お客様はヤのつくご職業

古亜

文字の大きさ
上 下
22 / 132
1章

22.解けない誤解とヤクザさん5

しおりを挟む
ちょっと目が合ったと思ったら、すぐにもう一度抱き締められる。さっきより緩い。まさかさっき苦しそうにしたからだろうか。
というか、さっき一瞬見えた岩峰さんの表情、いつもの覇気とか全くなくて、純粋に私を心配しているような、そしてほっとしているような、見ているこっちが申し訳なくなるような……
この人にこんな顔させてるのは自分だ。
そう思ったら、胸の辺りがグッと引き締められたような感じがして、心臓がうるさくなった。
抱き締められてるせいで、余計にうるさく感じる。
待って、って事は、私の心臓バクバクしてるの、岩峰さんにも伝わってる?

「あのっ、岩峰さん!服着直したいので離してくれま……」
「昌治」

なぜにここで名前を。

「岩峰さん、離してくださ……」
「昌治だ」

まさか、下の名前で呼べと?この状況でそれ言います?

「い……」
「昌治」

いや、「い」しか言ってないんですけど!
私が下の名前で呼ぶまで離すつもりはないと。そういう事ですか。岩峰さんってこんな人だったっけ?
というか、呼んでほしいんだと気付いたら余計に心臓が……これも伝わってるかもしれないと思うと、めちゃくちゃ恥ずかしいんですが。

「し、昌治さん……」

小ちゃい声で名前を呼ぶと岩峰さん、もとい昌治さんの肩がピクッと動いた。

「その……離して頂けると嬉しい、です」

言い終わったら、なぜか昌治さんの腕の力が一瞬だけ強くなって、離された。
私は急いで大原さんの上着の下で服を直す。といっても肌着を入れ直し、ちょっと捲れたニットを戻しただけだけど。被害的にはお腹見られたくらい。よかった、大原さん来てくれて。
ちゃんと服を直せたのを確かめて、私が上着を大原さんに返そうとしたその時、大原さんの顔から血の気が引いているのに気が付いた。
視線の先、昌治さんの方を恐々見てみると、鬼?魔王?とにかく恐ろしい何かがいた。

「大原、お前そこ座れ」

地の底から響くような声。え、昌治さん……?あの、何に対してお怒りなんですか……?そして大原さん、座るんですね。まあそうですよね。
私も正座した方がよろしいでしょうか……

「どういう事だ?何も起こらないよう見張っとけと、俺は言ったよな」

身に覚えのない監視を指示したの、やっぱり昌治さんだったんですね?まあ今回そのおかげで助かったという事になりますが……って、ん?そもそもヤクザさんの金銭問題に巻き込まれたの、元はと言えば昌治さんが、その、私を……

「監督不行き届き、俺の不手際です。申し訳ありませんでした」

そう言って大原さんは深々と頭を下げる。
待って、この状態で頭下げられたら、それ土下座っ……ちょ、それこっちが申し訳なくなるやつです!ヤクザの土下座って、恐怖でしかないんですがっ!

「大原さんは何も悪くないです!むしろ助けていただいて感謝してます!」

それでも大原さんは深々と、頭、床についてませんか!?お願いですから顔上げてくださいって!
そう、大原さんは何も悪くない。むしろ、そもそもの元凶は昌治さんな気がするんですけど。
そう思ったら、気付けば私は昌治さんの前に立っていた。

「そもそも、原因は昌治さんじゃないですか」
あああああ!言ってしまった!大原さんに顔上げて欲しくて、でもなんか違う方法あった気がするっ!
そして昌治さん、そんないかにもショックを受けてますって顔しないでっ!私だって言いたくなかったですよ!

一時間くらい経ったんじゃない?と錯覚してしまうくらい長く感じた沈黙の末、昌治さんが口を開いた。

「……すまなかった」

絞り出すような声だった。覇気も何もない、心の底から申し訳なく思っている声。
迫田さん殴ったり、無言で送ろうとしてくれたり、ほとんど毎日肉まん買いに来たり、大原さんを怒ろうとしたり。これまでのことは全部、私に繋がってる。
……そうか、ヤクザで若頭っていうイメージが先行しちゃってたけど、単にこの人、不器用なだけかもしれない。
唐突に、そう思えた。

「ごめんなさい。私の言い方も悪かったんです。でも、大原さんは悪くないですし、い……昌治さんも、悪くないです」

いったいこの胸のモヤモヤをどう伝えればいいんだろう。

「昌治さんが私のこと、その……いいと思ってくださっているのは、わかりました」

ヤクザ相手というより、昌治さん相手に話している。そんな感じがして、言葉や感情は浮かぶ。
でも、口にするために、誤解がないように、慎重に私は言葉を選んだ。

「昌治さんのことは嫌いとか、そんなことは思いません」

わかりやすく昌治さんの表情が明るくなった。この状況でその表情は、なんか狡いです。

「それなら……」
「でも、ヤクザさんのいざこざに巻き込まれるのは嫌ですし、そうなったら昌治さんたちに迷惑かけるだけです」

昌治さんが何か言いかけたのを遮って、私は続けた。

「私には何の力もありません。迷惑かけるだけなんて、私は嫌です」

私はそこで言葉を止めて、大きく息を吸った。

「私と昌治さんでは、住んでいる世界が違いすぎるんです。だから私は……」

あなたの気持ちに応えられません。
しおりを挟む
感想 244

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...