お客様はヤのつくご職業

古亜

文字の大きさ
上 下
18 / 132
1章

18.解けない誤解とヤクザさん2

しおりを挟む
強盗が無事捕まって、平穏な日々が戻ってきて一週間が過ぎた。
振り返っても誰もいない。ずっと人に見られてるって、案外ストレスだったらしい。なんだ気分がすっきりしている。
そしてこの頃、岩峰さんがコンビニに来なくなった。忙しいのかな?それとも肉まんブームが過ぎ去ったのか……
とにかく、ここ最近はとても平和。というか平穏だ。ゴールデンウィークも近いし、美香と遊びに行く予定でも立てようかな。
そう思いながら呑気にしていた大学からの帰り道、私は突然腕を掴まれて、すごい力で路地裏に引っ張り込まれた。
これまずい……咄嗟に叫ぼうとしたら、口を塞がれて、ついでに体がちょっと浮いた。

「久しぶりだな嬢ちゃん」

すぐ近くから聞こえてきたのは、ドスの効いた低い声。
……久しぶりと言われましても、聞き覚えがないのですが。
顔を確かめようにも、私を捕まえてる人の力が強くて、ほとんど体が動かせない。

「ちょいと一緒に来てもらおか」

一緒に来るじゃないですよねこの状況っ!?物申したいけど、口が塞がれててモゴモゴなるだけだ。そして頭に何か、布袋みたいなのを被せられて周りも見えなくなる。
被せられる時に、ちらっと私を捕まえてる人と別の顔が見えた。
頬にざっくりと切られたみたいな傷跡、非常に悪い目付き。
あ、あっれー?ヤクザさんとは縁が切れたものと勝手に思ってたよ?
びっくりしてたら袋の口で口を縛られてしまった。
そしてそのまま路地裏を歩かされる。前見えなくてめっちゃ怖いんですけど!何度かコケそうになるたびに舌打ちされながらも支えられる。いや、コケそうなのはあんたらのせいだからね?
イラつきながらも逃げる事ができず、私は引っ張られるままどこかを歩く。
そして背後で扉の閉まる音がしたと思ったら、椅子っぽい何かに座らされる。
背後で手首を縛られたと思ったら、急に視界が明るくなった。口も動く。
叫んで助けを求めたかったけど、床にハサミとかアイスピックが落ちているのが見えて、グッと堪えた。変に暴れたりしたら……想像もしたくない。
とにかく大人しくしなきゃ。このヤクザさんたち、多分私に怪我させようというつもりはないんだと思う。どうでもよかったら、ここまで来る間に何回か転びそうになったのを支えてくれたりはしないはずだ。
私は大きく息を吐いて、周囲の様子を見た。
誘拐犯たちは私の背後で何やらガサゴソと探し物をしているようで顔はわからない。
とりあえず私のいる場所は……使われてなくなった昔の会社の事務所って感じだ。窓は外から見られないようにだろう。ダンボールや新聞紙で覆われていた。

「もうちょっと叫ぶなり抵抗するなりするかと思ってたが、大人しいんだな、嬢ちゃん。慣れてんのか?」

いや、こんな状況に慣れてる人、普通いませんから。単にビビって声が出てないだけです。
それまで私の背後にいた誘拐犯の一人が私の前に立つ。
ガタイのいい、黒服の強面の男。

「……さ、迫田さん?」
「覚えとってくれたんか。説明の手間が省けるな」

忘れるわけがない。岩峰さんに助けられた翌日、なぜか住所が特定されてて恐怖で逃げた私がぶつかってしまったあのヤクザさん。
いや、あの時は本当にすみませんでした。私がぶつかってしまったばっかりに指と手がさよならしかけましたもんね。ほんと、全面的に悪いとは思っていませんが、責任の一端はあると思ってます。
え、まさかあの時の恨みとかですかっ!?

「す、すみませんでした!あの時のことですよね?」

先手必勝。先に謝る!

「私が先にぶつかったんですもんね!すみませんでした!」
「いや、あん時は確かにイラッとしたが、あんなもん大したことない」
「まあ、殴られて踏まれるはよくあることっすから。ウチの若頭、気ぃ短いんで」

もう一人、私に袋を被せた方のヤクザさんが顔を見せる。まあ、その頬の傷を見るとそうなのかもと思えてしまう。むしろその傷どうしたんですか。

「大原の兄貴の方があん時はおっかなかったわ」
「指紋認証できなくなるのは困りますからね」

いや、そこですか?指紋認証より大事なものありません?

「念のために足の指で登録しとるやつもおるしな」
「足の指いけるんすか?俺普段顔認証なんすけど、今度登録しときます」

ほら、顔の形って安定しないじゃないですか、と笑う男と迫田さん。
笑っていいのかこれ。え、ヤクザリアンジョーク?ここ笑うとこ?顔が安定しないって何?てか私はなぜこんなところでヤクザ流の冗談を聞かされているの?
コンクリート?トーキョーワン?ジョーノーキン?
繰り広げられるヤクザ流ブラックジョークに耐えきれなくなった私は、会話の隙間に滑り込む。

「あのー」
「ああ?」

会話の邪魔になりましたね。自覚ありますよ。でも凄まないでください!目的忘れてませんか?

「わ、私がここに連れてこられた理由って、何です?」

勇気を振り絞って私は言ったよ。怖かったけど、ちゃんと言えたよ!

「そうやったな」

……忘れられてたんかい。

「お嬢さんにお願いがあるんすよ」
「え、私に、お願い……?」

ヤクザさんが、私にお願い?え、ちょ、怖いんですけど。何で?
肉まんなら売りますよ?仕事なんで。
いったい何を言われるのかと身構えた。迫田さんの顔が近くなる。

「だって嬢ちゃん、若頭のオンナやろ?」

……は?
しおりを挟む
感想 244

あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...