お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

16.解けない誤解とヤクザさん

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美香に相談?をしてから二日後、なんとコンビニ強盗は逮捕された。違うところで無銭飲食をして捕まったらしい。先程コンビニの店長から連絡があった。
大原さんにお伝えすべきかな?あ、でも既に知ってそう。だから今日であの護衛っぽいのも終わりか。
とりあえず私はバイトに行かなければならないのでメールだけ送って、アパートを出る。
「ああ、楓様」
アパートの駐車場を出たところで、私はその大原さんに呼び止められた。
「おはようございます。えっと、強盗のことですか?」
大原さんは頷いた。
「はい。既にご存知とは思いますが、例の強盗が逮捕されました。ですので楓様に付けさせていただいていたウチの者を下げますが、よろしいですか?」
「はい。もちろん。そうだ、このスマホお返ししますね」
私はカバンからシルバーのスマホを取り出した。強盗が捕まったんだし、もう関わることはない……のかな?あれ?でもあれが、岩峰さんと肉まん……
「……何か?」
スマホをカバンから出した姿勢でフリーズした私を見て、大原さんが怪訝そうに言った。
「えっと、その……岩峰さんのことなんですが……」
岩峰さんと聞いて、大原さんが微妙な顔をした。
「若頭が何かしましたか?」
「その、私がバイトしてるコンビニに岩峰さんがこの頃よくいらっしゃるんですが、なんでですかね……?」
言っててだいぶ恥ずかしい。あらぬ想像を思い出してしまった。いや、二日前にメールで岩峰さんの好物は聞いた。直接聞いた方が納得できる。色々と。
「ああ、それはですね……どうも、コンビニの肉まんを気に入ってしまったみたいなんですよね」
ははは、と大原さんは乾いた声で笑う。あの、笑い事じゃないんですが。
ああ、でも本当に肉まん好きで買いに来てたのか。美香が変なこと言うから、すごく恥ずかしい勘違いと質問をしちゃったじゃないか。
想像の通りじゃなくてほっとした。でもなんか、こう……違和感?いやいや、んな訳ない。言質は取った。メール含め二度も言質取った。モヤっとするのは気のせいだ。ヤクザと肉まんという組み合わせがシュールなだけ。きっとそう。
「楓様のおっしゃりたいことはよーくわかります。ですが、私に若頭を止める力はないんですよねぇ」
よーくの部分、妙に力こもってたなぁ……まあこの人は苦労してそう。まさか大原さんがスキンヘッドな理由って……うん。ヤクザさんも大変だ。
「でもその、コンビニに来られるとちょっと業務に支障が……」
ヤクザのお客さん自体は珍しいわけではない。それっぽい人はたまに来てた。今思えば岩峰さんのところの若い人だったのかな。だからヤクザさんがコンビニに来ること自体はまあ、仕方ないかなと。
でも岩峰さんは別格というか、ヤクザさんで若頭の威圧感は半端ない。他のお客さんが逃げてしまう。
「以前に下っ端に行かせればいいのでは、とやんわりお伝えしたんですが、結果この状況です」
うん。何も変化はないですね。
「岩峰さんって、そんなに肉まんお好きなんですか?」
「……まあ、ウチの事務所の冷蔵庫に常備するくらいですかね」
常備、相当ですね。
でも常備してあるならわざわざ買いに来る必要ある?確かにコンビニで買ってすぐ食べる肉まんは美味しいけど。今のご時世、冷凍肉まんとかすごく美味しいのありません?
「若頭、一度ハマると執着しがちなので」
そういうものなのか。
そう言って大原さんがついたため息は、今まで聞いたため息の中で一番重かったかもしれない。
「というわけで、すみませんがご容赦を……そして楓様に販売していただけると我々としても助かります」
岩峰さん本人も、威圧感放ってる自覚はあるんだろうな。だから事情というか、岩峰さんを知ってる私に売ってもらう方が気が楽で私のいるときに買いに来てるのか。
岩峰さんにとって私、肉まんの自動販売機みたいな感じなのかな?あー、そう思うと気が楽かも。
「岩峰さんの中のブームが過ぎ去るまでってことですね」
「はい、そうなりますね……」
なぜか大原さんの声が重々しい。そんなに続く感じですか。
「ああ!そうでした。これ、お返ししますね」
私は手に持ったままだったスマホを大原さんに差し出した。今後はこれから持ってても特に連絡する用事も勇気もないので。
そう思いながらスマホを差し出していたのだけど、一向に大原さんは受け取ろうとしない。なぜ。
「いいですよ。楓様がお持ちください。どうせウチじゃ使いませんから、楓様のサブのスマホにするなりしてください。若頭のことでしばらくはご迷惑をおかけしますから、そのお礼と言いますか……何かあった際の連絡用にもなりますし。ちなみにあと半年くらいでSIMカードの契約切れますので、新規の契約等はご自由にどうぞ」
そうなの?まあ、そういうことなら……
とりあえず部屋に置いておけばいいかな。ゲームとかそんなにしないし、一台あれば十分だけど、保険に持っとくのはいいかも。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。今までありがとうございました。そろそろバイトに行くのでこれで失礼します」
「いえ、こちらこそ色々とご不便をおかけしすみませんでした……お気をつけて」
「はい。ありがとうございます」
私は大原さんに頭を下げた。
ちらっと見た大原さんの目が、哀れな小動物を見るような目をしていたのは、気のせいだよね。
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