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貴公子の微笑み5
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今日はなんとなく嫌な予感がしていた。昨日の佐々木さんのことがあったからか、会社に向かう途中から若干足が重かったし。
そしてそういう予感ほどよく的中する。
例に漏れず今日も大いに忙しくて、お昼ごはんどころではなくなりそうだった。
でも今日のお弁当は吉崎さん曰く片手で食べられるようにしといたとのことで、お昼休みに過去の売り上げ記録等々のデータを探しながら食べることにした。
そういえば年末にも吉崎さんはこんなお弁当作ってくれたな。
ひと口サイズに丸めたお米を海苔で巻いて食べやすくしたご飯とプチトマトやにんじん、硬めの卵焼き、鶏の照り焼きの、全部爪楊枝で食べられるお弁当。
いただきまーす、とにんじんを口に運んだときだった。
「これもお願いしていいかしら?」
お姉様方の筆頭、片山さんの金魚のフ……じゃない、戸川さんだ。
そう言って私の返事も待たずにデスクの上に置かれたのは備品のチェック表。あのこれ、そもそも戸川さんの仕事じゃ……と思ったけど、この状況で断って機嫌を損ねるよりましかと納得することにした。
戸川さんは私のお弁当をちらりと覗き込むと、そのまま用は済んだと言わんばかりに自分は休憩室は向かっていった。
これ、昨日のあれの逆恨みだよね。
そして佐々木さんが外に営業でいない今やるあたり、陰湿だなと思う。
まあ正直、いきなり仕事振ってくるのは戸川さんに限ったことじゃないし、慣れてるっちゃ慣れてるんだけど。
とりあえず今探してるデータが見つかったら倉庫行こっかな。今日も帰りは遅くなるんだろうな。
お弁当、食べられてよかった。甘いにんじんのグラッセだけが今の私の救いだ。
フロアの端にある備品倉庫は相変わらず暗くて埃っぽい。暇な人が掃除してくれないかなと思うけど、暇してるのは上司ばっかりだろうし、あの方々が掃除をしてくれるようには到底思えないので諦める。
ため息をつきながら電気を付けて備品のチェック表を見る。
とりあえず1番上にあるし、まずボールペンとか朱肉の数数えようかな。
筆記用具と書かれた段ボールを引っ張り出してその中身を出して確認していく。
そしてコピー用紙の束を数えていたときに、異変は起こった。
突然手元が暗くなって、窓の他に唯一明るいドアの方を見ると、光が細くなっていきガチャっと無情な音がして鍵がかけられたのがわかった。
「うそ……」
うっかり閉めてしまったにしても、普通なら電気がついてれば中に人がいないか確認くらいするだろう。これは確信犯だろうな。
こんなことして、何が楽しいんだか。
とりあえず電気だけは内側にタップがあるから薄暗い中を手探りで移動してつけ直す。
備品のチェック自体はもうしばらくかかるから、それまではこのままでいっか。スマホはポケットにあるし、終わりそうになったら有以子とかに電話して助けてもらおう。さすがに終業時間にはお姉様方でも開けてくれる……はず。
気を取り直して私は再び備品のチェックにかかった。
ドアが閉まったからか静かだ。さっきまでほんの少し聞こえていた話し声も聞こえなくなって、音は自分の手元からしかしない。
私、何してるんだろ。
こんな作業無心でやればいい。そう思っていたのにどうも脳が暇を感じているのか思考が止まらなくなる。
これも給料のうちと割り切って働いているし、頼られることもあって多少はやりがいも感じている。
でもこれは、意識したくはないけどいじめってやつだよね……
まさか倉庫に閉じ込めるなんてテンプレないじめをされる日が来るとは思わなかった。
多少の陰口は学生時代にも経験してるし、お局様方が存在してる時点で覚悟はしてたけど、これはさすがに悲しいというか、凹むな。
私は何も悪くないのに。
「あーあ」
誰も聞いていないからつい声が漏れてしまう。
たいして実害はないし、そのうち吉崎さんとか小原さんとの飲み会の愚痴ネタにでもしようかな。お姉様方、やる事が子どもじみてるんですよねって……あれ?なぜ吉崎さんたちと飲み会するのが当たり前のように?
