10 / 132
1章
10.肉まんの行方2
しおりを挟む
いつの間にやら私の背後に立っていたお方ショウジさんこと岩峰さんは、凄まじい威圧感というか、なんとも禍々しいオーラを纏っていた。
魔王、という単語が頭の中を右から左に流れていく。
「うぃあみめふぁん、ほーして……」
どういうわけか口が塞がれたままなので言葉になっていない。どうしてここにいるのか聞きたかったんだけど、岩峰さんはそれどころでないのか、じっと北川さんを見ていた、いや、睨んでいた。
「わ、若頭……?俺、何かやらかしましたか……?」
目を見開き、壊れかけのロボットのような動作で北川さんは岩峰さんを見上げる。
悪くない!北川さんは何もやらかしてないですよ!?そう主張するべく私は全力で首を左右に振る。がっつりホールドされてて正直全然動かせていないんだけど、岩峰さんには伝わってるよね!?
「それ、何だ?」
岩峰さんは北川さんが持っているコンビニの袋を指差して言った。
「こ、これですか……?普通の肉まん……ですよね?」
北川さんが同意を求めてきたので、私は頷いた。そうです。それはただの肉まんです。ピザまんとかあんまん、プレミアムとかでもない、フツーの肉まんです。税込128円の肉まんです。
「ふぃちうぉう、ふぁおっていふぁふぁいてふぃうおで、ふぉのふぉふぇいふぇふ」
一応、守っていただいているのでそのお礼です。そう言いたいけど、これ絶対伝わってないよな……
「あのー、若頭……そのままでは楓様が苦しいのでは?」
ナイス北川さん!そう、さっきからちょっと苦しかった。思う通りに息ができるってすごく幸せなことだと思う!
うんうんと頷いたら、岩峰さんは私の口を押さえている手にグイッと力を込めた。上を向かされて、岩峰さんと目が合う。
ちょっとどころでなく怖かったけど、期待を込めて見てみたのが功を奏したのか、手を離してくれた。
口元を遮るものが何もなくなり、私は大いに息を吸う。あー、空気って美味しい。
「この肉まんは何だ?」
新鮮な空気を求めすーはーしていたら、岩峰さんが妙にジトッとした眼差しで私を見ていた。ええと、そんなにこの肉まんが気になるんですか?
あと、岩峰さんの口から肉まんという単語が出てきたことに私は驚きです。
「お礼です。北川さんには一応、守っていただいているので……ほんとただの気持ちですけど」
ヤクザさんを一人ほぼ一日中、ボディーガード的な利用のためにお借りするそのお代としては安すぎるとは思うけど、まあ、私がお願いしたことじゃないので。でもさすがに申し訳ないなぁというか、北川さんの時間を浪費させている、という罪悪感を減らして自己満足するためだね。
というわけで、特にこれといった意味もないです。
「……送り迎えをすれば、貰えるのか?」
「え?はい。まあ……お礼に」
いったいなぜそんなことを聞くのだろう。
「俺が送る」
はいっ?そんなに肉まん食べたかったんですか!?確かにその肉まんはウチのコンビニの最期の一つですけど、他のコンビニ行けば多分ありますよ?なんなら買ってきますよ?
「北川、帰ってろ」
だからその肉まん寄越せ、とその目は語っていた。
いやいや、それは北川さんへのお礼のつもりだったんですが。二個目くらい買えますから……ああ、北川さん視線に屈して袋渡した。まあ、お気持ちお察ししますけど。
待っていてくれたのに上司に睨まれて褒賞?の肉まんも奪われた北川さんは、怯え気味にお疲れ様ですと言い残して去っていった。うん、本当にお疲れ様です……ヤクザの世界って理不尽。殴られた迫田さんといい、肉まん横取りされた北川さんといい……
北川さんの姿が角を曲がって消えたので、私は恐る恐る岩峰さんを見上げた。
今気づいたけど、めっちゃ見られてた。ええと、私何かしましたっけ?睨まれてる……のとはちょっと違うな。とりあえずすごく見られている。
「ではあのー、私帰りますので……」
発言しにくい雰囲気ではあるけど、無言で歩き出すのはさすがに失礼だと思って言っておく。しばらくの間ののち、頷いてくださったので私は足を動かした。普通に歩き始めるだけなのに、バンジージャンプで一歩踏み出すみたいな緊張感だった。したことないけど、バンジー。
私の横にぴったりと付いて岩峰さんも歩き始める。
少し進んだあたりでガサゴソと音がして岩峰さんの方を見ると、北川さんから受け取ったコンビニの袋の中から紙袋を出して、無言でその中の肉まんを食べ始めた。
お腹、空いてたのかな?
