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2章
4.ヤクザさんの朝は早い4
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「構いませんよ。明後日、木曜の夕方ですね?」
「……え、いいんですか?てっきりダメと言われるものだとばかり」
帰りの車の中でダメ元で大原さんにお願いしてみたら、けっこうあっさりと返事が返ってきた。
「念のため周辺と店内に組員を置かせていただきますが、それでよろしければ」
「それは構わないですけど、本当にいいんですか?」
「むしろこれまで楓様が何もおっしゃらないので、俺としては少し心配していたくらいです」
だってどこか行きたいって言ったら大ごとになるかなぁと思って。まああの後なのでしばらく外に出て行く気になれなかったのも事実ですけど。
「大学内なんて我々の目の届きにくい場所に毎日行かれるより数十倍マシですよ。カフェ程度なら見張りやすいですから」
……あれ?これ遠回しに大学行くなって言われてる?でも親のお金で通わせてもらってるのに卒業しないのはさすがに申し訳ない。変に休んで美香とかに心配かけたくないし。
「わかってますよ。若頭には楓様の意思を尊重するよう言われています」
やれやれと大原さんはため息をついた。
大原さんには特にご迷惑をおかけしております……
「まあ、楓様はちゃんと我々の言い付けを守ってくださっていますからね。普通に考えればおかしいのは我々のほうですし」
「確かに」
「……だからといって、言い付けを破った場合は……わかってますよね?」
ちょうどそこで信号が赤になって、停車しながら大原さんは意味深な笑みを浮かべて私の方を振り向く。
うん、慣れてきてはいたけど、やっぱり大原さんはヤクザさんだ。笑顔が怖い。
「はい!人目につくところにいる、基本的に二人以上で行動する、むやみに部屋から出ない、誤報を送らない、ですよね……?」
「その通りです。くれぐれもお願いします。俺だって楓様を本家送りにしたくはないですから」
先週、大学から出てくるときうっかり出口を伝え間違えた。その際、時間になっても私が大学から出てこないと大騒ぎになったらしい。
すぐ電話がかかってきて気付いたからよかったけど、真逆の出口教えていたらまずかったかもしれない。
その日はお屋敷に戻ったら、あの立派な玄関でお怒りの大原さんが腕を組んで待ち構えていた。
そして「次同じようなことがあったら、楓様の意思に関わらず岩峰組本家の屋敷に監禁しますからね」と本気のトーンで言われ、首がちぎれそうなくらい激しく縦に振って頷いた。
監禁って、この方々がおっしゃるとシャレにならない。
「楓様も、そんな理由で本家のお世話になりたくはないでしょう」
お屋敷から片道軽く三時間ほど、関東の山奥にあるという岩峰組本家のお屋敷には、昌治さんのお父様である岩峰組組長とその舎弟という、直近の部下みたいな方々がいらっしゃるそうだ。
……私の精神が持つ気がしないです。その際は歓迎してくださるそうですが、ヤクザさんに歓迎されるってどうなの?歓迎されてその後監禁されるって何?
「若頭は一条の件が片付くまではこの辺りを離れられませんから。ただでさえ時間がとれていないのに、今以上に楓様に会えないとなると……」
せっかく若頭の上機嫌が板についてきたんですから、と大原さんは何度目かわからないため息をついた。
「まあ、一条組の動き次第では楓様が何もしなくても本家に移っていただくことになるかもしれませんが、その際はどうかご理解ください」
「……まだ、私は狙われてるんですか」
岩峰組の方々に守られているのもあるのだろうけど、あれ以降特に変わったことは起きていない。むしろ平和だ。
「静かすぎて逆に不気味ですよ。条野春斗に会ったのはあの時が最初で最後ですが、あの男はこっちの社会にあっても異質です。何をどう仕掛けてくるのか読めません。すっかり忘れそうになった頃に、ということもあり得ます。ああいう奴は、死ぬまで気が抜けません」
何気なく発せられた死というワードに、私はハッとする。
そうだ。この人たちは常にそれと隣り合わせに過ごしているんだ。
そう思うと、私が呑気に日常と思っているものが、乾いた風に吹かれたみたいにパラパラと端から崩れていくような心地がした。
形を保っていても、少し突くだけで崩れてしまいそうな、そんな危うさ。
「大丈夫ですよ。若頭が寿命以外で楓様を置いてくはずありませんから」
大原さんはそう言うけど、物事に絶対はない。それに……
「昌治さんのことはもちろん心配ですけど、大原さんだって私にとっては大事な人ですからね?」
「……そういう素直なところは楓様の美点で嬉しいお言葉ですけど、お願いですから若頭の前では言わないでください」
これと似たこと言われるの、今日で何回目だろうか。大原さんには本当にお世話になってるから、昌治さんにはその辺りをわかってほしいのだけど……
