お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

27.怪我人は突然に3

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同じように雑炊を作り終えてよそったところで、条野さんが戻ってきた。心なしか嬉しそうに座布団に座って、お茶碗を持った。

「お迎えにきてくださる方と、連絡は取れましたか?」
「大体の場所伝えたら、あと十五分くらいで来れる言われたわ。楓さんには悪いんやけど、それまでここにおってええか?」
「構いませんよ。よかったですね、お迎えがあって。ご家族の方ですか?」
「んー、まあ、そんな感じや。にしてもこれ、さっきのと違うな」
「あ、苦手でした?」

野沢菜が苦手という人はいる。私はけっこう好きだけど、同じ味の方が良かったかな。

「いや、美味いで。ほんま、ありがとな」

そう言って、条野さんは人懐っこい笑みを浮かべた。愛嬌のある顔と相俟って、見てて癒される。美香が好きそうなタイプだなぁ。

「……そうだ、条野さんはどうしてあんなところにいたんですか?それに怪我も」

そう尋ねると、条野さんは雑炊を食べる手をいったん止めた。

「カツアゲに遭ったんや。撃退したんやけど、人数多くてなぁ。そいつらが逃げてったあとに近くの細い道で休んどったら、楓さんが見つけてくれたわけや」

おお、カツアゲ。この辺でそんなことあるんだ。物騒だなぁ。

「そういうことですか。災難でしたね。でも、撃退するってすごいですね。なにか武道とかやってたんですか?」
「……大学ん時、合気道やっとったんや」

おお、合気道。カッコいい。
条野さんはそこで再び雑炊を食べ始める。
私が一杯食べ終わる間に、条野さんは鍋を空にしていた。
「ご馳走さん。美味かったわ」
そう言って条野さんは片付けを手伝おうとしてくれた。でも、怪我人にそんなことさせられませんて。お気持ちだけで十分です。
片付けと言っても、お茶碗とスプーン二つとおたま、米粒一つ残さず綺麗にさらえられた片手鍋を洗うだけなのですぐに終わった。

「いきなり悪かったなぁ。夕飯までご馳走になってまって」
「怪我してる人を放ってはおけませんよ。それより、そんな大怪我じゃなかったみたいで、よかったです」
「唾つけとけば治る言うたやろ。まあでも、あのまんまあそこにおる何倍もええ。ありがとな」

そう言って条野さんはニッと笑った。いやほんと、人懐っこい中型犬みたいな人だ。頬が腫れてなかったら完璧。
犬といえば、昌治さんは犬というか狼みたいな人だったなぁ……って、なぜここで昌治さんがっ!

「……どうしたん?」
「い、いえ!何でもないですよ!?」

条野さんは突然頭を抱えたであろう私を怪訝そうに見ながらも、それ以上は特に尋ねてこなかった。

「せや、お礼に今度は俺が夕飯でもご馳走させてもらうわ」
「え、いいですよお礼なんて。大したことしてませんし」

雑炊はタダみたいなものだ。それに来客が来ると部屋が(必然的に)綺麗になる。むしろあのまま条野さんを放っておいた方が、私の精神衛生上よろしくなかった。

「楓さんがよくても、俺がよくないねん。借りを作っただけなんて、男が廃るわ」

そこで条野さんは立ち上がる。手にしたスマホが振動していた。

「お迎えの方ですか?」
「近くに来たみたいやな」
「よかったですね。あ、駐車場まで送ります」

よかった。これで今夜は安心して寝られる。うん、いいことするのは気分がいいなぁ。
条野さんが階段を降りるのにちょっと手を貸しつつ、私は駐車場に停まった見知らぬ白い車を見ていた。
あれがお迎えの車かな……って、ベンツだ。車の先っちょのあのシンボル様は間違いなくベンツ。
真っ直ぐ条野さんがそのベンツの方へ向かうので、やっぱりかと思っていたら、運転席から若い男の人が出てきた。

「あなたが楓様ですか。この度はどうも、ありがとうございました」

礼儀正しく頭を下げた男の人は吉井さんと言うらしい。条野さんとは逆にちょっとお堅そうな感じの人だ。
苗字違うし、ご家族ではなさそう。

「か……この方の部下です。秘書のようなものですよ」

秘書、もしかして条野さんってどっかの企業の偉い人?でも、なんでそんな人がこんなとこでカツアゲに遭ったんだろう。

「この辺にもウチの事業広めようと思っとてな。関東への足がかりや」

不思議そうにしてたら答えてくれた。そうか、視察みたいなものか。

「ほな、今日はありがとな。助かったわ」

そう言って条野さんはベンツの後ろに乗り込む。
吉井さんが扉を閉めて、運転席に乗った。
エンジンがかかったところで、条野さんの座っているところの窓が開いた。手招きされたので、なんだろうと近付いたら、手首を掴まれる。
強めに引っ張られて、気付けば私の肩の辺りに条野さんの顔があった。あの、近いです。
角度的にちょうど腫れた頬が見えない。ほんと、整った顔してる。私が美香だったら、たぶん変な声あげてた。

「ホンマはもうちょいおりたかったんやけどな。適当に夜、空けといてや」

耳元で囁かれて、自然と体がブルっと震えた。え、何事?
そこでパッと手を離されて、私はちょっとよろめいた。

「ほな、またな」

爽やかにそう言い残し、条野さんを乗せた車は出発した。

「……大人だ」

たぶん普通の男、寺田君とかが同じことやっても気障ったらしく見えるだけだろう。見た感じ実年齢より若く見えてるのに、様になっている。イケメンプラス大人の余裕、強い。
白いベンツが角を曲がっていったのを見送ったときだった。
新しい出会い。
そういえば、美香とそんな話をしていたな、ということを不意に思い出した。
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