36 / 132
1章
36.若頭補佐は眠れない
しおりを挟む
山野楓にフられた後の若頭の意気消沈っぷりは凄まじかった。
翌日から若頭は荒れに荒れて、少しでも機嫌を損ねようものなら、いつものが子どものお遊びに感じるレベルの制裁を食らっていたな。
ちなみに俺は若頭を諌めようと頑張った。結果、痣が増えた。
収束させようと山野楓を連れて来ようと画策した奴は、さらに酷い目に遭ってたな。
フられて落ち込んでいる。しかしその女とは会わない。むしろ怒られる……どうしろってんですか。
三日後に話を聞きつけたらしい岩峰組長……若頭の父親に、少し頭を冷やしてこいとロシア行きを命じられなかったら、今頃俺は山野楓を掻っ攫い、若頭の前にご自由にどうぞと差し出していたかもしれない。実際にそれをやってたらたぶん俺は殺されて、山野楓の方は……どうなっていたことやら。
迫田たちについては、もう語るのも哀れだな。とりあえず人間らしさ失ってた。なんなら中身も……いや、思い出さないでおこう。奴は自分の失態を自分で贖ったんだ。うん。
そんなこんなで若頭がロシアに行ったため、事務所は平和になった。
若頭の荒れようと迫田の件から、彼女に手を出そうとする奴はいなくなり、監視についても出国前に不要だと若頭本人が言ったのでなくなった。
まあ一応俺なりに彼女のことは気にかけていた。さすがにストーカーはまずいので、数日に一度、窓の明かりがついているかどうかレベルのチェックだが……
そんなこんなで、若頭が不在であること以外は特に変わったこともなく、いつも通りの岩峰組の日常が戻ってきた……ように思われた。
よりにもよって若頭がロシアから帰国したその時に、事は起こった。
物理的に頭を冷やして戻ってきたであろう若頭は、土産を渡したいからと彼女に電話をかけていた。
その時は、頭冷えただけで未練たらたらだなぁと思っていたんだが……そのすぐ後に、俺のスマホのアラームがうるさく鳴った。
山野楓に渡したあのスマホが、何かしらの強い衝撃を受けたという警告だった。慌ててパソコンを立ち上げてソフトを起動すると、スピーカーから山野楓ともう一人、知らない男の声が流れてきた。
『し、昌治さんには先月、コンビニ強盗に襲われそうになったところを助けてもらっただけです!』
『……それだけか?』
山野楓の焦るような声と、明らかな脅しを含んだ男の声。恐喝恫喝は日常茶飯事な俺でも、一瞬怯んだ。
彼女に渡したスマホは破壊されたようだし、いったいこの短期間に、彼女の身に何があったんだ!?
さすがに一般人の生活を常に盗聴はしていない。だから彼女の交友関係が変化しようが、俺の知るところではなかったのだ。
『条野、春斗って、条野ってまさか……』
「条野春斗だとっ!?」
その名前を聞いた俺は思わず叫んでいた。
一条会の会長、条野春斗。
彼の束ねる一条会は条野組の傘下ということになっているが、実際は彼のために条野組を一部解体して生まれた組織だ。
条野組の組長が妾に産ませた子供であるのにこの待遇。こちらの業界ではかなりヤバい人間として有名な人物だ。
この場にいた組員がその名前を聞いてギョッとした様子で顔を上げた。
まさか条野組の方に山野楓のことが漏れたのかと思ったが、その後の条野春斗の話を聞く限り、どうやら彼は若頭と彼女の関係を知っているわけではなさそうだった。いったいどういう経緯で、彼女はそんなのと知り合ったんだ……?
