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ヤクザさんとおでん6
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『……邪魔だ。退け』
それは、凍てついた冬の空気よりも冷たく鋭い声だったらしい。
雪のちらつきはじめた明るく賑やかな通りの裏で、呉田さんはヤクザに捕まり私刑に遭っていたそうだ。
「あの頃は組とかそんなもんもよくわからずに遊び歩いて、今思えばイタいやつだったな、俺」
呉田さんはおでんの大根を半分に割る。
吉崎さんの料理、特におでんに対してかなり思い入れがありそうだったから理由を尋ねてみたら、吉崎さんの様子を伺い特に気にしていなさそうなのを確かめて、呉田さんは昔のことを話し始めた。
曰く、呉田さんは高校生の頃とてもやんちゃしていて、補導やなんかは日常茶飯事だったとのこと。
その日も路地裏でサラリーマン風の男に手を出して財布を奪った直後、黒服の男たちに囲まれてズタボロにされたという。
「そのおっさん、その黒服の上が経営してる店の上客だったらしい。滅茶苦茶ボコられるわ財布も奪われるわで、俺ここで死ぬのかなって思ってたんだよ。金がなけりゃ結局意味ねぇし、その日は雪がチラつくくらいには寒かった」
そうして寒さと怪我で動けなくなっていた……なにこの壮絶な過去編。
吉崎さんは何でもなさそうな顔で食べてるけど、私はちょっぴり箸を動かしていた手が止まったよ。まあ早いもの勝ちみたいになってるから完全には止まってないけどね。がんもどき美味しい。出汁が染み込んでて口の中で混じり合う。
「人がせっかく話してるのに何食ってんだよ」
「いや、呉田さんも食べてるじゃないですか」
口に入れたまま喋りはしていないけど、さっきから呉田さんはすごい速さで噛んで飲み込んでいる。
「減るだろ」
「あ、さてはそれが本音ですね」
そう言っている間に鍋の中の具材は姿を消して、最後に大根が残された。
そして呉田さんの箸は、まだ呉田さんの口元。対して私の箸は鍋の方に向けられている。
……もらった!
勝利を確信した瞬間、前方から現れたおたまによって大根は掬われていった。
よ、吉崎さんなら……仕方ない。食べさせて頂いている身分の私には何も言えません。
残念だけどまだ美味しいものはある。いい感じに焼き目のついた鶏のソテーに箸を伸ばすと、私の目の前におたまが出現した。その上には半分に割られた大根が乗っている。
「……ほら。呉田お前もだ」
だから喧嘩するなよ、とその目は語っていた。
「吉崎さん……」
「頭……」
兄弟抱えたお母さんみたい、という言葉を私はぐっと飲み込んだ。
確かにこれは喧嘩する。だって美味しいもん。
そして今の流れで流れてしまった呉田さんの過去のお話の続きを聞かなきゃ。
呉田さんはやや呆れた目で私を見つつ、ため息をついて今度はゆっくり大根を口に放り込む。じっくり味わうようにして大根を飲み込んだ呉田さんは箸を置いた。
「そんな驚くような展開じゃねぇよ。あの雪の日に、道端で転がってた俺はその黒服の連れて来た上の奴らに事務所連れてかれそうになった。自慢じゃねぇが、どうも俺あの辺りで暴れすぎて面が割れてたらしい」
「え、それは結構まずい状況なんじゃ……」
「まあな。死ぬかもって思ってたのには変わりねぇけど、ヤクザの私刑は嫌だろ。だから逃げようとした」
それでも簡単に逃げられるわけがなく、抵抗したものの呉田さんはその時点で結構酷い目に遭っていたらしい。
あ、詳細な描写は結構です。血溜まりとか、冗談ですよね?
