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1章
13.ヤクザさんはお客様2
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「いいい、いらっしゃいまっせ!」
変な挨拶をしてしまった。なんだ「まっせ」って。
自分で言う事じゃないと思うけど、これで動揺しない方が無理だと思う。
夜十時過ぎにやってきた、高級そうな黒スーツを身に纏ったガタイのいい強面の男。事実を知らなくても、明らかに裏社会のヤバい人とわかる。実際、私はこの男の人の正体を知っているわけだし?
裏社会のヤバい人、岩峰さんはちらっと私の方を見てすぐに目を逸らす。対応が失礼過ぎたことは謝りたいですが、仕方ないと思いたい。
にしても……肉まん買いにきたのかな?こんな時間にわざわざ?ああ、でもわかるかも。こういう微妙な時間だからこそ何か胃に入れたくなる気持ち。岩峰さんのお仕事内容を想像したくはないけど、これくらいの時間まで何かしててもおかしくないし。
だから真っ直ぐにレジ横のホットコーナーに来ると思ったんだけど、違うっぽい。奥の方の飲み物コーナーをウロウロして、次にスナック菓子のコーナー、パンコーナーと店内をぐるぐる回っている。
ちなみにこの時間のもう一人のバイト、昨晩と同じ寺田くんはバックヤードにいて戻ってこようとしたところ、岩峰さんの姿を見て引っ込んだ。
気持ちは分からなくもないけど、一応私、女子なんですよ……?か弱い女子ですよ……?
ちょっと恨みを込めて寺田くんのいる辺りを見ていたら、視界に入ってきた岩峰さんと目が合った。
岩峰さんを恨んで睨んでるわけじゃないですからね?違いますからね!?
とんでもない勘違いが生まれる前に……どうしよう。え、睨んでない事を伝えるにはどうすれば……
ええい、全力の接客スマイルをどうぞっ!
うう、絶対顔引きつってるよ。バレてる?ええと、岩峰さんの表情は変化……なし。いや、なんかいつもより目が細い。見てる。めっちゃこっち見てるっ!
でも今さら崩すわけにもいかず、私は表情筋を全力で稼働させて笑顔をキープ。いいかげん頬の辺りの筋肉が疲れてきた。
ようやく岩峰さんは視線を飲み物コーナーに戻し、缶コーヒーを手に取った。そしてレジの方へゆっくり歩いてくる。
岩峰さんには非常に申し訳ないのだけど、さっきから店内をちらっと見たお客さんらしき人たちが帰っていく。できる限りお早くお買い物を終わらせていただけないでしょうか……なんて、言えるわけがないのだけど。
「こ、こちら、袋にお入れしますか?」
震え声になったのは許してほしい。
レジに置かれた缶コーヒーを持って尋ねる。無言のままでは、分からないのですが……
しばらく無言で見つめ合ったところで、岩峰さんはすっとレジ横のホットコーナーを指差した。
「二つくれ」
「ええと……オリジナル肉まんですね。少々お待ちください」
商品名を口に出してください。まあ間違っていると指摘はされないので、普通の肉まんで合ってますよね。
私は肉まんを出して肉まん用の紙で包む。
「397円です」
「これで」
そう差し出されたのは、黒いカード。これが噂に聞くブラックカードとかいうやつか。実物初めて見たよ。驚きはしませんよ。岩峰さんなら持っててもおかしくはないので。現金は持たないってやつですね。庶民にはわかりません。
それより、この表情はいったい……?
