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1章
29.お客様と夕ご飯2
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そしてこの日がやって来てしまった。
水曜日、午後六時ぴったりにアパートの駐車場に白いベンツがやってきて、後部座席に乗せられた。
「あれ?条野さんは……」
車に乗っているのは私と、条野さんの秘書の吉井さんだけだ。
「ちょっと問題が起きましてその処理をなさっています」
「そうですか」
偉い人っぽいし、色々大変なんだな。そんな人がカツアゲに逢うなんて、理不尽な世の中だ。
その後は特に会話もなく、私はぼんやり窓の外を眺めていた。
道の先にラーメン屋の看板が見えた。あれかなと思いながら眺めていたら、車はスピードを緩めることなく進み続けてその店を通り過ぎた。
「ええと、どのくらいで着きますか?」
かれこれ十五分くらい走っている。その間通り過ぎたラーメン屋の数、六軒。近場のお店を紹介してくれるものだと思っていたのだけど。
「あと十分くらいです」
それなら、そんな気にする必要ないか。
でも三十分近くかかるのか。わざわざ紹介するって、そんなに美味しいのかなそこの坦々麺。楽しみだなー、とか呑気に考えてた私はアホでした。
「え……ここですか」
店構えが、ボクは高級ですよーと露骨にアピールしている。
黒を基調にしたシンプルだけど繊細な外観。一見するとフレンチっぽいけど、入り口に下げられた赤い提灯と入り口前の竹が、どことなく中華っぽい。
これくるくる回せるテーブル系?いやいや、きっと単品の麺が美味しいに違いない。その一杯が高い気もしたけど、まあコンビニで飛ばそうとした額よりは安いでしょ。
というか服装!ラーメン屋だしそんな気取る必要もないと思って、普通に某ファッションセンターでお安くなってたワンピースを着てきてしまったのですが!
「……どうかなさいましたか?」
いかにもな店構えを前に慄いていた私を見て、吉井さんが声をかけてくる。
「いや、私てっきり一杯八百円くらいのラーメンをご馳走になるものだと……」
「んなわけないやろ」
後ろから呆れた感じの条野さんの声がした。いつの間にそこにいらしてたんですかっ!?
「そっちがええんやったら、五十回くらい奢るで。むしろ回数増え……ん?そっちの方がええか」
条野さんは真面目に悩み始めた。いや、そこじゃない。そうじゃない。
「私、その、こういうお店初めてですので、よくわからないなー、なんて」
そうだ。日々の労いってことで、吉井さんに奢りましょう!ナイスアイデア私!
「アホか。何が悲しくて男と二人でターンテーブル回さなあかんねん」
おお、これが本場の突っ込みか。なんて思ってる場合じゃない。
でも断るにしても車で三十分近くかかったし、ここまで来てやっぱり無理ですっていうのは、失礼すぎるかな。一応ご好意?だし……
「初めてなら、教えたるわ。予約キャンセルすんのも面倒やし、とりあえず中行こか」
そう言って条野さんは私の手首を掴んで引っ張る。抵抗するのも変かなと思って手を引かれるままに私は店に入った。
「おお……」
思わず声が漏れた。すごい。テレビとかで高級中華の店って紹介される系の、赤と黒が基調になった、ほの暗い静かな感じの店内だ。
くるくる回す、ターンテーブルとかいうやつが付いた丸い机が広い間隔で配置されてる。席数はそこまで多くなさそう。既に何組かお客さんがいて、みなさんちゃんとおめかししている。
条野さんは、一昨日会ったときと同じようにかっちりと高そうなスーツを着ていた。
……私の場違い感、すごいんですけど。
居心地悪くて出て行こうかなと思っていたら、案内されたのはなんと個室。中央に丸いテーブルがあった。奥には中国版屏風みたいなのが飾ってあって、個室なのに広い。なんなら私の実家のリビングより広い。
服装があれなので個室なのは嬉しいけど、なんか違う!そもそも私の想像してたラーメンをご馳走になるイメージと違う!
でもこの静かな雰囲気の中でそんなこと言えるはずもなく、私はお店の人に案内されるがままに席についた。
正面に条野さんが座って、なぜかすぐに立ち上がった。なんか不機嫌そう。あ、私の服装が場違いだと気付かれましたか?まさかこんな店に案内されると思わなかったもので……
弁明を色々考えてたけど、条野さんの苛々ポイントはそこではなかったらしい。個室の入り口にいた店員さんとなにやら話をしている。
そして机に戻ってきた条野さんは、私に席を立つように言った。
「えっと、何か……?」
「遠い」
ん?何がでしょう。
「雰囲気的にそっちの方がええかと思ったんやけど、よお考えたらターンテーブルだと遠いねん。楓さんと」
……ああ、言われてみればそうですね。
あの丸いテーブル、結構大きい。中央に回すのがあるから、思いのほか対面だと距離があった。
「別の個室で違う机用意させたから、そっち行こか」
そんなあっさりと!?
