お客様はヤのつくご職業

古亜

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2章

20.若頭補佐は休めない4

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条野春斗が去った後に倉庫を出た俺は、思わず顔をしかめる。
俺が殴って気絶させておいた見張りの男が死んでいた。出て行く途中にも、同様に眉間あるいは心臓を撃ち抜かれた一条会の組員がいた。
……用済みってわけか。
鶴田に連れられて逃げた美香がこれに気付かないことを祈るばかりだ。
この倉庫の処理を部下に任せて、俺は車に戻った。
後部座席には既に美香が乗っていて、俺に気付いて何か言っている。

「……安藤、出せ」

後部座席に乗り込んだ俺は運転席に座る安藤に言った。安藤の顔面には殴られた痣があり、腕には切られたような傷。まあ、思っていたよりは軽症だな。

「大原さん、無事だったんですか」

美香は俺を上から下まで見て、車が走り出したことについては何も言わない。むしろ落ち着いていた。
……やはり、このお嬢さんもこっちの人間なのか?なぜこうも彼女は的確にこっちの人間を引き当てるんだ?前世でヤクザの墓を手榴弾で爆破でもしたのか彼女は。
俺が山野楓の叔父という設定をこのまま通したら、確実にややこしいことになりそうだ。
車が角を曲がったところで、唐突に彼女は言った。

「……大原さん、スマホ貸してもらっていいですか」
「あ、ああ」

どうしたものかと考えていたので、半ば無意識にスマホを彼女に手渡していた。まあ仕事用ではなく、山野楓に貸していたものだが。

「関わり合いになるのが嫌でわざわざ家を出たのに、結局こうなるかぁ……」

なにやらぶつぶつ独り言を言いながら、彼女はどこかに電話をかけ始める。

「お嬢さ……いや、美香さん。どこに電話をかけているのか教えていただけませんか」
「実家のジジィです」
「実家?ジジィ?」
「私の苗字、柳です。こっちの世界の人ならご存知かもしれませんね。柳狐組」
「……マジか」

柳狐組。規模は小さいが、山陽……岡山あたりに拠点を置いてあっちの方で深く根を張る組織だ。
かなり昔からある組で、今時珍しい昔ながらのヤクザらしい。組長は柳爺なんて呼ばれてたな。柳狐なのにどちらかというと狸だと言われている。まさか、彼女はその組長の孫娘か。

「美香さんは……」
「え、いない?こっちに来てる?どういうことそれ!?」

本当に柳狐組の組長の孫娘なのか確かめようと口を開いたとき、柳美香が突然声を荒げた。

「とりあえずあのジジィの番号教えて!……私のスマホ?取られたの!」
『取られた?どーいうことですかお嬢!?』
「え、あ……そういえばジジィ関係じゃないなら何で私捕まってたの?岩峰の、いや、友達の叔父さんに助けて……あれ?そう言えば何で楓の元彼が……?」

見事に混乱している。そりゃあそうだ。俺だってわけがわからない。
俺は不思議そうに首をかしげている彼女からスマホを奪う。

『お嬢っ!?どーいうことです!なぜ岩峰なんぞ……お嬢!?』
「割り込んで悪い。おたくのお嬢さんを預かってるモンだが、このお嬢さんは柳喜助の孫なのか」
『ああ?何じゃおめぇは!お嬢に手ェ出したら……』
「俺は岩峰組の若頭補佐、大原だ。一条会に捕まってたおたくのお嬢さんを保護したんだが」

電話の向こうがギャアギャアと騒がしい。そしてそれは怒声と共に徐々に静かになった。

『一条会にお嬢が捕まったぁ?確かにお嬢は親父の孫じゃ。だが親父は一条会との会合にいっとるはず。手ェ出す理由がない』

条野組は関西の一大勢力だからな。柳狐組と繋がっていてもおかしくはないか。
にしてもこれは、一から説明すべきなのか。この急いでる状況で?ああだが、どうせ柳美香には説明しなければならないことか。

「ちょいと黙って聞いてほしいんだが……」

俺は事の次第をざっくり説明した。最初は若干怒声が聞こえてきたが、やがて電話の相手は静かになる。

「……ってなわけだ」
『どねんもこねんも、テメェらの所為じゃろ!』
「それについては悪いと思ってる」

キレられた。まあ、当然か。

「稲本、つべこべ言ってないでジジィの番号。はよしね」

そこで柳美香は俺からスマホをひったくり、電話口に向かって低い声で言った。さすがヤクザの孫娘。恐喝っぽいのが様になってるな。にしても死ねは言い過ぎでは。

『も、申し訳ねぇです!親父の番号は……』

電話の向こうの稲本という男に若干同情しつつ、俺はその電話番号をメモした。
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