お隣さんはヤのつくご職業

古亜

文字の大きさ
上 下
21 / 67

ヤクザさんのお弁当3

しおりを挟む
「お弁当、ありがとうございました。会社の先輩にも褒められちゃいました」

なんだかもう当たり前になったエプロン姿の吉崎さんにお弁当箱の包みを渡した。
お弁当箱は食べた後に洗って返そうと思ったけど、洗った後はちゃんと乾かさなきゃいけないらしくて断念した。私のせいでカビが生えたりしたら申し訳ないし。

「その方がいい。洗おうとしてくれたんなら気持ちだけで十分だ」

そう言って吉崎さんは空のお弁当箱を受け取って、自分の部屋に戻っていった。
吉崎さんがいなくなった台所のコンロで温かそうなコンソメスープが煮えている。机の上には既に取り皿やお箸が用意されていた。
私にできそうなお手伝い要素はなさそうだったので、吉崎さんが戻ってくるまで私は荷物を片付けたりメールのチェックをする。
やがて戻ってきた吉崎さんは大きなお皿を机の真ん中に置く。その上に乗っていたのはまん丸としたオムレツだった。
できたてのほかほかとした湯気を立てているオムレツは、中にベーコンや野菜がゴロゴロ入っていて、ケーキみたいに切り分けられていた。
なんだか小洒落たパーティ料理みたいでテンションが上がる。
さらに鶏肉と野菜のトマト煮込みがその横に並んだ。
ああもう、美味しそうっ!
じっと眺めていたらスープをよそっておいてくれと言われたので、私は喜んでよそいにいく。
吉崎さんが白いご飯をよそってきてくれて、夕飯が揃った。

「いただきます!」
「……いただきます」

食材、ならびに吉崎さんに感謝を込めて手を合わせる。
オムレツふわふわ。鶏肉もトマトの味が染み込んでぷりっぷり……だめだ。箸が止まらない。

「そうだ、お弁当の事なんですけど、どうしたのかって言われて自分で作ったって言っちゃったんですが、よかったですか?」

オムレツが半分くらいに減ったところで、私はふと今日のことを思い出した。
作ってもらったのにまるで自分のことみたいに言ってしまって申し訳ない。

「俺は気にしねぇよ。むしろ事実を言われる方が迷惑だ」

そうですよね。お隣さんがヤクザさんで、緊急避難場所を提供する代わりにごはん作ってもらってます。なんて言えるわけがない。そもそも信じてすらもらえない気がするけど。

「私にあのクオリティのお弁当作れるわけがないんですけどね……」
「料理できる女認定されてよかったじゃねぇか。まあ、実際は違うけどな」

そう言って吉崎さんは笑った。面白がってる風の笑い方だ。
そうですよ。実際は野菜を切るのすら危ういですよ。できるようになっとかないとなって、言われなくてもわかってます!

「会社に持っていたお弁当第一弾があれですからね。本当に自分で作ったのを持ってったら、うう……ドン引かれます」
「詰めるだけだろ」
「簡単そうに言いますけど、センスって大事だと思うんです」

ん?ということは今日のお弁当は吉崎さんのセンス……ええ、吉崎さん絶対就職先間違ってますって。今からでも遅くないです。どこかの料亭に修行しに行きましょうよ。板前とか料理長とかだったら、吉崎さんみたいな強面でもむしろいける気がします。

「俺、一応組長なんだが」
「そうですけど、吉崎さんの腕前ならお客様入れ食い状態です。経営難とかの心配はいらないと思います。なんなら私が通いますよ!」

さすがに毎日は無理ですけど、吉崎さんのお料理から離れるの寂しい。そうだ、いっそそうして頂けたら、いつでも食べられる!?

「もしそうなったら、有以子とか佐々木さんにお店紹介しますよ。ちゃんとお客様連れてきます」
「いや、別に他に客は……佐々木?」

ああ、そっか。佐々木さんのこと話すの初めてだっけ。有以子とかムカつく上司についてはちらほら喋ってるけど。

「会社の先輩です。微笑み王子なんて呼ばれてて、すっごくモテるんですよ」

そう言ったら、吉崎さんが微妙な顔をした。すぐ元に戻ったけど、なんだったんだろう。

「あ……いや、お前に上司以外の男の知り合いがいたのかと思ってな」
「佐々木さんは私の教育係もしてくださったので、上司みたいな人ですよ……あ、私みたいな女子もどきに男の知り合いなんていないと思ってたんですか」

失礼な。確かに男友達と呼べるくらいの間柄の異性はいませんけど、私にだって最低限のコミュニケーションくらいとれます!

「いや、さすがにそこまでは思ってねぇよ。なんだ、まさかそいつのこと好きなのか?」
「まさか、佐々木さんはみんなの王子様ですよ」

冗談めかして言われて、本気で尋ねられたわけじゃない。だからさらっと流そうとしたのに、じっと見つめられて急に恥ずかしくなった。

「あ……いや、まあ……少しは……」

なぜか言わなきゃと思ってしまって、正直に言ってしまう。有以子以外に話すの始めてで、変に緊張した。
吉崎さんの反応を伺うと……なぜか驚いた顔を。私に密かにとはいえ好きな人がいたの、そんなに驚きですか。
というか聞いてきたのそっちでしょう。

----------

無意識な上げて落とすスタイル。ごめんなさい吉崎さん。
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

幸薄女神は狙われる

古亜
恋愛
広告会社で働くOLの藤倉橙子は、自他共に認める不幸体質。 日常的に小さな不幸を浴び続ける彼女はある日、命を狙われていたヤクザを偶然守ってしまった。 お礼にとやたら高い鞄を送られ困惑していたが、その後は特に何もなく、普通の日々を過ごしていた彼女に突如見合い話が持ち上がる。 断りたい。でもいい方法がない。 そんな時に思い出したのは、あのヤクザのことだった。 ラブコメだと思って書いてます。ほっこり・じんわり大賞に間に合いませんでした。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

処理中です...