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1章
33.ヤクザさんの電話
しおりを挟む春斗さんが、夕食はあの手抜き雑炊がいいとおっしゃったので、どこからともなく現れた吉井さんの運転する車に乗せられて、私はアパートに戻ってきた。
春斗さんはいそいそと上機嫌にお茶碗と鍋敷きを用意して、座布団に座っている。
お湯が沸騰してきたので、おにぎりを出そうと冷蔵庫に手をかけようとしたそのとき。
ブーッと何かが震える音が聞こえた。
私は火を止めて、音のした方を見る。
特に使うこともなく、棚に放置していたあのシルバーのスマホが振動していた。
「楓、電話」
気を遣ってくれた春斗さんが、床に座ったまま棚からそのスマホを取る。そして一瞬、ほんの一瞬、目を細めた。
その着信画面に表示されていた名前は、岩峰昌治。
一方的にフって、コンビニにも来なくなってもう一ヶ月近い。
もう関わる事はないと思っていたんだけど……
「ちょっとすみません」
さすがにヤクザの昌治さんとの会話を春斗さんに聞かれるのは困る。まあ、まさか電話の相手がヤクザだとは思わないだろうけど、念のために。
私は廊下に出てドアを閉める。落ち着こうと息を吸って、私は通話ボタンを押した。
「はい」
相変わらずの沈黙。昌治さんが息を吸う音が電話越しに聞こえるだけだ。
「……楓か?」
久しぶりに聞く岩峰さんの声だった。その低い声に、少し落ち着いてしまう自分がいる。
「そうです。あの、何かあったんですか?」
「……今から、会えないか?」
え、今から……?
私はちらっとドア越しに春斗さんの方を見た。すりガラス越しに見える春斗さんの影は、机の辺りから動いていない。
「すみません。ちょっと今は友達が来てて……明日でもいいですか?」
友達。そう、春斗さんは友達だ、と言い訳じみた言葉がなぜか頭をよぎる。
「わかった。明日だな」
また連絡する、昌治さんはそう言った。
電話が切られてしまう。そう思ったら、自然と口が動いていた。
「あの、どこかに行っていたんですか?」
とりあえず頭に浮かんだ質問だ。とくに意味があったわけじゃない。それなのに昌治さんは普通に答えてくれた。
「ああ、少しロシアに行っていた」
「ロシア、ですか」
なんで海外?武器の買い付けとか?確かにロシアンマフィアとか有名だもんね。なにをしているのかとか全く知らないけど。
「土産、買ってある。明日渡す」
「え……そうなんですか?ありがとうございま、す」
いや、ありがとうって言ってる場合じゃない。
わかってる。相手はヤクザだ。私なんかとは住む世界が違うし、好きになっちゃいけない人だ。わかってても、向こうから会いたいと言われて、断れなかった。
会うのは明日で本当に最後にしよう。そうしないと、ずるずる引きずってしまう。そんなの、お互いのためにならない。
そうしてその後は少しだけやりとりをして、私から電話を切った。
しばらくその画面をジッと見てしまうあたり、自分でも重症だと思う。今日だって、春斗さんといたのに、思い出していたのはほとんど昌治さんのことだった。
部屋に戻ると、春斗さんが立ち上がって近づいてきた。
「誰や、今の電話」
声のトーンがいつもよりちょっと低い。まあ、怒るか。男の人からの電話だし。
「同じゼミの人からです。課題出てるからそれについて……」
さすがにヤクザですというわけにもいかず、適当に誤魔化した。課題出されてるのは事実だし。
「嘘やな」
私の目が泳いだのを見逃さなかったんだろう。肩に乗せられた手にグッと力が入ったのを感じた。春斗さんの目が真っ直ぐに私の方を向いている。
「誤魔化せると思ったんか?」
「いや、でも、別に昌治さんとはそんな関係じゃ……」
確かに、私は昌治さんのことをどうも忘れられないでいる。そんな状態で、忘れるために今後も春斗さんと付き合い続けるのは失礼だ。
ヤクザってことは言わない。でも、伝えないと。
そう思って口を開きかけたとき、ドンッという鈍い音が私のすぐ横、右耳の後ろから聴こえてきた。
壁の振動が背中から伝わってくる。
「昌治さん、言うたか?」
春斗さんの目がギラッと光る。別人のようなその視線に、背筋が冷たくなった。
「楓、お前、岩峰昌治とどういう関係や?」
「どういうって、それは……っ!」
そう言いかけたところで、私は口を塞がれる。春斗さんの手が、私を壁に押し付けていた。
「岩峰昌治。岩峰組組長、岩峰鉄朗の実の息子で現岩峰組若頭。今はこの辺に拠点を置いて活動しとる」
なんでそれを春斗さんが知っているのか。そう問いかけたかったのに、春斗さんは私の反応を見て押さえつける手に力を込めた。
「わざわざ違うスマホ使っとるんは、そういうことやろ?」
春斗さんは私の手からスマホを奪って、見せつけるように床に叩きつけた。
ガシャっと何かが壊れた音が響く。
「もう一度チャンスやるわ、楓」
私の口を覆っていた手が離れ、顎の下を掴まれる。
「お前、岩峰昌治とどういう関係や?」
春斗さんの瞳がまるで別人のようにギラギラ光っていた。
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