「……まあいいか。とにかくあの時はヤバかった。そこで颯爽と現われたのが頭ってわけだ」
呉田さんはその時のことを思い出しているのか、誇らしげな顔でうんうんと頷いていた。
「俺が起き上がる間に周りにいたやつらを全員吹っ飛ばして……あんたは知らねぇだろうが、頭は滅茶苦茶強いんだぞ」
「それはなんとなく知ってます」
アパートの壁を人間で貫通させた前科があるので。
「それで何も言わずに頭は夜の闇に消えていった。その後姿が最高にかっこよかったんだよな。気付けば追いかけてた」
思えばストーカーみたいなことしたな、と呉田さんは笑う。
「事務所にいても門前払い食らって、仕方ねぇから待ってたらこっちでも凍死しそうになった。そん時に食わせてもらったのが、おでんなんだよ」
そういえば吉崎さんと出会った次の日の夕ご飯、水炊きだったな。
寒くて疲れているときのあったかいものって、なんというかこう……沁みるよね。
その感覚が残っているのか、思い返すだけで美味しかったなぁって思えて、心が暖かくなる。
「あったかい料理ってこう……するっと隙間に入ってくるんですよね」
正直なところあれで吉崎さんをあっさり信用してしまったところはある。いくらお隣さんとはいえヤクザでしかも組長の料理。知らない人どころか知り合いになりたくない人からものを貰っちゃったわけだ。
そう考えると、呉田さんと私って似てるのかな。
吉崎さんに食べ物で速攻懐柔されたってところは。
……やっぱり吉崎さんは、ヤクザより料理人の方がよっぽど向いてると思います。
それは、凍てついた冬の空気よりも冷たく鋭い声だったらしい。
雪のちらつきはじめた明るく賑やかな通りの裏で、呉田さんはヤクザに捕まり私刑に遭っていたそうだ。
「あの頃は組とかそんなもんもよくわからずに遊び歩いて、今思えばイタいやつだったな、俺」
呉田さんはおでんの大根を半分に割る。
吉崎さんの料理、特におでんに対してかなり思い入れがありそうだったから理由を尋ねてみたら、吉崎さんの様子を伺い特に気にしていなさそうなのを確かめて、呉田さんは昔のことを話し始めた。
曰く、呉田さんは高校生の頃とてもやんちゃしていて、補導やなんかは日常茶飯事だったとのこと。
その日も路地裏でサラリーマン風の男に手を出して財布を奪った直後、黒服の男たちに囲まれてズタボロにされたという。
「そのおっさん、その黒服の上が経営してる店の上客だったらしい。滅茶苦茶ボコられるわ財布も奪われるわで、俺ここで死ぬのかなって思ってたんだよ。金がなけりゃ結局意味ねぇし、その日は雪がチラつくくらいには寒かった」
そうして寒さと怪我で動けなくなっていた……なにこの壮絶な過去編。
吉崎さんは何でもなさそうな顔で食べてるけど、私はちょっぴり箸を動かしていた手が止まったよ。まあ早いもの勝ちみたいになってるから完全には止まってないけどね。がんもどき美味しい。出汁が染み込んでて口の中で混じり合う。
「人がせっかく話してるのに何食ってんだよ」
「いや、呉田さんも食べてるじゃないですか」
口に入れたまま喋りはしていないけど、さっきから呉田さんはすごい速さで噛んで飲み込んでいる。
「減るだろ」
「あ、さてはそれが本音ですね」
そう言っている間に鍋の中の具材は姿を消して、最後に大根が残された。
そして呉田さんの箸は、まだ呉田さんの口元。対して私の箸は鍋の方に向けられている。
……もらった!
勝利を確信した瞬間、前方から現れたおたまによって大根は掬われていった。
よ、吉崎さんなら……仕方ない。食べさせて頂いている身分の私には何も言えません。
残念だけどまだ美味しいものはある。いい感じに焼き目のついた鶏のソテーに箸を伸ばすと、私の目の前におたまが出現した。その上には半分に割られた大根が乗っている。
「……ほら。呉田お前もだ」
だから喧嘩するなよ、とその目は語っていた。
「吉崎さん……」
「頭……」
兄弟抱えたお母さんみたい、という言葉を私はぐっと飲み込んだ。
確かにこれは喧嘩する。だって美味しいもん。
そして今の流れで流れてしまった呉田さんの過去のお話の続きを聞かなきゃ。
呉田さんはやや呆れた目で私を見つつ、ため息をついて今度はゆっくり大根を口に放り込む。じっくり味わうようにして大根を飲み込んだ呉田さんは箸を置いた。
「そんな驚くような展開じゃねぇよ。あの雪の日に、道端で転がってた俺はその黒服の連れて来た上の奴らに事務所連れてかれそうになった。自慢じゃねぇが、どうも俺あの辺りで暴れすぎて面が割れてたらしい」
「え、それは結構まずい状況なんじゃ……」
「まあな。死ぬかもって思ってたのには変わりねぇけど、ヤクザの私刑は嫌だろ。だから逃げようとした」
それでも簡単に逃げられるわけがなく、抵抗したものの呉田さんはその時点で結構酷い目に遭っていたらしい。
あ、詳細な描写は結構です。血溜まりとか、冗談ですよね?
「……まあいいか。とにかくあの時はヤバかった。そこで颯爽と現われたのが頭ってわけだ」
呉田さんはその時のことを思い出しているのか、誇らしげな顔でうんうんと頷いていた。
「俺が起き上がる間に周りにいたやつらを全員吹っ飛ばして……あんたは知らねぇだろうが、頭は滅茶苦茶強いんだぞ」
「それはなんとなく知ってます」
アパートの壁を人間で貫通させた前科があるので。
「それで何も言わずに頭は夜の闇に消えていった。その後姿が最高にかっこよかったんだよな。気付けば追いかけてた」
思えばストーカーみたいなことしたな、と呉田さんは笑う。
「事務所にいても門前払い食らって、仕方ねぇから待ってたらこっちでも凍死しそうになった。そん時に食わせてもらったのが、おでんなんだよ」
そういえば吉崎さんと出会った次の日の夕ご飯、水炊きだったな。
寒くて疲れているときのあったかいものって、なんというかこう……沁みるよね。
その感覚が残っているのか、思い返すだけで美味しかったなぁって思えて、心が暖かくなる。
「あったかい料理ってこう……するっと隙間に入ってくるんですよね」
正直なところあれで吉崎さんをあっさり信用してしまったところはある。いくらお隣さんとはいえヤクザでしかも組長の料理。知らない人どころか知り合いになりたくない人からものを貰っちゃったわけだ。
そう考えると、呉田さんと私って似てるのかな。
吉崎さんに食べ物で速攻懐柔されたってところは。
……やっぱり吉崎さんは、ヤクザより料理人の方がよっぽど向いてると思います。
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