お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

20.解けない誤解とヤクザさん4

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迫田さんがハッと顔を上げる。
音のした方を見ると、立て付けの悪そうな古いドアが凹んでいた。え、どんな力かけるとそうなるの?
もう一度、同じ音がして、ドアが吹っ飛んだ。
ガンっと音を立てて、もはやドアと言い難いそれが床に倒れる。

「お、大原、さん……?」

思わず、疑問形になってしまった。
だって普段の大原さん、いかにもヤクザっぽい見た目だけど物腰柔らかいから、それっぽいだけの人だったのに、今の大原さんは強面スキンヘッドのガチのヤクザだ。別人レベル。

「迫田、井上、手前ぇら何してんだ?」

ひぃぃっ!私に向けられたんじゃないのに、その圧で鳥肌立った。やっぱり、ちゃんとヤクザさんなんですね……

「大原の兄貴っ……」
「兄貴、これは、ちょっとアレです。指導とい言いますか……」
「ああ?」

低っく!声低っ!どこから出せるのその低音っ!
違う恐怖でビビっていたら、ハサミが肌を離れて……顔面に来た。

「ふぉがっ!」

変な声出た。やめて、そんな物騒なものを物騒な扱い方しないでっ!

「それ以上近付いたら嬢ちゃんの顔切るで!そうなったら兄貴もタダでは済まんやろ?」

私の方にゆっくり近付いてきていた大原さんは、そこで足を止めた。
そしてこの上なく長ーい、重ーいため息をついて迫田さんを睨む。
私だったら地面にひれ伏して泣き叫びながら詫びるな。おかしい、目の前のハサミより怖いかもしれない。

「……若頭のオンナに手ぇ出すたぁ、救いようの無い馬鹿だなお前ら」

そう言って大原さんはこの状況で、ニッと笑った。口元だけで目は一切笑ってないけど。なんなら目は直視できないレベルなんですけど。
っていうか大原さん、ついに言いましたねそれ!大原さんに言われてしまったらもう逃げ道ないじゃ無いですか!
驚いていいのか怯えてればいいのかわからないでいたら、大原さんは私の方を見た。
困ったような表情。目も、いつもの大原さんだ。

「楓様、あのスマホは携帯して頂かないと困ります。ジーピ……いえ、何かあった時に連絡が取れないのは不便でしょう」

今ちょっと聞き捨てならない単語が聞こえてきたんですが。まさか大学で私がどの辺りから出てくるかわかってたの、それでですか?グローバルにポジショニングするシステムですか!?
追い討ちをかけるように大原さんは私の方を見て意味深な笑みを浮かべると、再び迫田さんと井上さんを見た。表情の変化、一瞬すぎる。

「とりあえず迫田、歯ぁ食いしばっとけよ?」

大原さんが一気に間合いを詰めた。
そしてブワっと風が吹いて、なにかが折れたっぽい音に続いて、呻き声がした。
さっきまで目の前にあったハサミが宙を舞って、ごちゃごちゃしている机の間に落ちていく。大原さんが、迫田さんはハサミを持つ手を蹴り上げたっぽい。よくあんな脚上げられるなぁ。
同時にバサッと、大原さんの上着が私の方に降ってきた。紳士か、大原さん。
そしてその高く上がった脚を下ろしざまに、迫田さんの右肩に思いっきり踵を落とした。
短い悲鳴をあげた迫田さんは苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ちた。
大原さん、容赦無い……いや、まあ、すっきりしたよ。もう十分ですありがとうございます。上着もありがとうございます。見苦しいものをお見せしてどうもすみませんでした。
心の中でもういいですよー、と言ってみたけど、通じるわけないよね。知ってた。
続、ドガっと鈍い音。

「井上ぇ、状況を説明しろ」

大原さんが迫田さんの横腹を蹴っていた。
迫田さんは壁の方まで飛ぶ。

「俺は反対したっす!でも兄貴には逆らえなかったんすよ!」

見事なまでの変わり身の速さ。縋るような目で見られて哀れだなぁとは思うけど、許してないからね?

「弁解なら後でじっくり聞いてやる。まず状況説明しろつってんだよ」

そう言って井上さんは大原さんの蹴りをみぞおち辺りに食らっていた。痛そう。てかみぞおちって急所では。
というか大原さん、単身でここにきたの?お一人であのドア、文字通り蹴破ったんですか。

「すんません!すみません!今月俺ら厳しかったんっすよ!それで若頭のオンナ利用して評価上げようとして、裏切られないように写真を……グフッ」

大体喋った辺りで、井上さんは静かになった。
迫田さんと井上さんがノックアウトしたところで、大原さんはくるりと私の方を振り向く。

「ウチの馬鹿どもが迷惑をおかけしました」

そう言って大原さんは私の猿ぐつわを解いて、どこからか取り出した見覚えのあるナイフで私の手首を縛っていた縄を切ってくれた。

「あ、ありがとうございました……」
「こちらの監督不行き届きです。楓様につけていた監視が迫田の馬鹿の部下にやられていて、助けが遅れてしまいました」

ん……?監視されるの終わったんじゃなかったっけ?

「若頭が楓様を無防備で放っておくわけないじゃないですか」

私の表情から察したのか、大原さんは真顔でなに言ってるんですかと言いたげである。というか、聞き間違いと思いたかったけど、やっぱりそうなんですか。
助けられた後なのに、冷や汗がダラダラ背中を流れてる。おかしいな、もう安心していいはずなんだけどな。

「もう隠すだけ無駄かと思いまして。むしろ覚悟のほど、よろしくお願いします」
「覚悟って何の……」

嫌な予感しかしない。振り向いて大原さんの顔を見ると、悟りの境地に至ったような微笑みを浮かべていた。
いや、あり得ませんて!私なんか釣り合いませんてば!
そう口にしようとした、その時だった。
大原さんが蹴り破り、もはや何もない入り口から誰かがやってきた音がした。そして……

「楓っ!」

名前を呼ばれたと思ったら、その人物に思い切り抱き締められる。あの、痛いんですが……そしてあなた様はまさか、まさか……
さすがに呼吸が苦しくなってその人物を押す。
あーっと、やっぱり、岩峰さんでしたか……
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