そんなことを思いながら、私は美香に明後日のことについてメールを送った。
「……え、いいんですか?てっきりダメと言われるものだとばかり」
帰りの車の中でダメ元で大原さんにお願いしてみたら、けっこうあっさりと返事が返ってきた。
「念のため周辺と店内に組員を置かせていただきますが、それでよろしければ」
「それは構わないですけど、本当にいいんですか?」
「むしろこれまで楓様が何もおっしゃらないので、俺としては少し心配していたくらいです」
だってどこか行きたいって言ったら大ごとになるかなぁと思って。まああの後なのでしばらく外に出て行く気になれなかったのも事実ですけど。
「大学内なんて我々の目の届きにくい場所に毎日行かれるより数十倍マシですよ。カフェ程度なら見張りやすいですから」
……あれ?これ遠回しに大学行くなって言われてる?でも親のお金で通わせてもらってるのに卒業しないのはさすがに申し訳ない。変に休んで美香とかに心配かけたくないし。
「わかってますよ。若頭には楓様の意思を尊重するよう言われています」
やれやれと大原さんはため息をついた。
大原さんには特にご迷惑をおかけしております……
「まあ、楓様はちゃんと我々の言い付けを守ってくださっていますからね。普通に考えればおかしいのは我々のほうですし」
「確かに」
「……だからといって、言い付けを破った場合は……わかってますよね?」
ちょうどそこで信号が赤になって、停車しながら大原さんは意味深な笑みを浮かべて私の方を振り向く。
うん、慣れてきてはいたけど、やっぱり大原さんはヤクザさんだ。笑顔が怖い。
「はい!人目につくところにいる、基本的に二人以上で行動する、むやみに部屋から出ない、誤報を送らない、ですよね……?」
「その通りです。くれぐれもお願いします。俺だって楓様を本家送りにしたくはないですから」
先週、大学から出てくるときうっかり出口を伝え間違えた。その際、時間になっても私が大学から出てこないと大騒ぎになったらしい。
すぐ電話がかかってきて気付いたからよかったけど、真逆の出口教えていたらまずかったかもしれない。
その日はお屋敷に戻ったら、あの立派な玄関でお怒りの大原さんが腕を組んで待ち構えていた。
そして「次同じようなことがあったら、楓様の意思に関わらず岩峰組本家の屋敷に監禁しますからね」と本気のトーンで言われ、首がちぎれそうなくらい激しく縦に振って頷いた。
監禁って、この方々がおっしゃるとシャレにならない。
「楓様も、そんな理由で本家のお世話になりたくはないでしょう」
お屋敷から片道軽く三時間ほど、関東の山奥にあるという岩峰組本家のお屋敷には、昌治さんのお父様である岩峰組組長とその舎弟という、直近の部下みたいな方々がいらっしゃるそうだ。
……私の精神が持つ気がしないです。その際は歓迎してくださるそうですが、ヤクザさんに歓迎されるってどうなの?歓迎されてその後監禁されるって何?
「若頭は一条の件が片付くまではこの辺りを離れられませんから。ただでさえ時間がとれていないのに、今以上に楓様に会えないとなると……」
せっかく若頭の上機嫌が板についてきたんですから、と大原さんは何度目かわからないため息をついた。
「まあ、一条組の動き次第では楓様が何もしなくても本家に移っていただくことになるかもしれませんが、その際はどうかご理解ください」
「……まだ、私は狙われてるんですか」
岩峰組の方々に守られているのもあるのだろうけど、あれ以降特に変わったことは起きていない。むしろ平和だ。
「静かすぎて逆に不気味ですよ。条野春斗に会ったのはあの時が最初で最後ですが、あの男はこっちの社会にあっても異質です。何をどう仕掛けてくるのか読めません。すっかり忘れそうになった頃に、ということもあり得ます。ああいう奴は、死ぬまで気が抜けません」
何気なく発せられた死というワードに、私はハッとする。
そうだ。この人たちは常にそれと隣り合わせに過ごしているんだ。
そう思うと、私が呑気に日常と思っているものが、乾いた風に吹かれたみたいにパラパラと端から崩れていくような心地がした。
形を保っていても、少し突くだけで崩れてしまいそうな、そんな危うさ。
「大丈夫ですよ。若頭が寿命以外で楓様を置いてくはずありませんから」
大原さんはそう言うけど、物事に絶対はない。それに……
「昌治さんのことはもちろん心配ですけど、大原さんだって私にとっては大事な人ですからね?」
「……そういう素直なところは楓様の美点で嬉しいお言葉ですけど、お願いですから若頭の前では言わないでください」
これと似たこと言われるの、今日で何回目だろうか。大原さんには本当にお世話になってるから、昌治さんにはその辺りをわかってほしいのだけど……
そんなことを思いながら、私は美香に明後日のことについてメールを送った。
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