岩峰さんが、見間違いでなければ上機嫌?な顔をなさっている。眼光が鋭くない。唇がグッと結ばれていない。眉間のシワがない。
クレジットカード払いなので会計はすぐに終わり、缶コーヒーの入った袋と肉まんの袋をお客さんのヤクザさんに差し出す。
どうぞ、お帰りください。
この上機嫌な状態のままお帰りいただくため、疲労を訴えてくる表情筋を叱咤して最後の接客スマイル。今夜はもう接客無理。レジは寺田くんに変わってもらおう。
はよ帰れと祈っているのに、なぜか岩峰さんはレジ前から動いてくださらない。
「あの、お客様……」
恐る恐る声をかけると、岩峰さんはそこでハッと我に帰ったように目をちょっと開いた。目が合ってしまいちょっと気まずい。
「昌治でいい」
「え、あ……はい」
一瞬何のことやらと思ったけど、そうか名前のことか。なぜ今?そしてなぜ下の名前を?そしてお客様を名前で呼ぶのはさすがに……友達じゃないんだから。
ふいと目を逸らした岩峰さんは無言で缶コーヒーの袋と肉まんの袋を取り、ドアの方へ向かった。
なぜかドアの前でしばらく立ち止まった岩峰さんが私の方を見た。何か、ドアに不備でもありましたでしょうか。
……いや、違うっぽい。ほんの数秒だった。ほんの数秒こちらを見て、ドアを押して出ていった。
いったい、なんだったんだろう。それに翌日にわざわざ買いに来るって、コンビニの肉まんをそんなにお気に召していただけたのかな。お客様確保ってことで、喜ぶべき?
「さっきの客、なんていうかヤバかったな」
岩峰さんの姿が見えなくなったら、バックヤードに引っ込んでいた寺田くんが出てきた。
「いかにもあっちの業界の人って感じだったよな。たまにあっちの人来るっちゃくるけど、あの人別格だわ。こえー」
あっちの業界の人だよ。ていうか寺田くん、ビビってそのヤバそうな人を私に押し付けたろう。許さん。
「ごめんって!めっちゃ怖えーんだもんあの人。威圧感?俺たぶん接客できねー。マジ山野すげーわ」
恨みを込めた目で見たら謝られた。いや、謝ったところで許しはしないからね?まあこの数日間の慣れ?というのもあるけど、それなかったら私だってしたくなかったよ!
「ちょっと変な筋肉使って疲れたから、裏の作業するね。レジよろしく」
やってくれるよね?という目で見たら、なぜかビビった様子で頷いた。あれ?私そんなに怖い顔してないと思うよ。もしかしてヤクザさんが伝染したのかな?そんなわけないよねー。
変な挨拶をしてしまった。なんだ「まっせ」って。
自分で言う事じゃないと思うけど、これで動揺しない方が無理だと思う。
夜十時過ぎにやってきた、高級そうな黒スーツを身に纏ったガタイのいい強面の男。事実を知らなくても、明らかに裏社会のヤバい人とわかる。実際、私はこの男の人の正体を知っているわけだし?
裏社会のヤバい人、岩峰さんはちらっと私の方を見てすぐに目を逸らす。対応が失礼過ぎたことは謝りたいですが、仕方ないと思いたい。
にしても……肉まん買いにきたのかな?こんな時間にわざわざ?ああ、でもわかるかも。こういう微妙な時間だからこそ何か胃に入れたくなる気持ち。岩峰さんのお仕事内容を想像したくはないけど、これくらいの時間まで何かしててもおかしくないし。
だから真っ直ぐにレジ横のホットコーナーに来ると思ったんだけど、違うっぽい。奥の方の飲み物コーナーをウロウロして、次にスナック菓子のコーナー、パンコーナーと店内をぐるぐる回っている。
ちなみにこの時間のもう一人のバイト、昨晩と同じ寺田くんはバックヤードにいて戻ってこようとしたところ、岩峰さんの姿を見て引っ込んだ。
気持ちは分からなくもないけど、一応私、女子なんですよ……?か弱い女子ですよ……?
ちょっと恨みを込めて寺田くんのいる辺りを見ていたら、視界に入ってきた岩峰さんと目が合った。
岩峰さんを恨んで睨んでるわけじゃないですからね?違いますからね!?
とんでもない勘違いが生まれる前に……どうしよう。え、睨んでない事を伝えるにはどうすれば……
ええい、全力の接客スマイルをどうぞっ!
うう、絶対顔引きつってるよ。バレてる?ええと、岩峰さんの表情は変化……なし。いや、なんかいつもより目が細い。見てる。めっちゃこっち見てるっ!
