お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

10.肉まんの行方2

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いつの間にやら私の背後に立っていたお方ショウジさんこと岩峰さんは、凄まじい威圧感というか、なんとも禍々しいオーラを纏っていた。
魔王、という単語が頭の中を右から左に流れていく。

「うぃあみめふぁん、ほーして……」

どういうわけか口が塞がれたままなので言葉になっていない。どうしてここにいるのか聞きたかったんだけど、岩峰さんはそれどころでないのか、じっと北川さんを見ていた、いや、睨んでいた。

「わ、若頭……?俺、何かやらかしましたか……?」

目を見開き、壊れかけのロボットのような動作で北川さんは岩峰さんを見上げる。
悪くない!北川さんは何もやらかしてないですよ!?そう主張するべく私は全力で首を左右に振る。がっつりホールドされてて正直全然動かせていないんだけど、岩峰さんには伝わってるよね!?

「それ、何だ?」

岩峰さんは北川さんが持っているコンビニの袋を指差して言った。

「こ、これですか……?普通の肉まん……ですよね?」

北川さんが同意を求めてきたので、私は頷いた。そうです。それはただの肉まんです。ピザまんとかあんまん、プレミアムとかでもない、フツーの肉まんです。税込128円の肉まんです。

「ふぃちうぉう、ふぁおっていふぁふぁいてふぃうおで、ふぉのふぉふぇいふぇふ」

一応、守っていただいているのでそのお礼です。そう言いたいけど、これ絶対伝わってないよな……

「あのー、若頭……そのままでは楓様が苦しいのでは?」

ナイス北川さん!そう、さっきからちょっと苦しかった。思う通りに息ができるってすごく幸せなことだと思う!
うんうんと頷いたら、岩峰さんは私の口を押さえている手にグイッと力を込めた。上を向かされて、岩峰さんと目が合う。
ちょっとどころでなく怖かったけど、期待を込めて見てみたのが功を奏したのか、手を離してくれた。
口元を遮るものが何もなくなり、私は大いに息を吸う。あー、空気って美味しい。

「この肉まんは何だ?」

新鮮な空気を求めすーはーしていたら、岩峰さんが妙にジトッとした眼差しで私を見ていた。ええと、そんなにこの肉まんが気になるんですか?
あと、岩峰さんの口から肉まんという単語が出てきたことに私は驚きです。

「お礼です。北川さんには一応、守っていただいているので……ほんとただの気持ちですけど」

ヤクザさんを一人ほぼ一日中、ボディーガード的な利用のためにお借りするそのお代としては安すぎるとは思うけど、まあ、私がお願いしたことじゃないので。でもさすがに申し訳ないなぁというか、北川さんの時間を浪費させている、という罪悪感を減らして自己満足するためだね。
というわけで、特にこれといった意味もないです。

「……送り迎えをすれば、貰えるのか?」
「え?はい。まあ……お礼に」

いったいなぜそんなことを聞くのだろう。

「俺が送る」

はいっ?そんなに肉まん食べたかったんですか!?確かにその肉まんはウチのコンビニの最期の一つですけど、他のコンビニ行けば多分ありますよ?なんなら買ってきますよ?

「北川、帰ってろ」

だからその肉まん寄越せ、とその目は語っていた。
いやいや、それは北川さんへのお礼のつもりだったんですが。二個目くらい買えますから……ああ、北川さん視線に屈して袋渡した。まあ、お気持ちお察ししますけど。
待っていてくれたのに上司に睨まれて褒賞?の肉まんも奪われた北川さんは、怯え気味にお疲れ様ですと言い残して去っていった。うん、本当にお疲れ様です……ヤクザの世界って理不尽。殴られた迫田さんといい、肉まん横取りされた北川さんといい……
北川さんの姿が角を曲がって消えたので、私は恐る恐る岩峰さんを見上げた。
今気づいたけど、めっちゃ見られてた。ええと、私何かしましたっけ?睨まれてる……のとはちょっと違うな。とりあえずすごく見られている。

「ではあのー、私帰りますので……」

発言しにくい雰囲気ではあるけど、無言で歩き出すのはさすがに失礼だと思って言っておく。しばらくの間ののち、頷いてくださったので私は足を動かした。普通に歩き始めるだけなのに、バンジージャンプで一歩踏み出すみたいな緊張感だった。したことないけど、バンジー。
私の横にぴったりと付いて岩峰さんも歩き始める。
少し進んだあたりでガサゴソと音がして岩峰さんの方を見ると、北川さんから受け取った強奪したコンビニの袋の中から紙袋を出して、無言でその中の肉まんを食べ始めた。
お腹、空いてたのかな?
ほんの一分ほどで肉まんを食べ終えたらしい岩峰さんは、肉まんの下に付いている紙を名残惜しそうに見ていた。

「お好きなんですか……?」

堪え切れなくなった私がそう尋ねると、岩峰さんは驚いたようにこちらを見た。そんなに変な質問をしただろうか。
まじまじと見られたと思ったら、次の時にはふいと目を逸らされる。そしてしばらく遠くを見た岩峰さんが口を開いた。

「お前は、どう思っているんだ?」

肉まんについて?そんな真剣に尋ねられましても……実は肉まんにはうるさい人だったとか?だとしたら下手な事言えないな。

「そうですね、岩峰さんほどではありませんが、好きですよ」

ここは謙遜しておこう。真性のワイン好きに私もワイン好きなんですよーと言うようなものかもしれない。

「……なぜだ?」
まさか聞き返されるとは思わなかった。え、肉まんのどこが好きか?いやそれは美味しいところですけども、そんなわかりきったこと言ってもねぇ……?
「いえ、詳しくは知らないですよ?でもその、意外性というか、見た目じゃわからないところとかですかねっ!?」

何言ってんだ私。
適当なこと言うなとか言われたらどうしようと思っていたら、岩峰さんはなぜか、私の見間違いでなければ嬉しそうにしていた。
あんなのでよかったの……?まあ、ぱっと見白いパンで、中身の餡はわかりませんから。

「そうか」

他には何かないのか、と問われてしまう。
え、なぜそんなに食い付くんですか。大好きですね肉まんっ!

「他、ですか。あとはその中身ですかね……?色々ありますけど、やっぱり肉食ですからね」

あんまんとかピザまんとか色々あるけど、やっぱり王道の肉ですよね。前に肉まんと思って食べたら野沢菜みたいな、野菜系の餡だったのはショックだったな。
さて、岩峰さんの反応やいかに。
んー?無言?無言で何か考えてる?でも私の位置から見える横顔は不機嫌そうでもなく、すごく何かを考えている様子だった。
やがて岩峰さんはゆっくり私の方を向く。そして私の肩に手を置いた。

「俺は……」
「本当にお好きなんですね。肉まん」

何か言いかけたところに被せて言ってしまった。岩峰さんの表情が強張る。
すみません、出しゃばりましたごめんなさいっ!
私の肩に置かれた手が、若干震えている。怒ってるこれ?もしかすると殴られるかも、と身構えたけど、そんな気配はない。

「そうだな……美味かった」

そこで私が住んでいるアパートに到着したので、私はお礼を言いながら逃げるようにして部屋に入った。

「次から差し入れはフランクフルトとかにしよう……」

ベッドに倒れこんだ私は、誰にともなくそう呟いていた。
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