お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

34.ヤクザさんの電話2

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目を逸らそうにも、顎を掴まれているせいで1ミリも動かせない。

「それとも他んとこの回しモンか?岩峰やないなら、遠野か?柳の爺ぃんとこか?」
「ち、違います!全然知りません!昌治さんには先月、コンビニ強盗に襲われそうになったところを助けてもらっただけです!」

嘘はついていない。春斗さんはなぜか昌治さんのことを知っている。騙す意味がなかった。

「それだけか?」

私の顎を掴むこの男の人は、本当に春斗さんなの?
この感じ、どう考えてもヤク……
そこで私はハッと気付いた。というか、思い出した。

「条野、春斗って、条野ってまさか……」

コンビニ強盗について大原さんから聞いたとき、確か……

「その感じやと、全然知らんかったんか?まあ、どっちにせよ色々と話、聞かせてもらわんとアカンなぁ」

ニヤリと春斗さんは笑う。こんな表情で笑う春斗さんを、私は知らない。

「話は別んとこで聞かせてもらおか。安心しぃ、大人しく言うコト聞いてくれれば、痛いことはせぇへん」

そう言って春人さんはツーっと私の首筋を撫でた。場の雰囲気にそぐわない、触れるか触れないかという優しい手付きに、ゾクリとした。

「ホンマはな、ゆっくり距離詰めてこうと思っとったんよ。本気やったからな。ちゃんと段階踏んで、楓の恋人になりたかったんよ。でもなぁ、こういうの、俺の性に合っとらんかったみたいやわ」

春斗さんはポケットから自分のスマホを取り出した。
どこかに電話をかけようとしている。止めないといけないのはわかっている。でも、手が動かない。
電話に向かって春斗さんがなんと言ったのか、全く頭に入ってこなかった。

「ほな、行こか」

いつもと同じ口調なのに、同じ声なのに、その後ろにある逆らえない何かが私の足を勝手に動かす。
ついて行っちゃいけない。頭はガンガン警鐘を鳴らしているのに、怖くて、わけがわからなくて、止められない。
春斗さんは私の両肩を掴んで、私の後ろをついてくる。すぐに振りほどけそうなほど軽く掴まれているのに、歩く以外の動作をすることさえできなかった。
駐車場に着いたとき、ようやく我に返った私は肩に置かれた手を振りほどくことができた。とにかく、どこかに逃げようと一歩踏み出したけど、すぐに腕を掴まれる。

「どこ行くつもりや?」

逃がす気はない、口の形だけでそう言った春斗さんは、逃げ出そうともがく私を車まで連れて行く。
運転手の吉井さんが車のドアを開けた。引きずられれるようにして私は無理矢理車に乗せられる。
ドアは閉められ、鍵のかかる音がした。
そして車は走り出し、仰向けに転がされた私の上に春斗さんが覆い被さる。

「で?楓、お前は岩峰昌治に言われて、俺に近付いたんか?」

問いかけるその声は優しい。まるで子供に尋ねるような、そんな声音。でも、有無を言わせない強制力がそこにはあった。

「ち、違います!バイト帰りに見かけて……怪我してたから……」
「ホンマに?俺が条野組傘下、一条会会長やってわかって、近付いてきたんとちゃうんか?」

か、会長っ!?まさか、春斗さんがヤクザで、会長?

「そんなわけないじゃないですか!だってあんなところにそんな人がいるなんて、思うわけ……んんっ!」

口が、柔らかい何かに塞がれる。
すぐ近くに春斗さんの目が見えた。

「それ聞けて安心したわ。たまたま偶然、俺らは出会えたわけや」

獲物に襲いかかる直前の肉食獣のような、獰猛な瞳。それに射竦められた私は呆けたように口を開けたまま、その目を見ていた。
そして突然、呼吸ができなくなる。

「んっ!」

春斗さんの舌が私の頬の内側をなぞる。優しくくすぐるように動くそれは柔らかく、熱い。
思うように息ができず舌で押し返そうとしたけれど、ただ春斗さんのものと絡むだけだ。
苦しくてぐいぐいと両手で春斗さんの胸を押すけど、全く動かない。それどころか、春斗さんの体で押されるようにして両手の動きを封じられてしまった。
実際は数十秒のことなのに、その五倍くらい長い時間に感じた。
ようやく離してもらったとき、唇と唇の間に細く引いた糸を見て、私は突然恥ずかしくなった。
真っ赤になっている私を見下ろし、春斗さんはニッと笑う。

「キスしただけやで?その感じやと、初めてなんやな」

そして再び、私の口は塞がれた。
春斗さんの舌が、私の口の中を蹂躙する。口の中で、春斗さんに触れられていないところはないんじゃないかってくらいに、荒々しいキスだった。
どれくらい経ったのだろう。それさえもわからないくらい、何度も春斗さんは私にキスをした。
息ができなくて苦しくなるたびに唇を離してくれるのだけど、私が息を吸うとすぐにまた、唇を落としてくる。
口の端から垂れた唾液を舐め上げられて、そしてそのまま耳を咥えられた。

「ひゃっ!」

久しぶりに自由になった口から勝手に漏れた声は、自分のものと思えないくらい高く、甘い。
それを聞いた春斗さんの動きが、止まった。
似合わないこの声を聞いて引いてくれたのかと期待したけど、違う。

「ええ声出るんやなぁ。これは、が楽しみやわ」
「本番って……んんっ!」

服の上から胸を掴まれ、空いた方の手の指が私の口の中に突っ込まれる。

「そうや、本番や。二人きりになるまで我慢してな。楓の可愛い声、他の奴に聞かれたくないんよ」

そう言って春斗さんは吉井さんの方をちらっと見る。
そうだ、今のあの声とか、吉井さんにも聞かれてたんだ……
穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。そういう行為をしている春斗さんに聞かれるならまだしも、全然関係のない吉井さんに……

「ふっ!んん!」

服の中に手を入れられ、直接胸の頂を摘まれた。
初めて流れた刺激に、電流が流れたみたいに体が跳ねて、頭が一瞬真っ白になる。

「他の男のこと、考えんなや」

春斗さんは私の頭をグッと傾け、剥き出しの首筋に歯を立てた。
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