でも今さら崩すわけにもいかず、私は表情筋を全力で稼働させて笑顔をキープ。いいかげん頬の辺りの筋肉が疲れてきた。
ようやく岩峰さんは視線を飲み物コーナーに戻し、缶コーヒーを手に取った。そしてレジの方へゆっくり歩いてくる。
岩峰さんには非常に申し訳ないのだけど、さっきから店内をちらっと見たお客さんらしき人たちが帰っていく。できる限りお早くお買い物を終わらせていただけないでしょうか……なんて、言えるわけがないのだけど。
「こ、こちら、袋にお入れしますか?」
震え声になったのは許してほしい。
レジに置かれた缶コーヒーを持って尋ねる。無言のままでは、分からないのですが……
しばらく無言で見つめ合ったところで、岩峰さんはすっとレジ横のホットコーナーを指差した。
「二つくれ」
「ええと……オリジナル肉まんですね。少々お待ちください」
商品名を口に出してください。まあ間違っていると指摘はされないので、普通の肉まんで合ってますよね。
私は肉まんを出して肉まん用の紙で包む。
「397円です」
「これで」
そう差し出されたのは、黒いカード。これが噂に聞くブラックカードとかいうやつか。実物初めて見たよ。驚きはしませんよ。岩峰さんなら持っててもおかしくはないので。現金は持たないってやつですね。庶民にはわかりません。
それより、この表情はいったい……?
岩峰さんが、見間違いでなければ上機嫌?な顔をなさっている。眼光が鋭くない。唇がグッと結ばれていない。眉間のシワがない。
クレジットカード払いなので会計はすぐに終わり、缶コーヒーの入った袋と肉まんの袋をお客さんのヤクザさんに差し出す。
どうぞ、お帰りください。
この上機嫌な状態のままお帰りいただくため、疲労を訴えてくる表情筋を叱咤して最後の接客スマイル。今夜はもう接客無理。レジは寺田くんに変わってもらおう。
はよ帰れと祈っているのに、なぜか岩峰さんはレジ前から動いてくださらない。
「あの、お客様……」
恐る恐る声をかけると、岩峰さんはそこでハッと我に帰ったように目をちょっと開いた。目が合ってしまいちょっと気まずい。
「昌治でいい」
「え、あ……はい」
一瞬何のことやらと思ったけど、そうか名前のことか。なぜ今?そしてなぜ下の名前を?そしてお客様を名前で呼ぶのはさすがに……友達じゃないんだから。
ふいと目を逸らした岩峰さんは無言で缶コーヒーの袋と肉まんの袋を取り、ドアの方へ向かった。
なぜかドアの前でしばらく立ち止まった岩峰さんが私の方を見た。何か、ドアに不備でもありましたでしょうか。
……いや、違うっぽい。ほんの数秒だった。ほんの数秒こちらを見て、ドアを押して出ていった。
いったい、なんだったんだろう。それに翌日にわざわざ買いに来るって、コンビニの肉まんをそんなにお気に召していただけたのかな。お客様確保ってことで、喜ぶべき?
「さっきの客、なんていうかヤバかったな」
岩峰さんの姿が見えなくなったら、バックヤードに引っ込んでいた寺田くんが出てきた。
「いかにもあっちの業界の人って感じだったよな。たまにあっちの人来るっちゃくるけど、あの人別格だわ。こえー」
あっちの業界の人だよ。ていうか寺田くん、ビビってそのヤバそうな人を私に押し付けたろう。許さん。
「ごめんって!めっちゃ怖えーんだもんあの人。威圧感?俺たぶん接客できねー。マジ山野すげーわ」
恨みを込めた目で見たら謝られた。いや、謝ったところで許しはしないからね?まあこの数日間の慣れ?というのもあるけど、それなかったら私だってしたくなかったよ!
「ちょっと変な筋肉使って疲れたから、裏の作業するね。レジよろしく」
やってくれるよね?という目で見たら、なぜかビビった様子で頷いた。あれ?私そんなに怖い顔してないと思うよ。もしかしてヤクザさんが伝染したのかな?そんなわけないよねー。
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