お客様はヤのつくご職業

古亜

文字の大きさ
上 下
14 / 132
1章

14.ヤクザさんはお客様3

しおりを挟む
岩峰さんに肉まんを差し上げてから、なぜかほぼ毎日のように岩峰さんがコンビニに肉まんを買いに来るようになった。
そんなに気に入ってくださったのでしょうか。まあ、美味しいですけど。
でもなぜか、私がシフトに入っている日しか来ていないそうだ。そしてそうなると必然的に、私が岩峰さん担当みたいになった。解せぬ。
あれかな、顔見知りの方が買いやすいのかな?確かに岩峰さんみたいな立場だとコンビニとか来づらいのかもしれない。そう思おう。そうに違いない。
そういえばまた、監視の担当の人が変わった。せっかく直したのにな、鶴田さんのコートのボタン。まあ皆さん忙しいんですよね。
でもここ最近はもうコンビニ強盗の話題も下火になってきてるし、私なんかを襲うなんてこと起こらない気がする。だとしたら監視、いらないと思うのですが。
監視自体は必要かなと思っていたから不快ではなく、むしろありがたくはあった。
でもそろそろ申し訳ないし、大原さんに大丈夫ですってお伝えしておこう。メールでいいかな。

「楓、昼は学食行かない?」

大原さんに送るメールの文面を考えていたら、ゼミに行っていたはずの美香が戻ってきていた。

「ゼミはいいの?」
「教授が午後から出張らしくて今終わったんだー。というわけで暇になったから付き合って」
「はいはい。ちょっとメールだけさせて」
「……あれ?スマホ変えたの?」

あ、しまった。普通に使ってしまった。

「古いの貰ったんだ。この前帰省したとき」
「ふーん。いいなー、二台持ち」
「そ、そうでもないよ?」

だってこれ、ヤクザさんとのホットラインだよ?なんつーものを大学に持って来ているんだとは思ってるけど、せっかくお借りしてるので持っていた方がいいかなと。
何かあった時困るし。



「え?コンビニのお客さんが気になる?」

昼休みに学食でご飯を食べながら、私はなんとなく美香にここ最近のことを話してみることにした。もちろんヤクザとかは言わないけど。

「うん。まあ」

スプーンでカレーを掬った状態で、美香は固まった。

「これまで浮いた話一つなかった楓に?ようやく楓に春が来た感じ?」

美香はスプーンを皿の上に置いて、私の方へ顔を近付ける。ん?なんか勘違いされてないか?

「いや、春って何?私は別にその人が好きとかじゃなくて、なんか気になるというか……」

私は美香にコンビニによく来るお客さんがいるんだけど、と話をする。

「え、それ絶対楓に気があるんじゃない?だって楓がシフトに入ってる時しか来ないんでしょ?」
「他のバイトの人に聞いてみた感じはそうみたいなんだけど、それ自体は珍しくないよ。ほら、ウチのコンビニのシフト曜日固定だから、そういう習慣の人とかだと毎週会うというか……」

実際、毎週同じくらいの時間に来るお客さんは多い。来ないとむしろ、今日は来ないねーという風になる。

「じゃあ何で気になるの?」
「その人とはちょっと接点があるというか、常連さんじゃなくて、知り合った後から来るようになったんだよね」
「なにそれ。やっぱ絶対楓に会いに来てるって、その客」

え、そうなる?

「普通に考えたらそうじゃない?」
普通に、考える……?

「例えば、私がバイトしてる喫茶店に、私がバイトに入ってくる時だけ来るお客さんがいるって言ったら、楓はどう思う?」
「店のコーヒー気に入ったのかなって思う」
「……」

あれ?なんか呆れられてる?だってお店にわざわざ来るってそうでしょ。

「……うん。楓は、そのままでいいと思う。ごめん私が悪かった」
「絶対そう思ってないでしょ。え、そんなに変?」
「素直というかなんというか……じゃあ逆に、楓に好きな人がいたとして、バイト先とシフトがわかってたら行きたいでしょ?その人がいるときに」

まあ、そうかも。そうかもっ!?え……は?いやでもそんなわけない。だって岩峰さんヤクザだし。私みたいなのを眼中に入れる意味がなくない?

「え、そんなあり得ない感じなの?」
「だって変わった人だし、住んでる世界が違うというか」
「でもさ、通われてるのは事実なんでしょ?」
「通うって……言い方!」

いつの時代だ。
ていうか……え?そういう認識になるのかこれは。
ちょっと思い返してみよう。
えーと、迫田さんを殴った、たかが小娘一人のために人手を割いて見張りを付けた、目が合うと逸らされる、下の名前で呼べと言った、私がバイトをしている夜にだけ肉まんを買いに来る……
ん?私のためにわざわざ……?私の、ために……?それはまさか……いやいや。
強盗が逆恨み的な感じで私を襲うかもしれないから、強盗を確保したい岩峰さんたちがそのオマケで、私の護衛みたいなことをしてくれているだけだ。
だから、そんなわけない。そんなはず……ない、よね……?
心臓がドクドクを通り越してバクバクしている。
自意識過剰すぎかな?いや、でも……考え出したら止められない。

「……んで?そのお客さんってどうなの?」
「どうなのって……」

思考がまとまっていないんだけど……

「決まってるでしょ。カッコいいのかどうなのか聞いてるの」

んーと、岩峰さんの顔……?強面プラス威圧感で怖い顔。目付きは氷のナイフで、表情はいつも気難しい不機嫌な感じ。
……あれ?人の顔に対して思うの非常に失礼と思うけど、カッコいい点あるのかこれ。

「微妙なの?だったらまあ、楓が悩むのもわかるけど」
「いや、そうじゃなくて、微妙とかそんなものじゃないというか……」
「逆なの!?そんな悩むくらいのイケメンなの!?」

そう言えばこの子、面食いだった。夏休みの予定はアイドルグループ追っかけ遠征とその軍資金集めのバイトでほぼ埋まってるんだっけ。

「美香好みの顔ではないと思うけど……」
「あ、そうなの」

そこでスッと岩峰さんの顔面に対する興味がなくなったらしく、美香のテンションが2割くらい下がった。わかりやすい。
まあ事実、美香の好みは恋愛ドラマに出てくるような甘いマスクの美男子だ。岩峰さんとは真逆である。

「楓的にはその人どうなの?アリなの?」
「え、アリかナシかって言われても……」

判断する以前の問題というか、住む世界が違うというか、私ごときが判断するのは烏滸がましい気がするんですよ。

「ナシだったらさ、はっきり言った方がいいんじゃない?」
「まあそうだけど、はっきり言えたら苦労しないというか……」

ヤクザ、というか岩峰さん相手にハッキリ言う勇気があったら、コンビニ強盗の時に自力でなんとかできてた気がする。
アリかナシかの問題じゃなくて、そもそもありえないと思うの。

「てか楓って結構シフト入ってるよね。しかも夜。そんな毎回、そのお客さん何買ってくの?」
「……肉まん」
「肉まん?」
「なんか、大好きみたいで」

そう。毎回来ては肉まんを買って帰っていく。この頃はレジに直行してきて肉まんを買って帰られるので、滞在時間はかなり短くなった。

「まあ、そこは個人の好みか……そういえば昨日、近所のスーパーでヤンキーっぽい兄ちゃんが買い物かごに6パックくらい肉まん入れてたなぁ。それ見てたら私も食べたくなって買っちゃったし」
「まあ、肉まんは美味しいからね」

そう、岩峰さんが好きなのは肉まん。私なわけがない。うん。
しおりを挟む
感想 244

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...