まあ、絶対楽しいからね。少なくとも会社の飲み会よりずっと。結局あれも上司の話を聞くっていう仕事の一環みたいなところあるし。
でも、吉崎さんだっていつまでも私のお隣さんでいるわけじゃない。いついなくなってしまうのかもわからない。
そうなったら……
「寂しいなぁ」
出会ってほんの数ヶ月だけど、一番喋っているのは吉崎さんたちなんだな。
部屋に帰っても暗くて静かで、お湯を沸かしてレトルト食品をひとりで温める。そんな以前までの生活に戻るだけなのに、きっと私は忘れる事ができずに時折恋しくなって、教えてもらった料理を作るのかな。
想像するだけで、こんなにも寂しい。
けど、今の状況が当たり前じゃないことは理解している。
それにきっと、吉崎さんだって顔は怖いしアホって言ったり口は悪いけど、料理上手でいい男だと思う。ヤクザさんの結婚事情とか知らないけど、いつか誰かと結婚して週末くらいに料理したりするのかな。うーん、吉崎さんの料理が週末だけっていうのは勿体無い気がする。
毎日の方がまだ見ぬ奥さんも美味しくて幸せだと思うんだ……ん?なんだろう今、ザワっとした。
ネガティヴな思考回路に落ちすぎたかな。
そうだそろそろ有以子に倉庫開けて欲しいって連絡を……
ガチャっと鍵の開けられる音がした。
さすがに開けてくれたのかな。そう思ったけど。
「あれ?佐伯さん?」
ドアを開けてくれたのは佐々木さんだった。
そしてそういう予感ほどよく的中する。
例に漏れず今日も大いに忙しくて、お昼ごはんどころではなくなりそうだった。
でも今日のお弁当は吉崎さん曰く片手で食べられるようにしといたとのことで、お昼休みに過去の売り上げ記録等々のデータを探しながら食べることにした。
そういえば年末にも吉崎さんはこんなお弁当作ってくれたな。
ひと口サイズに丸めたお米を海苔で巻いて食べやすくしたご飯とプチトマトやにんじん、硬めの卵焼き、鶏の照り焼きの、全部爪楊枝で食べられるお弁当。
いただきまーす、とにんじんを口に運んだときだった。
「これもお願いしていいかしら?」
お姉様方の筆頭、片山さんの金魚のフ……じゃない、戸川さんだ。
そう言って私の返事も待たずにデスクの上に置かれたのは備品のチェック表。あのこれ、そもそも戸川さんの仕事じゃ……と思ったけど、この状況で断って機嫌を損ねるよりましかと納得することにした。
戸川さんは私のお弁当をちらりと覗き込むと、そのまま用は済んだと言わんばかりに自分は休憩室は向かっていった。
これ、昨日のあれの逆恨みだよね。
そして佐々木さんが外に営業でいない今やるあたり、陰湿だなと思う。
まあ正直、いきなり仕事振ってくるのは戸川さんに限ったことじゃないし、慣れてるっちゃ慣れてるんだけど。
とりあえず今探してるデータが見つかったら倉庫行こっかな。今日も帰りは遅くなるんだろうな。
お弁当、食べられてよかった。甘いにんじんのグラッセだけが今の私の救いだ。
フロアの端にある備品倉庫は相変わらず暗くて埃っぽい。暇な人が掃除してくれないかなと思うけど、暇してるのは上司ばっかりだろうし、あの方々が掃除をしてくれるようには到底思えないので諦める。
ため息をつきながら電気を付けて備品のチェック表を見る。
とりあえず1番上にあるし、まずボールペンとか朱肉の数数えようかな。
筆記用具と書かれた段ボールを引っ張り出してその中身を出して確認していく。
そしてコピー用紙の束を数えていたときに、異変は起こった。
突然手元が暗くなって、窓の他に唯一明るいドアの方を見ると、光が細くなっていきガチャっと無情な音がして鍵がかけられたのがわかった。
「うそ……」
うっかり閉めてしまったにしても、普通なら電気がついてれば中に人がいないか確認くらいするだろう。これは確信犯だろうな。
こんなことして、何が楽しいんだか。
とりあえず電気だけは内側にタップがあるから薄暗い中を手探りで移動してつけ直す。
備品のチェック自体はもうしばらくかかるから、それまではこのままでいっか。スマホはポケットにあるし、終わりそうになったら有以子とかに電話して助けてもらおう。さすがに終業時間にはお姉様方でも開けてくれる……はず。
気を取り直して私は再び備品のチェックにかかった。
ドアが閉まったからか静かだ。さっきまでほんの少し聞こえていた話し声も聞こえなくなって、音は自分の手元からしかしない。
私、何してるんだろ。
こんな作業無心でやればいい。そう思っていたのにどうも脳が暇を感じているのか思考が止まらなくなる。
これも給料のうちと割り切って働いているし、頼られることもあって多少はやりがいも感じている。
でもこれは、意識したくはないけどいじめってやつだよね……
まさか倉庫に閉じ込めるなんてテンプレないじめをされる日が来るとは思わなかった。
多少の陰口は学生時代にも経験してるし、お局様方が存在してる時点で覚悟はしてたけど、これはさすがに悲しいというか、凹むな。
私は何も悪くないのに。
「あーあ」
誰も聞いていないからつい声が漏れてしまう。
たいして実害はないし、そのうち吉崎さんとか小原さんとの飲み会の愚痴ネタにでもしようかな。お姉様方、やる事が子どもじみてるんですよねって……あれ?なぜ吉崎さんたちと飲み会するのが当たり前のように?
まあ、絶対楽しいからね。少なくとも会社の飲み会よりずっと。結局あれも上司の話を聞くっていう仕事の一環みたいなところあるし。
でも、吉崎さんだっていつまでも私のお隣さんでいるわけじゃない。いついなくなってしまうのかもわからない。
そうなったら……
「寂しいなぁ」
出会ってほんの数ヶ月だけど、一番喋っているのは吉崎さんたちなんだな。
部屋に帰っても暗くて静かで、お湯を沸かしてレトルト食品をひとりで温める。そんな以前までの生活に戻るだけなのに、きっと私は忘れる事ができずに時折恋しくなって、教えてもらった料理を作るのかな。
想像するだけで、こんなにも寂しい。
けど、今の状況が当たり前じゃないことは理解している。
それにきっと、吉崎さんだって顔は怖いしアホって言ったり口は悪いけど、料理上手でいい男だと思う。ヤクザさんの結婚事情とか知らないけど、いつか誰かと結婚して週末くらいに料理したりするのかな。うーん、吉崎さんの料理が週末だけっていうのは勿体無い気がする。
毎日の方がまだ見ぬ奥さんも美味しくて幸せだと思うんだ……ん?なんだろう今、ザワっとした。
ネガティヴな思考回路に落ちすぎたかな。
そうだそろそろ有以子に倉庫開けて欲しいって連絡を……
ガチャっと鍵の開けられる音がした。
さすがに開けてくれたのかな。そう思ったけど。
「あれ?佐伯さん?」
ドアを開けてくれたのは佐々木さんだった。
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