「大原さん、一条の会長がどうかしたんですか」
……そうだ、こうしている場合じゃない。どういう状況なのかはさっぱりだが、嫌な予感しかしない。
電話を終えて戻ってきた若頭に状況を手短に説明した。絶対後で若頭に殺される気がしたが、このまま全てが終わった後の方が怖い。殺される方がまだマシかもしれない。
「大原、もっと出せ」
明らかにイライラ……そんなんじゃない。低い、冷たい声。ロシアから冷気を持ち帰ってきたんだろうか。いや、五月のロシアはそこまで寒くないな……とにかく、後部座席の若頭の怒りは尋常でなかった。
「今の時間は一般人の車も多いので……」
ちょうど帰宅ラッシュの時間帯と被っている。山野楓を乗せた車もあまり急げはしないはずだ。
なんなら、俺たちが追っていることも知らないだろうから、警戒もあまりしていないだろう。
だが彼女の部屋での会話を盗聴して聞いていた感じだと、移動中だからといって安心はできない。それについては想像せず、ただ彼女の無事を祈るばかりだ。
「……若頭は、楓様を助け出した後どうするつもりですか」
これから突っ込むのは一条会の本拠地だ。下手するとそのまま抗争ということもあり得る。念のために手勢は連れてきたが、できれば派手な闘いになるのは避けたい。岩峰組も条野組も、今はそれを望んでいない。
無事に彼女を助け出したとしても、条野との間に禍根が残るのは間違いなかった。
そこまでして救出したいのか。若頭は既に彼女にフられているのである。
「お前の言いたいことはわかる。だが、俺は楓を諦めるつもりはねぇ。条野の野郎……一条会は絶対に潰す。親父に勘当されたとしても、一人で潰してやるさ」
そう言う若頭の目は据わり、この先どうなろうが覚悟はできているようだった。
「若頭ならそうおっしゃると思いましたよ……まあ、俺は若頭について行きますが」
乗りかかった船、毒を食らわば皿まで。
山野楓の何が若頭をここまで惹きつけたのか、正直なところ皆目見当が付かないが、若頭が望むのなら俺は動く。
そうして若干球を弾いたが、とにかく山野楓の救出は成功した。
一条会会長、条野春斗。噂には聞いていたが、まさかあれほどとは……
若頭の放つ威圧感とは全く異なる圧倒的な存在感。
あれは、こっちの業界にあっても異質だ。
別れ際の、あのギラついた目。
若頭に通じる何かを感じた。いや、それよりもタチの悪そうな、歪んだ何か。
あそこまで執着させるって、彼女はああいうヤバいの引き寄せてしまうなんかを持ってんじゃないだろうか?
いったい前世でどんな業を積んだらああいう星の元に生まれてしまうのだろう。
翌日から若頭は荒れに荒れて、少しでも機嫌を損ねようものなら、いつものが子どものお遊びに感じるレベルの制裁を食らっていたな。
ちなみに俺は若頭を諌めようと頑張った。結果、痣が増えた。
収束させようと山野楓を連れて来ようと画策した奴は、さらに酷い目に遭ってたな。
フられて落ち込んでいる。しかしその女とは会わない。むしろ怒られる……どうしろってんですか。
三日後に話を聞きつけたらしい岩峰組長……若頭の父親に、少し頭を冷やしてこいとロシア行きを命じられなかったら、今頃俺は山野楓を掻っ攫い、若頭の前にご自由にどうぞと差し出していたかもしれない。実際にそれをやってたらたぶん俺は殺されて、山野楓の方は……どうなっていたことやら。
迫田たちについては、もう語るのも哀れだな。とりあえず人間らしさ失ってた。なんなら中身も……いや、思い出さないでおこう。奴は自分の失態を自分で贖ったんだ。うん。
そんなこんなで若頭がロシアに行ったため、事務所は平和になった。
若頭の荒れようと迫田の件から、彼女に手を出そうとする奴はいなくなり、監視についても出国前に不要だと若頭本人が言ったのでなくなった。
まあ一応俺なりに彼女のことは気にかけていた。さすがにストーカーはまずいので、数日に一度、窓の明かりがついているかどうかレベルのチェックだが……
そんなこんなで、若頭が不在であること以外は特に変わったこともなく、いつも通りの岩峰組の日常が戻ってきた……ように思われた。
よりにもよって若頭がロシアから帰国したその時に、事は起こった。
物理的に頭を冷やして戻ってきたであろう若頭は、土産を渡したいからと彼女に電話をかけていた。
その時は、頭冷えただけで未練たらたらだなぁと思っていたんだが……そのすぐ後に、俺のスマホのアラームがうるさく鳴った。
山野楓に渡したあのスマホが、何かしらの強い衝撃を受けたという警告だった。慌ててパソコンを立ち上げてソフトを起動すると、スピーカーから山野楓ともう一人、知らない男の声が流れてきた。
『し、昌治さんには先月、コンビニ強盗に襲われそうになったところを助けてもらっただけです!』
『……それだけか?』
山野楓の焦るような声と、明らかな脅しを含んだ男の声。恐喝恫喝は日常茶飯事な俺でも、一瞬怯んだ。
彼女に渡したスマホは破壊されたようだし、いったいこの短期間に、彼女の身に何があったんだ!?
