の気は回らない。だからこれはおそらく、夏休みという基本屋敷にいる時間を減らしたい的な意味に捉えているのではなかろうか。
このままでは楓様の夏休みが始まってからも、長引くのでは……?
いやいや、俺の予定では夏休みに入ればこのなんとも言い難い状況が即座に改善されるはずだったんだ。
「どうします?」
「どうするべきだと思う?」
いや、側から見てる身からすれば、お互いにまどろっこしい事をせずに話し合えばいいんじゃないかとしか思えないんだが……あの2人のことだ。難しい。
とりあえず、明日の美香の話を聞いてから考えるか。
……ん?柳美香?
彼女とはあの件の後に連絡先を交換していたが、直接連絡が来るのは初めてだ。
『楓のことでお話があります。明日の午後お時間ありますか。私はそこに授業入れていないので』
メールを開けてみると、そんな内容が書かれていた。
楓様のことで話とは、何のことだろうか……ああ、なんとなく察した。
あれか、ウチの若頭のことか。
つい昨日のことだった。
部屋で作業中、若頭がポツリと言った。
『楓に避けてんの、勘付かれた気がする』
この頃、若頭は楓様のことをあえて避けていた。
曰く、手を出したら止められなくなるのが目に見えている。病み上がりでかつ試験前で忙しそうな彼女の邪魔になりたくないとのこと。
自制のために自分も忙しくして、接触は最低限にする。
……最初からそう伝えとけばいいのに、と思わずにはいられなかった。
こういうところは我が上司ながら不器用である。
俺から伝えてしまえばいい気もしたが、それもそれで若頭の苦労を無駄にするようで申し訳ない。
とりあえず楓様の夏休みが始まるまでの辛抱か、と思っていたんだが……その楓様にこの前、夏休みからバイトを再開したいと言われたな。許可しかねるとは伝えたが、楓様のあの感じだと諦めてないな。
これ今の若頭が聞いたら、確実に凹むだろ。若頭には言わないように言っとくか。
避けられてるの察して避けられるようになったと勘違いしそうだ。
なぜ今バイトを再開したいなどと言い出したのか。
まあ、楓様はよくも悪くも根が真っ直ぐだからな。大方、身の回りを全部ウチで世話されるのが嫌というか、むず痒いんだろう。服やなんかを自分の貯金で買っているのは知っていた。
あとは、10月の若頭の誕生日に何かしたいというのが本音だろうな。
若頭のことだから、わざわざプレゼントなんざ買わなくても、一夜の夢で十分以上に喜ぶと思うけどな。むしろ俺としてはそっちの方がおすすめだが……なんて楓様に言ったら、色んな意味で引かれそうだ。やめとくか。
「兄貴、来月の会合について、向こうにそろそろ連絡送ったほうがいいですかね」
「……ああ、そうだな。頼む」
いかん。仕事中だった。とりあえず美香に返信だけしておくか。明日なら楓様を迎えに行く前に話くらいできるだろ。おそらく美香もそれに合わせたんだろうが。
『では、楓様の迎えの1時間前によろしいでしょうか。いつもの迎えは18時ですので、17時に正門に伺います』
話すこと自体は、適当に市内を走り回りながら車の中ででいいだろ。
わざわざ楓様が授業中の時間を指定してきたということは、聞かれたくないんだろうしな。若頭の愛情表現が足りない等々のクレームだったら受け付けないが。
……にしても、美香相手になぜ俺はメールで敬語を?まあ癖みたいなもんだから、気にすんのはやめとこう。
そうして作業を再開して数分後、スマホが再び振動した。
『わかりました。明日の17時に正門に行きます。あと、あんまり関係ないですけど、大原さんって会話とメールで随分テンション違いますね』
あ、気にするのかそこ。
というか、メール終わらせるつもりだったんだが、これじゃ何かしら返信した方がいいよな。
テンション違うのは仕方ないだろ……と思いつつ返信を終えた時だった。
「兄貴、若頭の様子がおかしいって今連絡があったんですけど」
「……楓様関係か」
スマホを片手に、部下が微妙な顔で頷いた。
時間的にはちょうど楓様が屋敷に戻って夕飯を食べているくらいの時間だ。偶々会って会話でもしたんだろう。
「どうかしたのか」
「楓様に夏休みからバイトしたいと言われて、しなくていいと言ったら機嫌を損ねたらしいです」
……げ、一足遅かった。
誕生日がどうこうまで若頭の気は回らない。だからこれはおそらく、夏休みという基本屋敷にいる時間を減らしたい的な意味に捉えているのではなかろうか。
このままでは楓様の夏休みが始まってからも、長引くのでは……?
いやいや、俺の予定では夏休みに入ればこのなんとも言い難い状況が即座に改善されるはずだったんだ。
「どうします?」
「どうするべきだと思う?」
いや、側から見てる身からすれば、お互いにまどろっこしい事をせずに話し合えばいいんじゃないかとしか思えないんだが……あの2人のことだ。難しい。
とりあえず、明日の美香の話を聞いてから考えるか。
11
お気に入りに追加
2,728
あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!




愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる