お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

32.お出かけはとある町2

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目の前で、栗毛のポニーがボリボリと音を立ててニンジンを食べている。私の持つニンジンの入った紙コップ目当てに、別の大きい馬が近寄ってきた。その子にもニンジンを差し出す。

「可愛いなぁ君ら」

柵から顔だけ出してニンジンを食べている。たてがみがもふもふだ。触りたいけど、ニンジンと間違われて食べられたら怖いしなぁ……

「馬、好きなんか?」

ポニーのどこをどうモフるか脳内シュミレーションしていたら、後ろにいた春斗さんが紙コップから一本ニンジンを抜き取ってペン回しみたいに回し始めた。器用ですね。

「可愛いですよね」
「うーん、知り合いが馬主やっとるせいで、どうもなぁ……」

競走馬には向いてない、遠くのあいつは引退した馬だ、というどういう目線かわからない返答をされた。
というかお知り合い馬主?馬主ってあれですか。お馬さんレースに出るような馬を所有するお方ですか。

「むしろ楓はどこを見とるん?」
「馬のというか、こういうもふ……ふさふさしてるところを……」

さすがにもふもふという言い方はどうだろうと思って訂正したけど、大差なかった。
でもまあ、もふもふは正義とはよく言ったものだ。
もふもふは可愛い。可愛いは正義。

「ライオンとかは?」
「ああ、いいですよねあのたてがみ」

叶うなら埋もれたい。
でもライオンの方が馬より怖い。肉食だし……肉食……肉まん……
おかしいおかしい!違う、肉まんの君は無関係っ!
なんか今日はいつになく頭がおかしい。
ゴリラを見て迫田さんを思い出し、昌治さんへ。
ハゲタカ見たら大原さんからの昌治さん。オオカミがいたのでそのまま昌治さん、トラを見てたら威圧感すごいところから昌治さん。
なんで?なんでっ!?
頭が勝手に連想ゲームを始めて、全部昌治さんに行き着く。
自分で自覚はある。ほんとに今日は頭がおかしい。
一緒にいるのは春斗さんなのに、意識するたびに逆に昌治さんのことを思い出してしまう。

「なんか今日変やな。もしかして体調悪かったんか?」
「いえ、体調は悪くないです」

頭が、悪いです。
さっき、馬は平穏に眺めていられた。もふもふの国に意識を逃亡させることに成功したからだろう。そうでもしないと、今日は思考があらぬ方へ行ってしまう。
せっかく一緒にいる春斗さんにも申し訳ないし。

「まあそろそろ閉園やし、出るか」
「そうですね」

陽は傾いて、すっかり暗くなっていた。

「そういえば、夕ご飯どうします……?」

出口の方へ向かいながら、私は春斗さんに尋ねる。
その辺りで食べればいいかと夕ご飯についてのプランは立てていなかった。動物園を出た辺りにも飲食店はけっこうあった。なんなら食べずに解散でもいいけど、たぶん春斗さんはどっかで食べる気だろうし……

「楓の食べたいもんならなんでもええ」

うーん、私が今そんなにお腹空いてないからなぁ……

「私は特に……これといったものはないですね」

逆に春斗さんの食べたいものを尋ねた。一応、変に高級なものはやめてほしいと釘は刺しておいたので、ぶっ飛んだものにはならないと思うけど。
春斗さんはしばらく悩んで、思い出したように言った。

「ああ、あの雑炊」
「えっ?」

雑炊?雑炊専門店なんてこの辺にありましたっけ。

「あれや、楓が作ってくれたやつ」

私が作った……あ、あれか。あの手抜き料理。

「試しに楓のコンビニで買うたので作ってみたんやけど、違うんよ。あれ、食べたいわ」
「あれですか?そんなのでよければ作りますけど……」

雑炊ですよ?あの時は怪我人でも食べやすいかなと思ってのチョイスだったけど、どっちかというと〆じゃないですかね?
まあ、作りますけど。私はそんなにお腹空いていないし、ちょっと食べるのにはちょうどいいかな。
それに、奢ってもらうばっかりっていうのも申し訳ないから、その方がいいかも?

「決まりやな」

嬉しそうに春斗さんは笑った。
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