さすがに一般人の生活を常に盗聴はしていない。だから彼女の交友関係が変化しようが、俺の知るところではなかったのだ。
『条野、春斗って、条野ってまさか……』
「条野春斗だとっ!?」
その名前を聞いた俺は思わず叫んでいた。
一条会の会長、条野春斗。
彼の束ねる一条会は条野組の傘下ということになっているが、実際は彼のために条野組を一部解体して生まれた組織だ。
条野組の組長が妾に産ませた子供であるのにこの待遇。こちらの業界ではかなりヤバい人間として有名な人物だ。
この場にいた組員がその名前を聞いてギョッとした様子で顔を上げた。
まさか条野組の方に山野楓のことが漏れたのかと思ったが、その後の条野春斗の話を聞く限り、どうやら彼は若頭と彼女の関係を知っているわけではなさそうだった。いったいどういう経緯で、彼女はそんなのと知り合ったんだ……?
「大原さん、一条の会長がどうかしたんですか」
……そうだ、こうしている場合じゃない。どういう状況なのかはさっぱりだが、嫌な予感しかしない。
電話を終えて戻ってきた若頭に状況を手短に説明した。絶対後で若頭に殺される気がしたが、このまま全てが終わった後の方が怖い。殺される方がまだマシかもしれない。
「大原、もっと出せ」
明らかにイライラ……そんなんじゃない。低い、冷たい声。ロシアから冷気を持ち帰ってきたんだろうか。いや、五月のロシアはそこまで寒くないな……とにかく、後部座席の若頭の怒りは尋常でなかった。
「今の時間は一般人の車も多いので……」
ちょうど帰宅ラッシュの時間帯と被っている。山野楓を乗せた車もあまり急げはしないはずだ。
なんなら、俺たちが追っていることも知らないだろうから、警戒もあまりしていないだろう。
だが彼女の部屋での会話を盗聴して聞いていた感じだと、移動中だからといって安心はできない。それについては想像せず、ただ彼女の無事を祈るばかりだ。
「……若頭は、楓様を助け出した後どうするつもりですか」
これから突っ込むのは一条会の本拠地だ。下手するとそのまま抗争ということもあり得る。念のために手勢は連れてきたが、できれば派手な闘いになるのは避けたい。岩峰組も条野組も、今はそれを望んでいない。
無事に彼女を助け出したとしても、条野との間に禍根が残るのは間違いなかった。
そこまでして救出したいのか。若頭は既に彼女にフられているのである。
「お前の言いたいことはわかる。だが、俺は楓を諦めるつもりはねぇ。条野の野郎……一条会は絶対に潰す。親父に勘当されたとしても、一人で潰してやるさ」
そう言う若頭の目は据わり、この先どうなろうが覚悟はできているようだった。
「若頭ならそうおっしゃると思いましたよ……まあ、俺は若頭について行きますが」
乗りかかった船、毒を食らわば皿まで。
山野楓の何が若頭をここまで惹きつけたのか、正直なところ皆目見当が付かないが、若頭が望むのなら俺は動く。
そうして若干球を弾いたが、とにかく山野楓の救出は成功した。
一条会会長、条野春斗。噂には聞いていたが、まさかあれほどとは……
若頭の放つ威圧感とは全く異なる圧倒的な存在感。
あれは、こっちの業界にあっても異質だ。
別れ際の、あのギラついた目。
若頭に通じる何かを感じた。いや、それよりもタチの悪そうな、歪んだ何か。
あそこまで執着させるって、彼女はああいうヤバいの引き寄せてしまうなんかを持ってんじゃないだろうか?
いったい前世でどんな業を積んだらああいう星の元に生まれてしまうのだろう。
22
お気に入りに追加
2,728
あなたにおすすめの小説


愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!



極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる