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美味しいは罪4
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「どうぞ」
通されたのは半個室の座敷だった。
桐谷部長に目で竹山さんの横に座るよう示されて、私は顔には出さないけど渋々竹山さんの横に座る。3人なんだから私と部長が並んで座る方が絶対いいと思うんですけど。
整髪剤の匂いが鼻をついて、なんとも言えない気分になる。
「佐伯さんでしたか、すみませんね忙しい時期に」
「いえ、お構いなく」
わかってるなら帰らせてほしい。喉元くらいまでそれが出かけたけど言えるわけもないので笑顔を貼り付けて耐える。
食事代は経費で落とすらしい。それが経費で落ちるなら残業代も欲しいくらいだけど、とりあえず久しぶりのまともなごはんだから考えないでおく。
吉崎さんがいなくなった後の食事の状況はなかなか酷いものだった。
1日目の朝は頑張った。というか起きてしまったので食パンを焼いただけだけど。物足りなくてベーコン焼いて見事焦がしたのは失敗だった。
でも当然お弁当を作る余裕はなく、その日のお昼からあっさり崩れていった。
あのお弁当があったからお昼はちゃんと食べようというモチベーションになっていたらしい。今はパンを野菜ジュースで流し込むだけだからデスクで済ませてしまえる。
夜も当然疲れてるから何もする気力は起こらず、そのまま寝るかコンビニ弁当もしくはカップ麺。
だから接待とはいえいちおうまともな美味しいごはん食べられる……と思っていたのだけど、どうも肝心の料理でさえ美味しいと思えなかった。
「最近日曜大工に凝っているんですよ。棚なんか作ってみたりね」
「それは凄いですね。僕は不器用なもので、とてもできませんよ」
「私も棚は買うものだと思ってました」
適当に相槌を打ちつつ、早く終わらないかなと祈り続ける。
さっきから仕事の話とかは一切ない。まあそういう接待なのはわかってたけどね。とりあえず褒めて下手に出る。田中商事は前々から付き合いのある会社とはいえ、お付き合いがあるのは会社同士であって私と竹山さんは全く無関係だと思うんですよね。
「ところで、佐伯さん彼氏はいないの?」
「今は、いないですね」
今はってところをやや強調しとこう。この質問こそ無意味だよね。
半ば刺すようにして大根を摘み、口に放り込む。
「若いうちに作っとかないと、30にもなったら今どき、ねぇ」
「お気遣いありがとうございます」
余計なお世話だこのセクハラ野郎。もう嫌早く帰りたい。
話題を変えようと流れていた流行りの曲に反応してみるも、失敗。そういう話題なら男二人で喋っててくれませんかね。
ずっと同じ姿勢だったからちょっと身動ぎする。そこで太腿の辺りに何かが触れた。
ぞくっとすると同時に、それは動いて私の足の上に乗った。
「でも今どきの若い子は付き合ってなくてもとかよく聞くねぇ。これまで何人くらいと付き合ったの?」
「ひとりですね」
幼稚園の頃に仲良くて一緒に遊んだり帰ったり?今思えば恋人っぽいことしてましたね。居ないと答えるのは癪だから……そんな事より気持ち悪い。
横目でちらりと見てくるその視線が小馬鹿にしてる感じというか、笑ってるのを見て、ムカつく前にまず頭の中が白くなって何も考えられなかった。
少しずつ状況がわかってきたけど、どうすればいいのかわからない。
とにかくこれに対して何もできない自分も腹立たしい。
こんな事で今後の付き合いにヒビが入るのも嫌だし、触られているという事を口にするのも嫌だ。
私がこの接待の間耐えれば済む話なんだから、普段ならそう思って我慢する。別にこの手のセクハラは初めてじゃないから。
