お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

9.肉まんの行方

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「いらっしゃいませー」

今夜は久々のバイトだ。
店長には、不安だったら他のコンビニを紹介しようかと言われたけど、さすがに同じコンビニに強盗が連続で入ってくるなんてないでしょうと断った。
せっかく慣れたのにっていうのもあるけど、このコンビニが一番アパートに近いんだよね。同じ系列の別の店舗、二番目に近いところはちょっと遠い。
強盗事件からもう三日が経つけど、今のところ特に変わったことは起こっていない。
大学の行き帰りの間と、このコンビニに来るまでの間は確かに見られていた。けど、見張りが始まった日の朝、大原さんがわざわざ来て見張りの担当の人、北川さんを紹介してくれたので、不安とか気持ち悪いとかは特に感じない。顔を知ってるって大事だ。
北川さんは確かに、見た目は普通の人だった。ちょっと表情が怖かった気もするし、大原さんと話している時の感じは完全にヤクザだったけど、見た目は確かに普通の、その辺りにいそうなお兄さんだ。言っては悪いけど、ヤクザにしては地味すぎる。

「タバコ、八番のやつ。あと骨無しチキン」
「はい。お手数ですがパネルの年齢確認をお願いします」

夜遅いとはいえ、通りに面しているこのコンビニの人の入りはそれなり。とはいえ誰も来ない時間とかもあるので、そういう時は裏の作業や商品を整理したりしている。

「ありがとうございましたー!」

トラックの運転手らしきおじさんを見送ると、店内にお客さんはいなくなった。
そこで、それまで商品の確認作業をしていたバイトの寺田くんが顔を上げて私の方を見た。

「なあ、コンビニ強盗の日大丈夫だったのか?次の日の朝シフト入って、入り口のガラス割れててマジでビビったんだけど」
「あー、うん。でもビックリして正直あんまりよく覚えてないんだよねー」

店長から、強盗事件のことについてあんまり喋らないように言われている。特に解決にヤクザが関わっていたことについては、あんまり表沙汰にすると不味いらしい。
警察官立寄り所ならぬヤクザ立寄り所なんて噂立っても困るし、あの日のことはビックリしてよく覚えていないってことにしてる。

「大学から一斉メールで情報回ってきただろ?犯人逃走中だから注意するようにって。不審者情報ならたまにくるけど、まさか自分のバイト先でなるなんて思ってなかった」

寺田くんは私と同じ大学の同学年だ。学部が全く違うので、大学での接点はほとんどないのだけど。

「てか、山野は大丈夫なのか?強盗に狙われたりしねーの?」
「ないない。そんなことより強盗も逃げたいんじゃない?」
「ふーん。なあ、家まで送ろうか?なんだかんだ、女一人じゃ危ないだろ」
「あー、心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だよ。近いし、強盗も逃げるので忙しいでしょ」

それに一応ボディーガード?はいるし、ここから下宿先が近いのも事実だから大丈夫。むしろ寺田くんが見張り役の北川さんに気付いてしまうと困る。

「それもそうか……っと、いらっしゃませー!」

そこでお客さんが入ってきたので話は終わった。その後もお客さんがまばらに入ってきたので、特に話をすることもなく終わりの時間になった。
裏で店の制服を脱ぎながらなんとなく時計を見る。十時半、私としては当たり前の時間だけど、北川さんにとってみればけっこう遅い時間か。ちょっと申し訳ないなぁ……
着替え終わって裏口から出ると、斜め向かいの公園のベンチに座る北川さんの姿が街灯に照らされて見えた。暖かくなってきているとはいえ、夜はまだ冷える。
あ、そういえば、まだ残ってたな。
私はさっきまで店員としていたコンビニに正面から入った。
深夜シフトのおじさん、西井さんが不思議そうにしている。

「あれ?山野さん、何か買うの?」
「はい。ちょっと小腹が空いて……肉まん一つください」

そうしてホットコーナーに一つだけ残っていた肉まんを買って、私はコンビニを出た。
さっきまで座っていた北川さんが立ち上がっているのが見える。そっちが帰る方向でもあるので、私は駆け足で公園に向かった。

「北川さん」
「え、なんすかっ!?」

まさか私に話しかけられるとは思っていなかったのだろう。北川さんは驚いた顔で私を見た。

「ええと、お礼です。こんな遅くまですみません」
「気にする必要ないですけど。まあ、どうも。ちょーど小腹が空いてたとこ、な、んで……」

肉まんの入った袋を手渡したら、いきなり北川さんの台詞がぎこちなくなった。何事だろう。私の後ろを見てる……?

「えっ!?えっ!?うぎゃっ……」

思わず叫びそうになったら、口を塞がれる。
代わりに私の心が絶叫していた。
し、ショウジさんっ!!?
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