72 / 132
2章
28.ヤクザさんの優しさ
しおりを挟む
感覚も何もない暗い世界に私はいた。海中をふわふわ漂ってるみたいにただ自分の意識だけがそこにある。
私、何してたんだっけ。自分が何を思っていたのかももはやわからなくて、黒をただひたすら感じていた。
「……で、今ちょっと……った?」
「いずれ……醒め……まだ……」
黒一色の世界に突然音が入り込む。それは少しずつはっきりしてきて、同時にふらふら抜け出していった魂が体を得たみたいに、自分の手足の感覚が戻ってきた。
どこか柔らかい布団の上で寝かされている。口元はマスクみたいなのが付けられてて、指先は動かせないけど、とにかく戻ってきたんだとなぜかすごく安らかな気持ちになった。
「一瞬、鼻の穴が動いたみたいな気がしたんだけど」
ああこれ、美香の声だ。
……待って、鼻の穴ってどこ見てたの。
目を開けたいけど、瞼が接着剤でくっついてしまったみたいに開かない。瞼さえ自由にならないのだから、当然口が開くわけもなく。
「脈も安定していますし、いずれ目を醒ますでしょう。そろそろ休まれてはいかがですか。俺が見てますから」
大原さんもいる。そうか私、逃げられたんだ。
二人が心配しているのが伝わってくる。もう起きてるよと伝えたいのに、体が綿でできたぬいぐるみにでもなったみたいに動かなかった。
「起きたらびっくりしませんか。目覚めて目の前に大原さんみたいな人がいたら私多分再度気絶します。違う意味で」
「美香さんにそれ言われても説得力ないですから。慣れてるんでしょう、強面」
「好きで慣れたわけじゃないです。なんなら最近耐性がなくなってきた気がしてますよ」
「……よく言えますねそれ。ウチの連中に出迎えられても無反応だったじゃないですか。耐性ない人はそんな反応しません」
なんか、美香さん馴染んでませんか。いや、美香はヤクザさんの孫だしいいのかな。ああ、ちょっと考えるだけで頭がボヤっとする。
「でもそろそろ起きたっていいんじゃ……」
「1週間経っても目覚めないのなら考えますが、まだ2日ですからねぇ。麻酔も効いているでしょうし」
「よく絵本とかで王子様のキスで目を醒ますってありますけど、実践してみます?」
「王子様ってキャラじゃないでしょう若頭は。どちらかといえば海賊船の船長とか盗賊団の頭では」
「……確かに」
「というかそれで目が覚めるならとっくに……いえ、すみません忘れてください」
「なにそれ詳しく教えてください」
なにそれやめてください。
これ、動けなくてよかったかもしれない。変な反応するところだった。ん?待って、これ話されたら聞かないようにするという選択肢がないんですが。お願い美香、食いつかないで……
「大学はいいんですか」
「今日の授業昼からなので」
話を逸らそうと大原さんが頑張っている。すみませんよろしくお願いします。
私も頑張って動いてみようかな……うん、無理だ。ピクリとも動かせない。
むしろ、右腕がなんだか痛いというか、じんわり痺れてるみたいでなんだか感じが悪い……ああそうだ、私は撃たれたんだった。
昌治さんは、無事なのかな。春斗さんも、なんであんなことしたのかわからないけど、でも、私がこうして岩峰のお屋敷にいるってことは、きっと……
「岩峰さんはいつ戻ってくるんですか?」
「一条どころか柳狐組も巻き込みましたからね。ややこしいことになっているのでしばらくかかるでしょう。条野組も黙っていないでしょうから、いずれなにかしらの形で楽しい楽しい話し合いが催されるかと」
「うわ……楽しくなさそう」
「加えて派手に暴れたせいで手入れまで入った。まあ楓様は例外として民間人に被害がなかったのと、一条の方が目立ってウチはあんまり目を付けられなかったのは幸いですよ。叔父貴の口利きもありましたが」
昌治さんが無事そうなのはわかったけど、なんだかヤクザさんの小難しそうな話が始まってしまった。目は開いてないけど目は覚めてるこの微妙な状態、どうしよう。聞いてていいのかなこれ。
「岩峰組の叔父貴って、ウチの強面なだけのオッさんたちと違ってすごく有能そう」
「……まあ、さすがと言える方々ではありますよ。ですが本家に行く度に祝言の日取り聞いてくるのはやめてほしいんですよね」
あの、気が早くないですか。早すぎませんか。一度も会ったことないですよね。それに今の状況でなんでその話に……
「楓の逃げ道、あります?」
「ないです。楓様には本当に申し訳ないのですが、早々に諦めてこっちに来ていただけると、なにがとは言いませんが非常に助かります」
「無理矢理引き込むのはやめてあげてください」
「別に今すぐ姐になれとまでは言いませんよ。まとめ役になってほしいとも思っていませんし。とりあえず、卒業後すぐに祝言をあげられるように手配はしていますが」
え……?どういうことそれ。
「……しゅう、げん?」
やっと声が出たと思ったら、第一声はそれだった。
私、何してたんだっけ。自分が何を思っていたのかももはやわからなくて、黒をただひたすら感じていた。