「へぇ、どれくらい仲良く?」
「どれくらいと言われても、普通のお付き合いですよ」
「別に誰かに言ったりしないよ」
「そう言えば佐伯さん先週くらいまで凝ったお弁当持ってきてたんだって?喧嘩でもしたの?」
……そう勘違いされるのか。
私と吉崎さんが付き合ってるって、むしろ世話されっぱなしというか、もはやお母さんみたいだったけどね。もう、居ないけど。
「別れたばっかりか、そうかそうかぁ」
酔いが回った赤い顔で竹山さんは私をじろじろ見て、軽く私の腿を撫でる。
ミミズやナメクジが這い回ってるみたいな気持ち悪さだった。
「この後時間あるんだったらもう一軒どうだ?いくらでも話を聞いてあげよう」
「ええと、明日も仕事ですし申し訳ありませんが……」
「何を言っているんだ、明日は土曜だろう」
同じく酔っているのか顔色は変わっていないけどムカつき度が5割増しくらいになってる部長が余計な事を言う。
部長もご存知でしょうけどこの忙しい時期に平日も休日もありませんから。
「とはいえ僕は明日家族サービスなんだ。そろそろ帰らないと家内に怒られる」
「お互いに鬼嫁ですねぇ。でも取引先の社員だからと言えばわかって貰えるはずなので、私は問題ありませんよ」
いや、あんたの家の問題とか門限とか知りませんけど。
部長は帰宅して私は竹山さんと二人きり?絶対嫌だ。
「仕事が残っているんです。またの機会に……」
そう言いかけたとき、部長の目から酔いが消えて小さく首を振ってるのが見えた。
……ふざけるな、と言いたい。
私は半分くらい飲んで手をつけるのをやめておいたハイボールを一気に仰ぐ。
「すみません失礼します!」
代金なんてわからないけどさほど食べてもいないので財布から3000円出して机に置いた。立ち上がるときについでに竹山さんの手を思いっきり引き離す。机にぶつけさせた気がしたけど、酔いが感じさせる錯覚だと思いたい。
引っ掴んだ上着を羽織るのも忘れて、私は店の外に飛び出した。
通されたのは半個室の座敷だった。
桐谷部長に目で竹山さんの横に座るよう示されて、私は顔には出さないけど渋々竹山さんの横に座る。3人なんだから私と部長が並んで座る方が絶対いいと思うんですけど。
整髪剤の匂いが鼻をついて、なんとも言えない気分になる。
「佐伯さんでしたか、すみませんね忙しい時期に」
「いえ、お構いなく」
わかってるなら帰らせてほしい。喉元くらいまでそれが出かけたけど言えるわけもないので笑顔を貼り付けて耐える。
食事代は経費で落とすらしい。それが経費で落ちるなら残業代も欲しいくらいだけど、とりあえず久しぶりのまともなごはんだから考えないでおく。
吉崎さんがいなくなった後の食事の状況はなかなか酷いものだった。
1日目の朝は頑張った。というか起きてしまったので食パンを焼いただけだけど。物足りなくてベーコン焼いて見事焦がしたのは失敗だった。
でも当然お弁当を作る余裕はなく、その日のお昼からあっさり崩れていった。
あのお弁当があったからお昼はちゃんと食べようというモチベーションになっていたらしい。今はパンを野菜ジュースで流し込むだけだからデスクで済ませてしまえる。
夜も当然疲れてるから何もする気力は起こらず、そのまま寝るかコンビニ弁当もしくはカップ麺。
だから接待とはいえいちおうまともな美味しいごはん食べられる……と思っていたのだけど、どうも肝心の料理でさえ美味しいと思えなかった。
「最近日曜大工に凝っているんですよ。棚なんか作ってみたりね」
「それは凄いですね。僕は不器用なもので、とてもできませんよ」
「私も棚は買うものだと思ってました」
適当に相槌を打ちつつ、早く終わらないかなと祈り続ける。
さっきから仕事の話とかは一切ない。まあそういう接待なのはわかってたけどね。とりあえず褒めて下手に出る。田中商事は前々から付き合いのある会社とはいえ、お付き合いがあるのは会社同士であって私と竹山さんは全く無関係だと思うんですよね。
「ところで、佐伯さん彼氏はいないの?」
「今は、いないですね」
今はってところをやや強調しとこう。この質問こそ無意味だよね。
半ば刺すようにして大根を摘み、口に放り込む。
「若いうちに作っとかないと、30にもなったら今どき、ねぇ」
「お気遣いありがとうございます」
余計なお世話だこのセクハラ野郎。もう嫌早く帰りたい。
話題を変えようと流れていた流行りの曲に反応してみるも、失敗。そういう話題なら男二人で喋っててくれませんかね。
ずっと同じ姿勢だったからちょっと身動ぎする。そこで太腿の辺りに何かが触れた。
ぞくっとすると同時に、それは動いて私の足の上に乗った。
「でも今どきの若い子は付き合ってなくてもとかよく聞くねぇ。これまで何人くらいと付き合ったの?」
「ひとりですね」
幼稚園の頃に仲良くて一緒に遊んだり帰ったり?今思えば恋人っぽいことしてましたね。居ないと答えるのは癪だから……そんな事より気持ち悪い。
横目でちらりと見てくるその視線が小馬鹿にしてる感じというか、笑ってるのを見て、ムカつく前にまず頭の中が白くなって何も考えられなかった。
少しずつ状況がわかってきたけど、どうすればいいのかわからない。
とにかくこれに対して何もできない自分も腹立たしい。
こんな事で今後の付き合いにヒビが入るのも嫌だし、触られているという事を口にするのも嫌だ。
私がこの接待の間耐えれば済む話なんだから、普段ならそう思って我慢する。別にこの手のセクハラは初めてじゃないから。
「へぇ、どれくらい仲良く?」
「どれくらいと言われても、普通のお付き合いですよ」
「別に誰かに言ったりしないよ」
「そう言えば佐伯さん先週くらいまで凝ったお弁当持ってきてたんだって?喧嘩でもしたの?」
……そう勘違いされるのか。
私と吉崎さんが付き合ってるって、むしろ世話されっぱなしというか、もはやお母さんみたいだったけどね。もう、居ないけど。
「別れたばっかりか、そうかそうかぁ」
酔いが回った赤い顔で竹山さんは私をじろじろ見て、軽く私の腿を撫でる。
ミミズやナメクジが這い回ってるみたいな気持ち悪さだった。
「この後時間あるんだったらもう一軒どうだ?いくらでも話を聞いてあげよう」
「ええと、明日も仕事ですし申し訳ありませんが……」
「何を言っているんだ、明日は土曜だろう」
同じく酔っているのか顔色は変わっていないけどムカつき度が5割増しくらいになってる部長が余計な事を言う。
部長もご存知でしょうけどこの忙しい時期に平日も休日もありませんから。
「とはいえ僕は明日家族サービスなんだ。そろそろ帰らないと家内に怒られる」
「お互いに鬼嫁ですねぇ。でも取引先の社員だからと言えばわかって貰えるはずなので、私は問題ありませんよ」
いや、あんたの家の問題とか門限とか知りませんけど。
部長は帰宅して私は竹山さんと二人きり?絶対嫌だ。
「仕事が残っているんです。またの機会に……」
そう言いかけたとき、部長の目から酔いが消えて小さく首を振ってるのが見えた。
……ふざけるな、と言いたい。
私は半分くらい飲んで手をつけるのをやめておいたハイボールを一気に仰ぐ。
「すみません失礼します!」
代金なんてわからないけどさほど食べてもいないので財布から3000円出して机に置いた。立ち上がるときについでに竹山さんの手を思いっきり引き離す。机にぶつけさせた気がしたけど、酔いが感じさせる錯覚だと思いたい。
引っ掴んだ上着を羽織るのも忘れて、私は店の外に飛び出した。
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