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2章
5.最悪の選択肢
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いつも通り教室から一番近い門に下ろしてもらった私は、雨が降っていたので足早に教室に入った。
真ん中より少し後ろの席に座ってビニール傘を畳んでいたら、不意に名前を呼ばれた。
「ねえ、美香知らない?」
「美香?まだ見てないよ。たまにギリギリに来るし、またドラマでも観てるんじゃない?」
声をかけてきたのは、美香と同じゼミの百合子だった。美香繋がりでたまに一緒にお昼を食べたりするので仲はいい。
「前回のゼミの資料、休んじゃったから見せて欲しかったんだけどなぁ……まあ、授業の終わりでいっか。ありがとね、楓」
そう言って百合子は離れていった。
確かに遅いなと思って腕時計を見る。授業まであと三分ほどしかない。いつもならこれくらいに慌てて入ってくるんだけど、シリーズもののループに嵌ってしまったのだろうか。何回かそれで来なかったし。
でも今日はこの後に一緒にカフェに行く約束をしているから、連絡なしに来ないなんてことはないと思うんだけどな。
そうして結局、授業が始まるまで美香は来なかった。一応美香の分の資料も確保しておいたけど、どうしたものか。
とりあえず連絡しなきゃとスマホの電源を入れた。メッセージアプリに何件か通知が溜まっている。美香からだろうか、そう思ってメッセージを開く。
広告ばかりで、美香からのものは来ていなかった。さすがに一言くらいは……と思いつつ、とりあえず来ていたメッセージに既読をつけていたら一件、見覚えのないアカウントから画像が送られてきていた。
スパムかなと思いつつ、画像を確認した私は、思わずスマホを落としかける。
薄暗い殺風景な部屋、その中央に置かれたソファーの上に、誰かが横たわっていた。
「……美香?」
全身に悪寒が走る。真冬に逆戻りしたように、指先から徐々に体温が奪われていった。
胸が苦しくなって、心臓の鼓動が痛い。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。変なスパムが来てたから……」
嘘だ。これは、脅迫。
『一階のトイレに入れ』というメッセージが来ると同時に、電話が鳴った。
「あ、電話……じゃあまた明日ね!」
私は大急ぎで教室を出て、通話ボタンを押す。指示通り私はトイレに入って個室の鍵を閉めた。
「……はい」
『久しぶりやなぁ、楓』
その声を聞いた瞬間、私の体は恐怖で震えた。
知り合ってすぐの頃からは想像もつかない、ほの暗いドロリとした熱を帯びた春斗さんの声。
電話越しなのに思わずそれに屈しそうになる自分がいた。今すぐに電話を切って、逃げ出したい。でも、それは絶対にダメだ。これは、もはや私だけの問題じゃなかった。
「美香は……美香は何も関係ありません」
私が巻き込んだ。そう、守られて安全な場所にいたのは私だけで、勝手に全て安全だと、そう思い込んでいたんだ。
何か言わなきゃいけないのに、言葉が思いつかない。
『あの嬢ちゃんは無事や。今は、な』
電話越しに、春斗さんが笑っているのが伝わってくる。
やっぱり私はあの日、選択を間違えたのだろうか。
昌治さんなら、絶対にこんなことしない。
「……卑怯です」
『何とでも言えばええ。俺は本気や、楓』
この状況がその証拠だと春斗さんは言った。
『そこの掃除用具入れ、開けてみ』
私は言われた通りにして個室から出て用具入れを開ける。そこには水色の傘と、ピンクのストライプのワンピースがが入っていた。
着替えて出てこいという事らしい。
確かに今日は雨で、服を変えて傘を目深にさせば、岩峰組の人はきっと私に気付かない。
その時だった、私が持っているもう一台のスマホ、組の方々との連絡用に新しく渡されていたスマホが鳴った。
『……余計なこと言うたら、わかるな?通話はこのままにしとくんや』
「はい……」
私は春斗さんが見ているわけでもないのに頷いて、電話を置いた。
もう一台のスマホをカバンから出して、電話の主を見る。大原さんだった。
『なかなか大学から出て来られませんが、まさか何かありましたか?』
「い、いえ……ちょっとお腹の調子が悪くて……もう10分くらいしたら出ますから」
とっくに講義の時間は終わっているので、事前に連絡していた時間に出てこないのを不審に思って電話をかけてくれたようだ。
『……それは失礼しました。だいたいの時間がわかったらまたそれをメールでいいので連絡してください』
「はい。わかりました……」
そこで電話は切られた。私は呆然とそのスマホを見る。
助けてほしいと言いたかった。でも、それをしても無事なのは私だけだ。美香を助ける手伝いはしてくれるだろうけど、何かがあってからでは遅い。自分だけ安全なところに逃げて、そのあと美香と会えたとしても、私はもう美香と友達でいられない。
再び春斗さんと通話状態のスマホを手に取って、何も言っていない旨を伝える。
『それでええ。西門に車停めてある。着替えたら荷物は適当なとこに置いて真っ直ぐ来るんや』
「……はい」
私は再び視線をもう一台のスマホに落とす。通話は聞かれてしまう。メールも、今状況が大原さんに伝わってしまったら、大原さんは美香より私の安全を優先して動くはず。それではダメだ。
