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1章
8.連絡先の使い道
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うーん、半ば勢いで承諾しちゃったけど、これをどうしたものか……
私は机の上に置いたシルバーのスマホをつつく。
ヤクザ二名様がお帰りになられてから十分ほど経過していた。さっきまでの出来事が未だに整理できず、私はただひたすらスマホと睨めっこしていた。
でも見たからといってスマホが鳴ったり消えたりすることもなく。
とりあえず、部屋を片付けますか。
さっき大慌てで片付けたとはいえ、あれは汚いものを隠しただけだ。そのうちやらなければと思っていたところなので、ちょうどいいし片付けよう。
決して現実逃避で部屋の片付けがしたくなったわけではない。決して。
私は机の上に残されたマグカップを手に取る。
大原さんがほとんど口を付けていないのに対し、ショウジさんの前に置いたマグカップは中身が空になっていた。話を聞くだけで暇だったのかな?
まあ、関係ないか。安物だったのに文句を言われなかったことを喜ぼう。
ぐちゃぐちゃになっていた服を畳んで、引き出しにしまっていく。プリントも大まかに分別して……終わってしまった。
時間は結構経ってしまっていて、陽はとっくに沈んで、私のお腹が鳴った。
時計を見れば、もう八時近い。
そういえば、一人鍋しようかなと思いつつ、冷静に買い物できる状況じゃなかったから、いったい自分が何を買ったのか覚えられていなかった。
もやしとカット済み白菜、食器用洗剤……あ、ポン酢忘れた。そして豚肉と思って買ったこれ、ベーコン……パックに入った良さげなやつ。あれ?私何を買いに行ったんだっけ……
大いに混乱していたことがこの買い物から伺える。どうしようこれ。鍋はできない。レンチンもやし?ベーコンは、仕方ないから焼くか。
そしてもやしをレンジでチンして、焼いたベーコンを添えるだけという手抜きご飯が爆誕した。
もやしをもっしゃもっしゃ食べながら、机の端に寄せたスマホの電源を入れてみる。パスコードを求められたので、0893と入力して……おお、本当に開いた。
最初に表示された画面はいかにも初期の画面。電話やメールなどの最低限の機能しかなさそうだ。
大原さんとショウジさんの連絡先、一応確認しておこう。
連絡帳に登録されていたのは、三つの連絡先だった。
岩峰昌治、大原義也、事務所。
ああ、ショウジって下の名前だったんだ。もう一人が大原さんであとは……事務所?お二人が出られない時の最終手段かな。
この「岩峰昌治」で検索したら何か出てくるんだろうか。知りたいような、知りたくないような……
ちょっとだけ、名前だけで調べてみよう。
いわみね、しょうじ……っと。
ん?検索の予想になんか岩峰組ってあるんですけど。あ、若頭発見。
すごく嫌な予感がした。だだーっとリスト状になっている予想ワードが、なんか不穏。額から変な汗が流れて、あと検索ボタンを押すだけなのに指が動かない。
知らない方が幸せなんじゃないかな。だってほら、強盗が捕まるまでの間のことだし、その間わざわざご本人が私を監視しているわけがないし?
そこで突然、電話が鳴った。そもそも電話なんてそうそうかかってこないし、スマホがもう一台あるっていうのにも慣れないからビクッとしてしまう。
シルバーのスマホの方、大原さんからの着信だった。
「……はい」
あとから着信に気付いて折り返すことになるのは気持ち的に避けたいので、私は大人しく電話を取った。
『こんばんは。夜分にすみません。今、お時間よろしいですか』
電話口でも相変わらず丁寧な人だ。顔を知らなかったら、普通にサラリーマンとしても通じそうである。
「だ、大丈夫です。あの、なにか……?」
『お伝えしていなかったことを思い出しまして。ウチの組のことなんですが』
ウチの、組。
私はさっき調べようと止まっていた画面を見る。どうやらさっき電話がかかってきた拍子に検索してしまっていたらしい。
「岩峰昌治 岩峰組」の検索結果がズラリと並んでいた。
薬物密売だの武器の密輸、恐喝など、非日常的なワードが並ぶ。
『ご存知とは思いますが、あの威圧感半端ない方は若頭です。岩峰組の……本家、と言えば伝わりやすいですかね。噛み砕くと若頭……岩峰昌治は名前の通りその本家直系の、次期組長です』
「み、みたいですね……」
検索結果に出てきた文章。そのページを開いてはいないため、文章は途中で切れているけど、概ねそんな感じのことが書かれていた。
『そんな人がこの街にいた理由なんですが、まずこの辺りはそもそも岩峰組のシマなんですよ。ですが隣町の戸阿留町、ウチと対立してる条野組のシマの境目で……いつ何時何が起こるかわからないので若頭が牽制の意味も込めてこっちの支部にいるんです』
淡々と話す大原さん。一方私はここに住んで二年以上になるのに知らなかった事実に驚きを隠せない。
戸阿留町って、ほんとにすぐ近くなんですが。
そんな身近でヤクザの領土争いが勃発してたなんて、しかもその一方のヤクザとお知り合いになってしまったなんて……
「ま、まあでも、ショウジさ……若頭さんが私の監視役?をするわけじゃありませんもんね。基礎知識として、一応知っておいた方がいいよということですよね!」
私は努めて明るい声を出す。
けっこうとんでもない事実を知ってしまった気がするのだけど、まあ私に直接関わってこないことだろうし、大原さんもヤクザとか全く知らない私に、念のために教えてくれたんだろう。
これまで知らなくても普通にこの町に住めていたんだから、大丈夫!