遠いとか、私は気にしませんが?あー、でも条野さんは気になるんですね。なぜかは考えませんけど。
水曜日、午後六時ぴったりにアパートの駐車場に白いベンツがやってきて、後部座席に乗せられた。
「あれ?条野さんは……」
車に乗っているのは私と、条野さんの秘書の吉井さんだけだ。
「ちょっと問題が起きましてその処理をなさっています」
「そうですか」
偉い人っぽいし、色々大変なんだな。そんな人がカツアゲに逢うなんて、理不尽な世の中だ。
その後は特に会話もなく、私はぼんやり窓の外を眺めていた。
道の先にラーメン屋の看板が見えた。あれかなと思いながら眺めていたら、車はスピードを緩めることなく進み続けてその店を通り過ぎた。
「ええと、どのくらいで着きますか?」
かれこれ十五分くらい走っている。その間通り過ぎたラーメン屋の数、六軒。近場のお店を紹介してくれるものだと思っていたのだけど。
「あと十分くらいです」
それなら、そんな気にする必要ないか。
でも三十分近くかかるのか。わざわざ紹介するって、そんなに美味しいのかなそこの坦々麺。楽しみだなー、とか呑気に考えてた私はアホでした。
「え……ここですか」
店構えが、ボクは高級ですよーと露骨にアピールしている。
黒を基調にしたシンプルだけど繊細な外観。一見するとフレンチっぽいけど、入り口に下げられた赤い提灯と入り口前の竹が、どことなく中華っぽい。
これくるくる回せるテーブル系?いやいや、きっと単品の麺が美味しいに違いない。その一杯が高い気もしたけど、まあコンビニで飛ばそうとした額よりは安いでしょ。
というか服装!ラーメン屋だしそんな気取る必要もないと思って、普通に某ファッションセンターでお安くなってたワンピースを着てきてしまったのですが!
「……どうかなさいましたか?」
いかにもな店構えを前に慄いていた私を見て、吉井さんが声をかけてくる。
「いや、私てっきり一杯八百円くらいのラーメンをご馳走になるものだと……」
「んなわけないやろ」
後ろから呆れた感じの条野さんの声がした。いつの間にそこにいらしてたんですかっ!?
「そっちがええんやったら、五十回くらい奢るで。むしろ回数増え……ん?そっちの方がええか」
条野さんは真面目に悩み始めた。いや、そこじゃない。そうじゃない。
「私、その、こういうお店初めてですので、よくわからないなー、なんて」
そうだ。日々の労いってことで、吉井さんに奢りましょう!ナイスアイデア私!
「アホか。何が悲しくて男と二人でターンテーブル回さなあかんねん」
おお、これが本場の突っ込みか。なんて思ってる場合じゃない。
でも断るにしても車で三十分近くかかったし、ここまで来てやっぱり無理ですっていうのは、失礼すぎるかな。一応ご好意?だし……
「初めてなら、教えたるわ。予約キャンセルすんのも面倒やし、とりあえず中行こか」
そう言って条野さんは私の手首を掴んで引っ張る。抵抗するのも変かなと思って手を引かれるままに私は店に入った。
「おお……」
思わず声が漏れた。すごい。テレビとかで高級中華の店って紹介される系の、赤と黒が基調になった、ほの暗い静かな感じの店内だ。
くるくる回す、ターンテーブルとかいうやつが付いた丸い机が広い間隔で配置されてる。席数はそこまで多くなさそう。既に何組かお客さんがいて、みなさんちゃんとおめかししている。
条野さんは、一昨日会ったときと同じようにかっちりと高そうなスーツを着ていた。
……私の場違い感、すごいんですけど。
居心地悪くて出て行こうかなと思っていたら、案内されたのはなんと個室。中央に丸いテーブルがあった。奥には中国版屏風みたいなのが飾ってあって、個室なのに広い。なんなら私の実家のリビングより広い。
服装があれなので個室なのは嬉しいけど、なんか違う!そもそも私の想像してたラーメンをご馳走になるイメージと違う!
でもこの静かな雰囲気の中でそんなこと言えるはずもなく、私はお店の人に案内されるがままに席についた。
正面に条野さんが座って、なぜかすぐに立ち上がった。なんか不機嫌そう。あ、私の服装が場違いだと気付かれましたか?まさかこんな店に案内されると思わなかったもので……
弁明を色々考えてたけど、条野さんの苛々ポイントはそこではなかったらしい。個室の入り口にいた店員さんとなにやら話をしている。
そして机に戻ってきた条野さんは、私に席を立つように言った。
「えっと、何か……?」
「遠い」
ん?何がでしょう。
「雰囲気的にそっちの方がええかと思ったんやけど、よお考えたらターンテーブルだと遠いねん。楓さんと」
……ああ、言われてみればそうですね。
あの丸いテーブル、結構大きい。中央に回すのがあるから、思いのほか対面だと距離があった。
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