……そうだ。
もしかしたら失敗するかもしれない。でも、何もせずに動くよりはいくらかマシな気がした。
真ん中より少し後ろの席に座ってビニール傘を畳んでいたら、不意に名前を呼ばれた。
「ねえ、美香知らない?」
「美香?まだ見てないよ。たまにギリギリに来るし、またドラマでも観てるんじゃない?」
声をかけてきたのは、美香と同じゼミの百合子だった。美香繋がりでたまに一緒にお昼を食べたりするので仲はいい。
「前回のゼミの資料、休んじゃったから見せて欲しかったんだけどなぁ……まあ、授業の終わりでいっか。ありがとね、楓」
そう言って百合子は離れていった。
確かに遅いなと思って腕時計を見る。授業まであと三分ほどしかない。いつもならこれくらいに慌てて入ってくるんだけど、シリーズもののループに嵌ってしまったのだろうか。何回かそれで来なかったし。
でも今日はこの後に一緒にカフェに行く約束をしているから、連絡なしに来ないなんてことはないと思うんだけどな。
そうして結局、授業が始まるまで美香は来なかった。一応美香の分の資料も確保しておいたけど、どうしたものか。
とりあえず連絡しなきゃとスマホの電源を入れた。メッセージアプリに何件か通知が溜まっている。美香からだろうか、そう思ってメッセージを開く。
広告ばかりで、美香からのものは来ていなかった。さすがに一言くらいは……と思いつつ、とりあえず来ていたメッセージに既読をつけていたら一件、見覚えのないアカウントから画像が送られてきていた。
スパムかなと思いつつ、画像を確認した私は、思わずスマホを落としかける。
薄暗い殺風景な部屋、その中央に置かれたソファーの上に、誰かが横たわっていた。
「……美香?」
全身に悪寒が走る。真冬に逆戻りしたように、指先から徐々に体温が奪われていった。
胸が苦しくなって、心臓の鼓動が痛い。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。変なスパムが来てたから……」
嘘だ。これは、脅迫。
『一階のトイレに入れ』というメッセージが来ると同時に、電話が鳴った。
「あ、電話……じゃあまた明日ね!」
私は大急ぎで教室を出て、通話ボタンを押す。指示通り私はトイレに入って個室の鍵を閉めた。
「……はい」
『久しぶりやなぁ、楓』
その声を聞いた瞬間、私の体は恐怖で震えた。
知り合ってすぐの頃からは想像もつかない、ほの暗いドロリとした熱を帯びた春斗さんの声。
電話越しなのに思わずそれに屈しそうになる自分がいた。今すぐに電話を切って、逃げ出したい。でも、それは絶対にダメだ。これは、もはや私だけの問題じゃなかった。
「美香は……美香は何も関係ありません」
私が巻き込んだ。そう、守られて安全な場所にいたのは私だけで、勝手に全て安全だと、そう思い込んでいたんだ。
何か言わなきゃいけないのに、言葉が思いつかない。
『あの嬢ちゃんは無事や。今は、な』
電話越しに、春斗さんが笑っているのが伝わってくる。
やっぱり私はあの日、選択を間違えたのだろうか。
昌治さんなら、絶対にこんなことしない。
「……卑怯です」
『何とでも言えばええ。俺は本気や、楓』
この状況がその証拠だと春斗さんは言った。
『そこの掃除用具入れ、開けてみ』
私は言われた通りにして個室から出て用具入れを開ける。そこには水色の傘と、ピンクのストライプのワンピースがが入っていた。
着替えて出てこいという事らしい。
確かに今日は雨で、服を変えて傘を目深にさせば、岩峰組の人はきっと私に気付かない。
その時だった、私が持っているもう一台のスマホ、組の方々との連絡用に新しく渡されていたスマホが鳴った。
『……余計なこと言うたら、わかるな?通話はこのままにしとくんや』
「はい……」
私は春斗さんが見ているわけでもないのに頷いて、電話を置いた。
もう一台のスマホをカバンから出して、電話の主を見る。大原さんだった。
『なかなか大学から出て来られませんが、まさか何かありましたか?』
「い、いえ……ちょっとお腹の調子が悪くて……もう10分くらいしたら出ますから」
とっくに講義の時間は終わっているので、事前に連絡していた時間に出てこないのを不審に思って電話をかけてくれたようだ。
『……それは失礼しました。だいたいの時間がわかったらまたそれをメールでいいので連絡してください』
「はい。わかりました……」
そこで電話は切られた。私は呆然とそのスマホを見る。
助けてほしいと言いたかった。でも、それをしても無事なのは私だけだ。美香を助ける手伝いはしてくれるだろうけど、何かがあってからでは遅い。自分だけ安全なところに逃げて、そのあと美香と会えたとしても、私はもう美香と友達でいられない。
再び春斗さんと通話状態のスマホを手に取って、何も言っていない旨を伝える。
『それでええ。西門に車停めてある。着替えたら荷物は適当なとこに置いて真っ直ぐ来るんや』
「……はい」
私は再び視線をもう一台のスマホに落とす。通話は聞かれてしまう。メールも、今状況が大原さんに伝わってしまったら、大原さんは美香より私の安全を優先して動くはず。それではダメだ。
……そうだ。
もしかしたら失敗するかもしれない。でも、何もせずに動くよりはいくらかマシな気がした。
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