『そう、ですね……まあ若頭も忙しいので、楓様と直接関わることはそんなにないと……ないです。コンビニ強盗の件で気になったから、今日は直接来ていましたが、今後はない、かと……』
なんだろう。歯切れが悪い。さっきまでの業務連絡みたいな感じじゃない。
「えっと、なにか……?」
『い、いえ!?お気になさらず!ちょいと外で動きがあったようで!』
そんな時に電話してくれたのか。わざわざ申し訳ない。
そう伝えると、大原さんは乾いた声で笑った。
『よくあることですよ。では夜分に失礼しました。もし何かあったら遠慮なく電話してくださいね。若頭はあまり出られないと思うので、とりあえず私にお願いします』
「はい。ありがとうございます」
そこで電話は切れる。
暗くなった通話画面を見ながら、私は変な夢を見た後のような気分になっていた。
「私、ヤクザと電話してたんだ……」
悪い夢か何かだと思いたかったけど、目の前にあるスマホからは実際に電話がかかってきたし、岩峰昌治という人はその界隈では有名人のようだ。検索して出てきた写真に写る人物は、隠し撮りのようで不鮮明なものが多いが間違いなくショウジさんだった。
私はここ数年で一番長いため息をつく。
とにかく落ち着こう。色々新事実を知ってしまったけど、私に直接関わることじゃなさそうだから!強盗が捕まれば全部終わるから!
とりあえず、いつも通り過ごそう。道路を歩いてるときに後ろとかからちょっと見られるだけ。それも身の安全のために。それに強盗だってわざわざ私を襲いにきたりしないで、そのうち捕まるはず。
もう一度、大きく息を吸って、はいて……もやしを食べよう。
そして私は皿の上に半分くらい残ったもやしを、すっかり冷めてしまったベーコンで巻いて食べた。
私は机の上に置いたシルバーのスマホをつつく。
ヤクザ二名様がお帰りになられてから十分ほど経過していた。さっきまでの出来事が未だに整理できず、私はただひたすらスマホと睨めっこしていた。
でも見たからといってスマホが鳴ったり消えたりすることもなく。
とりあえず、部屋を片付けますか。
さっき大慌てで片付けたとはいえ、あれは汚いものを隠しただけだ。そのうちやらなければと思っていたところなので、ちょうどいいし片付けよう。
決して現実逃避で部屋の片付けがしたくなったわけではない。決して。
私は机の上に残されたマグカップを手に取る。
大原さんがほとんど口を付けていないのに対し、ショウジさんの前に置いたマグカップは中身が空になっていた。話を聞くだけで暇だったのかな?
まあ、関係ないか。安物だったのに文句を言われなかったことを喜ぼう。
ぐちゃぐちゃになっていた服を畳んで、引き出しにしまっていく。プリントも大まかに分別して……終わってしまった。
時間は結構経ってしまっていて、陽はとっくに沈んで、私のお腹が鳴った。
時計を見れば、もう八時近い。
そういえば、一人鍋しようかなと思いつつ、冷静に買い物できる状況じゃなかったから、いったい自分が何を買ったのか覚えられていなかった。
もやしとカット済み白菜、食器用洗剤……あ、ポン酢忘れた。そして豚肉と思って買ったこれ、ベーコン……パックに入った良さげなやつ。あれ?私何を買いに行ったんだっけ……
大いに混乱していたことがこの買い物から伺える。どうしようこれ。鍋はできない。レンチンもやし?ベーコンは、仕方ないから焼くか。
そしてもやしをレンジでチンして、焼いたベーコンを添えるだけという手抜きご飯が爆誕した。
もやしをもっしゃもっしゃ食べながら、机の端に寄せたスマホの電源を入れてみる。パスコードを求められたので、0893と入力して……おお、本当に開いた。
最初に表示された画面はいかにも初期の画面。電話やメールなどの最低限の機能しかなさそうだ。
大原さんとショウジさんの連絡先、一応確認しておこう。
連絡帳に登録されていたのは、三つの連絡先だった。
岩峰昌治、大原義也、事務所。
ああ、ショウジって下の名前だったんだ。もう一人が大原さんであとは……事務所?お二人が出られない時の最終手段かな。
この「岩峰昌治」で検索したら何か出てくるんだろうか。知りたいような、知りたくないような……
ちょっとだけ、名前だけで調べてみよう。
いわみね、しょうじ……っと。
ん?検索の予想になんか岩峰組ってあるんですけど。あ、若頭発見。
すごく嫌な予感がした。だだーっとリスト状になっている予想ワードが、なんか不穏。額から変な汗が流れて、あと検索ボタンを押すだけなのに指が動かない。
知らない方が幸せなんじゃないかな。だってほら、強盗が捕まるまでの間のことだし、その間わざわざご本人が私を監視しているわけがないし?
