お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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お弁当と微笑みと3

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その日の夜、すっかり疲れ切って部屋に戻った私を見た吉崎さんは、私が適当に床に投げ出した荷物からお弁当箱だけ取り出すと、黙って定位置に置き直してくれた。
私が疲れて戻ってくるのはわりと毎日のことなので、吉崎さんは仕方ないなという顔をしつつもいつも通り机の上に今日の夕ご飯を並べてくれる。
でも今日は本当に疲れた。お昼ごはんのときにお姉様方に絡まれてつい言い返してしまったからか、今日は妙に仕事が私の方に回ってきた。しかもそのせいで忙しくしてるのに、いきなり来たクレームの対応やらされたり会議の資料コピーしといてと私の返事も聞かずに机の上に放置されたり。ご丁寧にもその資料はページがバラバラになっていた。
明日もこんな感じなんだろうかと思うと憂鬱でしかない。苛ついたとはいえ、余計なこと言うんじゃなかったなぁ。
そうして上着を脱いでぼんやりと眺めているうちに、机の上にはほかほかの白いご飯、ナスの味噌汁、から揚げ、ポテトサラダ、大根サラダが現れた。
相変わらず美味しそう。本能に忠実な私の体は自然とお腹を鳴らして机の前で正座していた。

「いただきます」

最後に麦茶を持って来てくれた吉崎さんも両手を合わせてお箸を手に取った。
まずはやっぱりメインのから揚げだよね。いや、その前にサラダかな。
から揚げに伸ばした箸をスッと横にスライドさせて私は大根サラダをつまむ。お箸からでも大根のさっくり感が伝わってくる。
ごまのドレッシングをかけてさっそく一口。
大根は細切りで束にして食べるとさっくさく。カリカリに揚がった玉ねぎの甘みと香ばしさがいいアクセント!ごまドレッシングももちろん美味しい。
そして次は本命のから揚げ。みるからに衣はカリカリで、口元に持っていくとにんにくのあの背徳的な香りがふわっと香ってたまらない。しかもけっこう大きめの食べごたえのあるサイズ。
一口かじると、衣の間から熱い肉汁が歯を伝って流れ込んできた。熱すぎて思わず口を離してしまう。けど、これが美味しいのは間違いない。軽く冷まして再びかじりつく。
ああ、すごくいい。衣はカリカリ、鶏肉はぷりぷりしてて、肉汁が溢れ出てくる。そこににんにくの風味と醤油の香ばしさ。ビールが、ビールが欲しい!ハイボールでもいいや。とりあえず酒類が欲しい……けど、なんだか今日は疲れてるからか飲むぞって気分になれなくて、私は味噌汁とすすった。
まあでも、このから揚げとさっぱりした大根サラダ。この2種類だけでも永遠にループできる。2個目のから揚げを食べ終わって3個目に箸を伸ばす。
そろそろ食べやすい温度になってるかな、なんて思いながらつまもうとしたときだった。吉崎さんが唐突に箸を止めて、真っ直ぐに私を見る。

「……なあ嬢ちゃん、今日なんかあったのか?」
「え?どうしてそんなこと聞くんですか?」
「いいから、答えろ」

なんで吉崎さんがそんなことを聞いてくるんだろう。まさか、美味しくなさそうにしてた?いやいや、こんな美味しいものに対して不味そうな顔なんてできませんよ。確かに今日は疲れてはいるけど、疲れてるのはわりといつものことですよ?

「ちょっと忙しかっただけですよ。色々と仕事回ってきたので」
「忙しいのはいつもだろ。そんな嫌なら辞めればいいじゃねぇか」
「会社はドが付くブラックですからね……でも仕方ないんですよ。転職とか言われてますけど、そんな簡単にできませんし。1年半で辞めたなんて根性無しとか思われるだけです」
「……俺はまともに就活なんてしてこなかったからな。そういうのわかんねぇんだ。でもまあ、辞めるんなら再就職先紹介してやるよ。っても、組の事務……というか雑用係だが、元社畜なら余裕だろ」
「いやいやご冗談を」

ヤクザさんの事務所の事務って、そもそも私のようなチキンには足を踏み入れることすら無理です。そうだ、チキンと言えばから揚げ。私は目の前にあるから揚げをじっと見る。食べていいかな。あ、でも吉崎さんのお顔が納得してなさそう。

「まあ頭の片隅にでも置いとけ。それより、何があったんだ。ただ疲れてるってだけじゃねぇだろ」
「いや、吉崎さんに話すようなことじゃないですよ」

職場のお姉様方のご機嫌を損ねて仕事量増やされたなんて言ったところでどうにもならない。それにそもそもの原因が吉崎さんのお弁当だなんてなおさら言えない。

「その言い方は何かあったやつの言い方だろ。別に愚痴だろうが聞いてやるから話せ。話さねぇなら、これ没収するぞ」

そう言って吉崎さんはから揚げが山積みになったお皿を持ち上げる。

「か、から揚げっ!!」
「嬢ちゃんが話せば下ろしてやるよ。辛気臭い顔で食われちゃ嬉しくねぇ」

辛気臭い、顔。私、そんな顔してたのかな。

「ご、ごめんなさい……」
「別に謝れとは言ってねぇだろ。何があったのか話せって言ってんだ」

吉崎さんは軽く息を吐いてゆっくりとお皿をもとの場所に下ろした。その目は呆れているようで、私のことを心配してくれていた。

「……完全に愚痴ですよ?絶対つまらないですよ?」
「いいんだよ。愚痴でもなんでも言え。俺は聞くだけだからな」

その一言に、私は胸の中のつかえがすっと取れたような、そんな心地がした。
私はアドバイスをもらいたいとか同情してほしいとか、そんなことは望んでいない。
だから「聞くだけ」という、その気遣いが嬉しかった。

「今日のお昼なんですけど……」

片山さんと戸川さんというお姉様方に、朝たまたま佐々木さんと一緒にいたことについて嫌味を言われたこと。お弁当をバカにされたこと。それで怒ってつい反抗したら、あからさまに昼から仕事を増やされたこと。とりあえず思い返して浮かぶままに私は話した。
吉崎さんは茶々を入れることもなくただ無言で聞いてくれる。でも聞き流しているという感じではなくて。だからとても話しやすい。
てっきり思い出すのも嫌で話すなんてよけい虚しくなって疲れるだけだと思っていたのに、感じたことや思ったことを吐き出していくと、少しずつ気分が楽になっていく気がした。
……そういえば、今日は結局外回りに行ってた有以子には会えなかった。普段なら喋って少し楽になっていたのかもしれない。
誰かに話すって、大事だったんだな。
そう思うと、自然と広角が上がる。目の前に置かれたから揚げが、より美味しそうに見えた。
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