ほんの一分ほどで肉まんを食べ終えたらしい岩峰さんは、肉まんの下に付いている紙を名残惜しそうに見ていた。
「お好きなんですか……?」
堪え切れなくなった私がそう尋ねると、岩峰さんは驚いたようにこちらを見た。そんなに変な質問をしただろうか。
まじまじと見られたと思ったら、次の時にはふいと目を逸らされる。そしてしばらく遠くを見た岩峰さんが口を開いた。
「お前は、どう思っているんだ?」
肉まんについて?そんな真剣に尋ねられましても……実は肉まんにはうるさい人だったとか?だとしたら下手な事言えないな。
「そうですね、岩峰さんほどではありませんが、好きですよ」
ここは謙遜しておこう。真性のワイン好きに私もワイン好きなんですよーと言うようなものかもしれない。
「……なぜだ?」
まさか聞き返されるとは思わなかった。え、肉まんのどこが好きか?いやそれは美味しいところですけども、そんなわかりきったこと言ってもねぇ……?
「いえ、詳しくは知らないですよ?でもその、意外性というか、見た目じゃわからないところとかですかねっ!?」
何言ってんだ私。
適当なこと言うなとか言われたらどうしようと思っていたら、岩峰さんはなぜか、私の見間違いでなければ嬉しそうにしていた。
あんなのでよかったの……?まあ、ぱっと見白いパンで、中身の餡はわかりませんから。
「そうか」
他には何かないのか、と問われてしまう。
え、なぜそんなに食い付くんですか。大好きですね肉まんっ!
「他、ですか。あとはその中身ですかね……?色々ありますけど、やっぱり肉食ですからね」
あんまんとかピザまんとか色々あるけど、やっぱり王道の肉ですよね。前に肉まんと思って食べたら野沢菜みたいな、野菜系の餡だったのはショックだったな。
さて、岩峰さんの反応やいかに。
んー?無言?無言で何か考えてる?でも私の位置から見える横顔は不機嫌そうでもなく、すごく何かを考えている様子だった。
やがて岩峰さんはゆっくり私の方を向く。そして私の肩に手を置いた。
「俺は……」
「本当にお好きなんですね。肉まん」
何か言いかけたところに被せて言ってしまった。岩峰さんの表情が強張る。
すみません、出しゃばりましたごめんなさいっ!
私の肩に置かれた手が、若干震えている。怒ってるこれ?もしかすると殴られるかも、と身構えたけど、そんな気配はない。
「そうだな……美味かった」
そこで私が住んでいるアパートに到着したので、私はお礼を言いながら逃げるようにして部屋に入った。
「次から差し入れはフランクフルトとかにしよう……」
ベッドに倒れこんだ私は、誰にともなくそう呟いていた。
魔王、という単語が頭の中を右から左に流れていく。
「うぃあみめふぁん、ほーして……」
どういうわけか口が塞がれたままなので言葉になっていない。どうしてここにいるのか聞きたかったんだけど、岩峰さんはそれどころでないのか、じっと北川さんを見ていた、いや、睨んでいた。
「わ、若頭……?俺、何かやらかしましたか……?」
目を見開き、壊れかけのロボットのような動作で北川さんは岩峰さんを見上げる。
悪くない!北川さんは何もやらかしてないですよ!?そう主張するべく私は全力で首を左右に振る。がっつりホールドされてて正直全然動かせていないんだけど、岩峰さんには伝わってるよね!?
「それ、何だ?」
岩峰さんは北川さんが持っているコンビニの袋を指差して言った。
「こ、これですか……?普通の肉まん……ですよね?」
北川さんが同意を求めてきたので、私は頷いた。そうです。それはただの肉まんです。ピザまんとかあんまん、プレミアムとかでもない、フツーの肉まんです。税込128円の肉まんです。
「ふぃちうぉう、ふぁおっていふぁふぁいてふぃうおで、ふぉのふぉふぇいふぇふ」
一応、守っていただいているのでそのお礼です。そう言いたいけど、これ絶対伝わってないよな……
「あのー、若頭……そのままでは楓様が苦しいのでは?」
ナイス北川さん!そう、さっきからちょっと苦しかった。思う通りに息ができるってすごく幸せなことだと思う!
うんうんと頷いたら、岩峰さんは私の口を押さえている手にグイッと力を込めた。上を向かされて、岩峰さんと目が合う。
ちょっとどころでなく怖かったけど、期待を込めて見てみたのが功を奏したのか、手を離してくれた。
口元を遮るものが何もなくなり、私は大いに息を吸う。あー、空気って美味しい。
「この肉まんは何だ?」
新鮮な空気を求めすーはーしていたら、岩峰さんが妙にジトッとした眼差しで私を見ていた。ええと、そんなにこの肉まんが気になるんですか?