そこで突然、電話が鳴った。そもそも電話なんてそうそうかかってこないし、スマホがもう一台あるっていうのにも慣れないからビクッとしてしまう。
シルバーのスマホの方、大原さんからの着信だった。
「……はい」
あとから着信に気付いて折り返すことになるのは気持ち的に避けたいので、私は大人しく電話を取った。
『こんばんは。夜分にすみません。今、お時間よろしいですか』
電話口でも相変わらず丁寧な人だ。顔を知らなかったら、普通にサラリーマンとしても通じそうである。
「だ、大丈夫です。あの、なにか……?」
『お伝えしていなかったことを思い出しまして。ウチの組のことなんですが』
ウチの、組。
私はさっき調べようと止まっていた画面を見る。どうやらさっき電話がかかってきた拍子に検索してしまっていたらしい。
「岩峰昌治 岩峰組」の検索結果がズラリと並んでいた。
薬物密売だの武器の密輸、恐喝など、非日常的なワードが並ぶ。
『ご存知とは思いますが、あの威圧感半端ない方は若頭です。岩峰組の……本家、と言えば伝わりやすいですかね。噛み砕くと若頭……岩峰昌治は名前の通りその本家直系の、次期組長です』
「み、みたいですね……」
検索結果に出てきた文章。そのページを開いてはいないため、文章は途中で切れているけど、概ねそんな感じのことが書かれていた。
『そんな人がこの街にいた理由なんですが、まずこの辺りはそもそも岩峰組のシマなんですよ。ですが隣町の戸阿留町、ウチと対立してる条野組のシマの境目で……いつ何時何が起こるかわからないので若頭が牽制の意味も込めてこっちの支部にいるんです』
淡々と話す大原さん。一方私はここに住んで二年以上になるのに知らなかった事実に驚きを隠せない。
戸阿留町って、ほんとにすぐ近くなんですが。
そんな身近でヤクザの領土争いが勃発してたなんて、しかもその一方のヤクザとお知り合いになってしまったなんて……
「ま、まあでも、ショウジさ……若頭さんが私の監視役?をするわけじゃありませんもんね。基礎知識として、一応知っておいた方がいいよということですよね!」
私は努めて明るい声を出す。
けっこうとんでもない事実を知ってしまった気がするのだけど、まあ私に直接関わってこないことだろうし、大原さんもヤクザとか全く知らない私に、念のために教えてくれたんだろう。
これまで知らなくても普通にこの町に住めていたんだから、大丈夫!
『そう、ですね……まあ若頭も忙しいので、楓様と直接関わることはそんなにないと……ないです。コンビニ強盗の件で気になったから、今日は直接来ていましたが、今後はない、かと……』
なんだろう。歯切れが悪い。さっきまでの業務連絡みたいな感じじゃない。
「えっと、なにか……?」
『い、いえ!?お気になさらず!ちょいと外で動きがあったようで!』
そんな時に電話してくれたのか。わざわざ申し訳ない。
そう伝えると、大原さんは乾いた声で笑った。
『よくあることですよ。では夜分に失礼しました。もし何かあったら遠慮なく電話してくださいね。若頭はあまり出られないと思うので、とりあえず私にお願いします』
「はい。ありがとうございます」
そこで電話は切れる。
暗くなった通話画面を見ながら、私は変な夢を見た後のような気分になっていた。
「私、ヤクザと電話してたんだ……」
悪い夢か何かだと思いたかったけど、目の前にあるスマホからは実際に電話がかかってきたし、岩峰昌治という人はその界隈では有名人のようだ。検索して出てきた写真に写る人物は、隠し撮りのようで不鮮明なものが多いが間違いなくショウジさんだった。
私はここ数年で一番長いため息をつく。
とにかく落ち着こう。色々新事実を知ってしまったけど、私に直接関わることじゃなさそうだから!強盗が捕まれば全部終わるから!
とりあえず、いつも通り過ごそう。道路を歩いてるときに後ろとかからちょっと見られるだけ。それも身の安全のために。それに強盗だってわざわざ私を襲いにきたりしないで、そのうち捕まるはず。
もう一度、大きく息を吸って、はいて……もやしを食べよう。
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