「……で、今ちょっと……った?」
「いずれ……醒め……まだ……」
黒一色の世界に突然音が入り込む。それは少しずつはっきりしてきて、同時にふらふら抜け出していった魂が体を得たみたいに、自分の手足の感覚が戻ってきた。
どこか柔らかい布団の上で寝かされている。口元はマスクみたいなのが付けられてて、指先は動かせないけど、とにかく戻ってきたんだとなぜかすごく安らかな気持ちになった。
「一瞬、鼻の穴が動いたみたいな気がしたんだけど」
ああこれ、美香の声だ。
……待って、鼻の穴ってどこ見てたの。
目を開けたいけど、瞼が接着剤でくっついてしまったみたいに開かない。瞼さえ自由にならないのだから、当然口が開くわけもなく。
「脈も安定していますし、いずれ目を醒ますでしょう。そろそろ休まれてはいかがですか。俺が見てますから」
大原さんもいる。そうか私、逃げられたんだ。
二人が心配しているのが伝わってくる。もう起きてるよと伝えたいのに、体が綿でできたぬいぐるみにでもなったみたいに動かなかった。
「起きたらびっくりしませんか。目覚めて目の前に大原さんみたいな人がいたら私多分再度気絶します。違う意味で」
「美香さんにそれ言われても説得力ないですから。慣れてるんでしょう、強面」
「好きで慣れたわけじゃないです。なんなら最近耐性がなくなってきた気がしてますよ」
「……よく言えますねそれ。ウチの連中に出迎えられても無反応だったじゃないですか。耐性ない人はそんな反応しません」
なんか、美香さん馴染んでませんか。いや、美香はヤクザさんの孫だしいいのかな。ああ、ちょっと考えるだけで頭がボヤっとする。
「でもそろそろ起きたっていいんじゃ……」
「1週間経っても目覚めないのなら考えますが、まだ2日ですからねぇ。麻酔も効いているでしょうし」
「よく絵本とかで王子様のキスで目を醒ますってありますけど、実践してみます?」
「王子様ってキャラじゃないでしょう若頭は。どちらかといえば海賊船の船長とか盗賊団の頭では」
「……確かに」
「というかそれで目が覚めるならとっくに……いえ、すみません忘れてください」
「なにそれ詳しく教えてください」
なにそれやめてください。
これ、動けなくてよかったかもしれない。変な反応するところだった。ん?待って、これ話されたら聞かないようにするという選択肢がないんですが。お願い美香、食いつかないで……
「大学はいいんですか」
「今日の授業昼からなので」
話を逸らそうと大原さんが頑張っている。すみませんよろしくお願いします。
私も頑張って動いてみようかな……うん、無理だ。ピクリとも動かせない。
むしろ、右腕がなんだか痛いというか、じんわり痺れてるみたいでなんだか感じが悪い……ああそうだ、私は撃たれたんだった。
昌治さんは、無事なのかな。春斗さんも、なんであんなことしたのかわからないけど、でも、私がこうして岩峰のお屋敷にいるってことは、きっと……
「岩峰さんはいつ戻ってくるんですか?」
「一条どころか柳狐組も巻き込みましたからね。ややこしいことになっているのでしばらくかかるでしょう。条野組も黙っていないでしょうから、いずれなにかしらの形で楽しい楽しい話し合いが催されるかと」
「うわ……楽しくなさそう」
「加えて派手に暴れたせいで手入れまで入った。まあ楓様は例外として民間人に被害がなかったのと、一条の方が目立ってウチはあんまり目を付けられなかったのは幸いですよ。叔父貴の口利きもありましたが」
昌治さんが無事そうなのはわかったけど、なんだかヤクザさんの小難しそうな話が始まってしまった。目は開いてないけど目は覚めてるこの微妙な状態、どうしよう。聞いてていいのかなこれ。
「岩峰組の叔父貴って、ウチの強面なだけのオッさんたちと違ってすごく有能そう」
「……まあ、さすがと言える方々ではありますよ。ですが本家に行く度に祝言の日取り聞いてくるのはやめてほしいんですよね」
あの、気が早くないですか。早すぎませんか。一度も会ったことないですよね。それに今の状況でなんでその話に……
「楓の逃げ道、あります?」
「ないです。楓様には本当に申し訳ないのですが、早々に諦めてこっちに来ていただけると、なにがとは言いませんが非常に助かります」
「無理矢理引き込むのはやめてあげてください」
「別に今すぐ姐になれとまでは言いませんよ。まとめ役になってほしいとも思っていませんし。とりあえず、卒業後すぐに祝言をあげられるように手配はしていますが」
え……?どういうことそれ。
「……しゅう、げん?」
やっと声が出たと思ったら、第一声はそれだった。
22
お気に入りに追加
2,728
あなたにおすすめの小説


愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!



どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる