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若様は黙らせたい
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「若~、そろそろ機嫌直してくださいよ。というかどうして不機嫌なんですか」
「うるさい。黙って運転しろ」
「会合の後くらいから俺に対してだけ当たりが強い気がするんですけど……」
運転席に座る藤沢が情けない声を出す。
俺はそれを無視して窓の外を眺めていた。
雨粒が当たって視界もよくはない。正直外なんて見ていないようなもんだが、藤沢の問いに答えるつもりはないからこれでいい。
「俺、会合で何かヘマしましたっけ?それとも黒井の組長がよりにもよって若の頭に手を置いて撫でたからか……?」
「だから黙れって言ってるだろ」
黒井組の組長には相変わらずだなとか言われて髪をグシャグシャにされた。相変わらずってのは身長か?身長の事なのか?
思い出したらムカついてきた。思い出させるな馬鹿野郎。
「え、違うんですか?だとしたら……会合で出たうなぎ嫌いだったとか?」
うなぎ。
そのたかが三文字に自分の体がぴくりと震えたのがわかった。
再度黙れと言ったが、微妙に空いた間に何か勘付きやがったらしい藤沢はわかったように口を開く。
「誰にだって好き嫌いの一つや二つありますからね。俺も蟹とか苦手ですもん。あれわざわざ剥いて食うほど美味いですかね?」
聞いてもいないのに藤沢は勝手に苦手な食い物について話し始める。別にうなぎは好きでも嫌いでもねぇし、美味いだろ蟹は。
俺がそのたかが三文字に反応したのは……言えるわけねぇだろ。そんな事でイラついている自分にムカついてんだから。
「若は普段好き嫌いしてないですから意外ですね。まあうなぎも蟹も別に食べられなかったところで生きていけますしね」
「あのな、別に好きでも嫌いでもねぇよ。いいから黙ってろ」
好き嫌いしねぇのは食べた方が栄養になると思うからだ。そろそろ成長期が来るはずなんだよ。というか来い。
「まあまあ、うなぎ嫌いが弱みになるわけでもないんですから」
だから好きでも嫌いでもないって言ってるだろ。
言い返すのも面倒だ。
藤沢はまだ勝手に喋っている。
「そうだ、実はあのうなぎ、彩葉ちゃんと静岡まで買いに行ったやつなんですよ」
さも今思い出したかのように藤沢は言う。
ちょうど信号待ちになり、驚きましたかと言わんばかりにこっちを振り向いた。
ああ驚いたよ。見事に地雷を踏み抜いてきたその度胸にな!
さすがに気付いたのか、藤沢はあからさまにマズいという顔をした。
「え、ええ?まさか若、俺と彩葉ちゃんでうなぎ買いに行ってたこと知ってて不機嫌だったんですか?」
やめろ。口に出すな。考えないようにしたいのに意味ねぇだろ!
「あれは、瀧さんがせっかくだから彩葉ちゃんも連れてけって……イテテ、運転!運転中なんで首締めんの止めてください!」
瀧は月森の家に昔からいるもう一人の家政婦だ。ちょうど自分の娘と同じくらいの歳らしく、彩葉のことを可愛がっている。
息抜きにでもと行かせたんだろう。だとしてもよりにもよってどうして藤沢と行かせたんだよ。厨房のやつらと一緒でいいじゃねぇか。
「どうして知って……あ、彩葉ちゃんにうなぎパイ貰ったんですか?夜のお菓子だから良質な睡眠で成長にもいいかなって言って買ってましたよ。それで俺と静岡までうなぎ買付けに行ったって聞いたんですか……え、貰ってない?痛っ、頸動脈狙わないでくださいっ!」
車体が揺れる。さすがにここで事故りでもしたら他の車に迷惑か。
「ゲホッ……若は、殺し屋も向いてそうですね」
藤沢は何のフォローにもならない事を言って、気を取り直したように運転を続ける。俺はそれを無視してろくに見えもしない窓の外に目をやった。これ以上この話を続けたくねぇ。
さすがに静かになったな。もう5分くらいで到着する、というところでふとよくあるビニール傘が目に入った。
「……止めろ」
「はい」
ちょうどこの道は商店街から帰る時の道でもある。
案の定、その傘の持ち主は彩葉だった。
「あ、彩葉ちゃん。この時間はお使いの帰りか。よく気付きましたねぇ。さすが若」
「さすがってどういう意味だ。まあ雨の中歩かせるのもなんだから……」
数分だが乗せてやってもいいか。彩葉は基本的に和装だから裾も濡れるだろうし。
声をかけてやろう。そう思って車のドアを開けた時だった。
「いろはねーちゃん!」
見ず知らずの小学生くらいのガキが、傘もささずに彩葉の元に駆け寄っていった。
そしてそいつは振り向いた彩葉の袖を掴む。
「あ、カワくん。どうしたの?」
「いろはねーちゃんが見えたから!この前来なかっただろ?今度いつ来るんだ?」
「ごめんね、お客様が来て忙しかったの。今度の日曜日には行けると思う」
「えー、土曜日じゃないのかー」
そいつは妙に馴れ馴れしく彩葉にくっ付いている。俺だってあれくらいやろうと思えば……いや、あんなガキみたいな事できるか。
……って、行けるってどこにだ?あいつ、土曜か日曜にそいつのところに行ってるって事か?しかも結構な回数。
「いい。先に戻る」
「え、いいんですか?仲良さそうですけど、ただの近所の子どもでしょう」
「どうでもいい。早く出せ」
元々歩いて帰るつもりだったんだろうから、わざわざ乗せてやる必要はない。それに藤沢の言う通りその辺のガキだろう。あの間にわざわざ入り込む?そんな事できるか。
……ああ、イラつく。
あのガキも彩葉にも、自分にも。
あんなに気安く話しかけて、彩葉も当たり前に名前で呼んで。
俺といる時とはまた違う表情に、心臓のあたりがざわざわして気持ちが悪かった。
「うるさい。黙って運転しろ」
「会合の後くらいから俺に対してだけ当たりが強い気がするんですけど……」
運転席に座る藤沢が情けない声を出す。
俺はそれを無視して窓の外を眺めていた。
雨粒が当たって視界もよくはない。正直外なんて見ていないようなもんだが、藤沢の問いに答えるつもりはないからこれでいい。
「俺、会合で何かヘマしましたっけ?それとも黒井の組長がよりにもよって若の頭に手を置いて撫でたからか……?」
「だから黙れって言ってるだろ」
黒井組の組長には相変わらずだなとか言われて髪をグシャグシャにされた。相変わらずってのは身長か?身長の事なのか?
思い出したらムカついてきた。思い出させるな馬鹿野郎。
「え、違うんですか?だとしたら……会合で出たうなぎ嫌いだったとか?」
うなぎ。
そのたかが三文字に自分の体がぴくりと震えたのがわかった。
再度黙れと言ったが、微妙に空いた間に何か勘付きやがったらしい藤沢はわかったように口を開く。
「誰にだって好き嫌いの一つや二つありますからね。俺も蟹とか苦手ですもん。あれわざわざ剥いて食うほど美味いですかね?」
聞いてもいないのに藤沢は勝手に苦手な食い物について話し始める。別にうなぎは好きでも嫌いでもねぇし、美味いだろ蟹は。
俺がそのたかが三文字に反応したのは……言えるわけねぇだろ。そんな事でイラついている自分にムカついてんだから。
「若は普段好き嫌いしてないですから意外ですね。まあうなぎも蟹も別に食べられなかったところで生きていけますしね」
「あのな、別に好きでも嫌いでもねぇよ。いいから黙ってろ」
好き嫌いしねぇのは食べた方が栄養になると思うからだ。そろそろ成長期が来るはずなんだよ。というか来い。
「まあまあ、うなぎ嫌いが弱みになるわけでもないんですから」
だから好きでも嫌いでもないって言ってるだろ。
言い返すのも面倒だ。
藤沢はまだ勝手に喋っている。
「そうだ、実はあのうなぎ、彩葉ちゃんと静岡まで買いに行ったやつなんですよ」
さも今思い出したかのように藤沢は言う。
ちょうど信号待ちになり、驚きましたかと言わんばかりにこっちを振り向いた。
ああ驚いたよ。見事に地雷を踏み抜いてきたその度胸にな!
さすがに気付いたのか、藤沢はあからさまにマズいという顔をした。
「え、ええ?まさか若、俺と彩葉ちゃんでうなぎ買いに行ってたこと知ってて不機嫌だったんですか?」
やめろ。口に出すな。考えないようにしたいのに意味ねぇだろ!
「あれは、瀧さんがせっかくだから彩葉ちゃんも連れてけって……イテテ、運転!運転中なんで首締めんの止めてください!」
瀧は月森の家に昔からいるもう一人の家政婦だ。ちょうど自分の娘と同じくらいの歳らしく、彩葉のことを可愛がっている。
息抜きにでもと行かせたんだろう。だとしてもよりにもよってどうして藤沢と行かせたんだよ。厨房のやつらと一緒でいいじゃねぇか。
「どうして知って……あ、彩葉ちゃんにうなぎパイ貰ったんですか?夜のお菓子だから良質な睡眠で成長にもいいかなって言って買ってましたよ。それで俺と静岡までうなぎ買付けに行ったって聞いたんですか……え、貰ってない?痛っ、頸動脈狙わないでくださいっ!」
車体が揺れる。さすがにここで事故りでもしたら他の車に迷惑か。
「ゲホッ……若は、殺し屋も向いてそうですね」
藤沢は何のフォローにもならない事を言って、気を取り直したように運転を続ける。俺はそれを無視してろくに見えもしない窓の外に目をやった。これ以上この話を続けたくねぇ。
さすがに静かになったな。もう5分くらいで到着する、というところでふとよくあるビニール傘が目に入った。
「……止めろ」
「はい」
ちょうどこの道は商店街から帰る時の道でもある。
案の定、その傘の持ち主は彩葉だった。
「あ、彩葉ちゃん。この時間はお使いの帰りか。よく気付きましたねぇ。さすが若」
「さすがってどういう意味だ。まあ雨の中歩かせるのもなんだから……」
数分だが乗せてやってもいいか。彩葉は基本的に和装だから裾も濡れるだろうし。
声をかけてやろう。そう思って車のドアを開けた時だった。
「いろはねーちゃん!」
見ず知らずの小学生くらいのガキが、傘もささずに彩葉の元に駆け寄っていった。
そしてそいつは振り向いた彩葉の袖を掴む。
「あ、カワくん。どうしたの?」
「いろはねーちゃんが見えたから!この前来なかっただろ?今度いつ来るんだ?」
「ごめんね、お客様が来て忙しかったの。今度の日曜日には行けると思う」
「えー、土曜日じゃないのかー」
そいつは妙に馴れ馴れしく彩葉にくっ付いている。俺だってあれくらいやろうと思えば……いや、あんなガキみたいな事できるか。
……って、行けるってどこにだ?あいつ、土曜か日曜にそいつのところに行ってるって事か?しかも結構な回数。
「いい。先に戻る」
「え、いいんですか?仲良さそうですけど、ただの近所の子どもでしょう」
「どうでもいい。早く出せ」
元々歩いて帰るつもりだったんだろうから、わざわざ乗せてやる必要はない。それに藤沢の言う通りその辺のガキだろう。あの間にわざわざ入り込む?そんな事できるか。
……ああ、イラつく。
あのガキも彩葉にも、自分にも。
あんなに気安く話しかけて、彩葉も当たり前に名前で呼んで。
俺といる時とはまた違う表情に、心臓のあたりがざわざわして気持ちが悪かった。
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