あと、岩峰さんの口から肉まんという単語が出てきたことに私は驚きです。
「お礼です。北川さんには一応、守っていただいているので……ほんとただの気持ちですけど」
ヤクザさんを一人ほぼ一日中、ボディーガード的な利用のためにお借りするそのお代としては安すぎるとは思うけど、まあ、私がお願いしたことじゃないので。でもさすがに申し訳ないなぁというか、北川さんの時間を浪費させている、という罪悪感を減らして自己満足するためだね。
というわけで、特にこれといった意味もないです。
「……送り迎えをすれば、貰えるのか?」
「え?はい。まあ……お礼に」
いったいなぜそんなことを聞くのだろう。
「俺が送る」
はいっ?そんなに肉まん食べたかったんですか!?確かにその肉まんはウチのコンビニの最期の一つですけど、他のコンビニ行けば多分ありますよ?なんなら買ってきますよ?
「北川、帰ってろ」
だからその肉まん寄越せ、とその目は語っていた。
いやいや、それは北川さんへのお礼のつもりだったんですが。二個目くらい買えますから……ああ、北川さん視線に屈して袋渡した。まあ、お気持ちお察ししますけど。
待っていてくれたのに上司に睨まれて褒賞?の肉まんも奪われた北川さんは、怯え気味にお疲れ様ですと言い残して去っていった。うん、本当にお疲れ様です……ヤクザの世界って理不尽。殴られた迫田さんといい、肉まん横取りされた北川さんといい……
北川さんの姿が角を曲がって消えたので、私は恐る恐る岩峰さんを見上げた。
今気づいたけど、めっちゃ見られてた。ええと、私何かしましたっけ?睨まれてる……のとはちょっと違うな。とりあえずすごく見られている。
「ではあのー、私帰りますので……」
発言しにくい雰囲気ではあるけど、無言で歩き出すのはさすがに失礼だと思って言っておく。しばらくの間ののち、頷いてくださったので私は足を動かした。普通に歩き始めるだけなのに、バンジージャンプで一歩踏み出すみたいな緊張感だった。したことないけど、バンジー。
私の横にぴったりと付いて岩峰さんも歩き始める。
少し進んだあたりでガサゴソと音がして岩峰さんの方を見ると、北川さんから受け取ったコンビニの袋の中から紙袋を出して、無言でその中の肉まんを食べ始めた。
お腹、空いてたのかな?
ほんの一分ほどで肉まんを食べ終えたらしい岩峰さんは、肉まんの下に付いている紙を名残惜しそうに見ていた。
「お好きなんですか……?」
堪え切れなくなった私がそう尋ねると、岩峰さんは驚いたようにこちらを見た。そんなに変な質問をしただろうか。
まじまじと見られたと思ったら、次の時にはふいと目を逸らされる。そしてしばらく遠くを見た岩峰さんが口を開いた。
「お前は、どう思っているんだ?」
肉まんについて?そんな真剣に尋ねられましても……実は肉まんにはうるさい人だったとか?だとしたら下手な事言えないな。
「そうですね、岩峰さんほどではありませんが、好きですよ」
ここは謙遜しておこう。真性のワイン好きに私もワイン好きなんですよーと言うようなものかもしれない。
「……なぜだ?」
まさか聞き返されるとは思わなかった。え、肉まんのどこが好きか?いやそれは美味しいところですけども、そんなわかりきったこと言ってもねぇ……?
「いえ、詳しくは知らないですよ?でもその、意外性というか、見た目じゃわからないところとかですかねっ!?」
何言ってんだ私。
適当なこと言うなとか言われたらどうしようと思っていたら、岩峰さんはなぜか、私の見間違いでなければ嬉しそうにしていた。
あんなのでよかったの……?まあ、ぱっと見白いパンで、中身の餡はわかりませんから。
「そうか」
他には何かないのか、と問われてしまう。
え、なぜそんなに食い付くんですか。大好きですね肉まんっ!
「他、ですか。あとはその中身ですかね……?色々ありますけど、やっぱり肉食ですからね」
あんまんとかピザまんとか色々あるけど、やっぱり王道の肉ですよね。前に肉まんと思って食べたら野沢菜みたいな、野菜系の餡だったのはショックだったな。
さて、岩峰さんの反応やいかに。
んー?無言?無言で何か考えてる?でも私の位置から見える横顔は不機嫌そうでもなく、すごく何かを考えている様子だった。
やがて岩峰さんはゆっくり私の方を向く。そして私の肩に手を置いた。
「俺は……」
「本当にお好きなんですね。肉まん」
何か言いかけたところに被せて言ってしまった。岩峰さんの表情が強張る。
すみません、出しゃばりましたごめんなさいっ!
私の肩に置かれた手が、若干震えている。怒ってるこれ?もしかすると殴られるかも、と身構えたけど、そんな気配はない。
「そうだな……美味かった」
そこで私が住んでいるアパートに到着したので、私はお礼を言いながら逃げるようにして部屋に入った。
「次から差し入れはフランクフルトとかにしよう……」
ベッドに倒れこんだ私は、誰にともなくそう呟いていた。
24
お気に入りに追加
2,728
あなたにおすすめの小説


愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!



極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる