お隣さんはヤのつくご職業

古亜

文字の大きさ
上 下
37 / 67

美味しいは罪4

しおりを挟む
「どうぞ」

通されたのは半個室の座敷だった。
桐谷部長に目で竹山さんの横に座るよう示されて、私は顔には出さないけど渋々竹山さんの横に座る。3人なんだから私と部長が並んで座る方が絶対いいと思うんですけど。
整髪剤の匂いが鼻をついて、なんとも言えない気分になる。

「佐伯さんでしたか、すみませんね忙しい時期に」
「いえ、お構いなく」

わかってるなら帰らせてほしい。喉元くらいまでそれが出かけたけど言えるわけもないので笑顔を貼り付けて耐える。
食事代は経費で落とすらしい。それが経費で落ちるなら残業代も欲しいくらいだけど、とりあえず久しぶりのまともなごはんだから考えないでおく。
吉崎さんがいなくなった後の食事の状況はなかなか酷いものだった。
1日目の朝は頑張った。というか起きてしまったので食パンを焼いただけだけど。物足りなくてベーコン焼いて見事焦がしたのは失敗だった。
でも当然お弁当を作る余裕はなく、その日のお昼からあっさり崩れていった。
あのお弁当があったからお昼はちゃんと食べようというモチベーションになっていたらしい。今はパンを野菜ジュースで流し込むだけだからデスクで済ませてしまえる。
夜も当然疲れてるから何もする気力は起こらず、そのまま寝るかコンビニ弁当もしくはカップ麺。
だから接待とはいえいちおうまともな美味しいごはん食べられる……と思っていたのだけど、どうも肝心の料理でさえ美味しいと思えなかった。

「最近日曜大工に凝っているんですよ。棚なんか作ってみたりね」
「それは凄いですね。僕は不器用なもので、とてもできませんよ」
「私も棚は買うものだと思ってました」

適当に相槌を打ちつつ、早く終わらないかなと祈り続ける。
さっきから仕事の話とかは一切ない。まあそういう接待なのはわかってたけどね。とりあえず褒めて下手に出る。田中商事は前々から付き合いのある会社とはいえ、お付き合いがあるのは会社同士であって私と竹山さんは全く無関係だと思うんですよね。

「ところで、佐伯さん彼氏はいないの?」
「今は、いないですね」

今はってところをやや強調しとこう。この質問こそ無意味だよね。
半ば刺すようにして大根を摘み、口に放り込む。

「若いうちに作っとかないと、30にもなったら今どき、ねぇ」
「お気遣いありがとうございます」

余計なお世話だこのセクハラ野郎。もう嫌早く帰りたい。
話題を変えようと流れていた流行りの曲に反応してみるも、失敗。そういう話題なら男二人で喋っててくれませんかね。
ずっと同じ姿勢だったからちょっと身動ぎする。そこで太腿の辺りに何かが触れた。
ぞくっとすると同時に、それは動いて私の足の上に乗った。

「でも今どきの若い子は付き合ってなくてもとかよく聞くねぇ。これまで何人くらいと付き合ったの?」
「ひとりですね」

幼稚園の頃に仲良くて一緒に遊んだり帰ったり?今思えば恋人っぽいことしてましたね。居ないと答えるのは癪だから……そんな事より気持ち悪い。
横目でちらりと見てくるその視線が小馬鹿にしてる感じというか、笑ってるのを見て、ムカつく前にまず頭の中が白くなって何も考えられなかった。
少しずつ状況がわかってきたけど、どうすればいいのかわからない。
とにかくこれに対して何もできない自分も腹立たしい。
こんな事で今後の付き合いにヒビが入るのも嫌だし、触られているという事を口にするのも嫌だ。
私がこの接待の間耐えれば済む話なんだから、普段ならそう思って我慢する。別にこの手のセクハラは初めてじゃないから。

「へぇ、どれくらい仲良く?」
「どれくらいと言われても、普通のお付き合いですよ」
「別に誰かに言ったりしないよ」
「そう言えば佐伯さん先週くらいまで凝ったお弁当持ってきてたんだって?喧嘩でもしたの?」

……そう勘違いされるのか。
私と吉崎さんが付き合ってるって、むしろ世話されっぱなしというか、もはやお母さんみたいだったけどね。もう、居ないけど。

「別れたばっかりか、そうかそうかぁ」

酔いが回った赤い顔で竹山さんは私をじろじろ見て、軽く私の腿を撫でる。
ミミズやナメクジが這い回ってるみたいな気持ち悪さだった。

「この後時間あるんだったらもう一軒どうだ?いくらでも話を聞いてあげよう」
「ええと、明日も仕事ですし申し訳ありませんが……」
「何を言っているんだ、明日は土曜だろう」

同じく酔っているのか顔色は変わっていないけどムカつき度が5割増しくらいになってる部長が余計な事を言う。
部長もご存知でしょうけどこの忙しい時期に平日も休日もありませんから。

「とはいえ僕は明日家族サービスなんだ。そろそろ帰らないと家内に怒られる」
「お互いに鬼嫁ですねぇ。でも取引先の社員だからと言えばわかって貰えるはずなので、私は問題ありませんよ」

いや、あんたの家の問題とか門限とか知りませんけど。
部長は帰宅して私は竹山さんと二人きり?絶対嫌だ。

「仕事が残っているんです。またの機会に……」

そう言いかけたとき、部長の目から酔いが消えて小さく首を振ってるのが見えた。
……ふざけるな、と言いたい。
私は半分くらい飲んで手をつけるのをやめておいたハイボールを一気に仰ぐ。

「すみません失礼します!」

代金なんてわからないけどさほど食べてもいないので財布から3000円出して机に置いた。立ち上がるときについでに竹山さんセクハラジジイの手を思いっきり引き離す。机にぶつけさせた気がしたけど、酔いが感じさせる錯覚だと思いたい。
引っ掴んだ上着を羽織るのも忘れて、私は店の外に飛び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

お見合い相手は極道の天使様!?

愛月花音
恋愛
恋愛小説大賞にエントリー中。  勝ち気で手の早い性格が災いしてなかなか彼氏がいない歴数年。  そんな私にお見合い相手の話がきた。 見た目は、ドストライクな クールビューティーなイケメン。   だが相手は、ヤクザの若頭だった。 騙された……そう思った。  しかし彼は、若頭なのに 極道の天使という異名を持っており……? 彼を知れば知るほど甘く胸キュンなギャップにハマっていく。  勝ち気なお嬢様&英語教師。 椎名上紗(24) 《しいな かずさ》 &  極道の天使&若頭 鬼龍院葵(26歳) 《きりゅういん あおい》  勝ち気女性教師&極道の天使の 甘キュンラブストーリー。 表紙は、素敵な絵師様。 紺野遥様です! 2022年12月18日エタニティ 投稿恋愛小説人気ランキング過去最高3位。 誤字、脱字あったら申し訳ないありません。 見つけ次第、修正します。 公開日・2022年11月29日。

そんな事言われても・・・女になっちゃったし

れぷ
恋愛
 風見晴風(はるか)は高校最後の夏休みにTS病に罹り女の子になってしまった。  TS病の発症例はごく僅かだが、その特異性から認知度は高かった。 なので晴風は無事女性として社会に受け入れられた。のは良いのだが  疎遠になっていた幼馴染やら初恋だったけど振られた相手などが今更現れて晴風の方が良かったと元カレの愚痴を言いにやってくる。  今更晴風を彼氏にしたかったと言われても手遅れです? 全4話の短編です。毎日昼12時に予約投稿しております。 ***** この作品は思い付きでパパッと短時間で書いたので、誤字脱字や設定の食い違いがあるかもしれません。 修正箇所があればコメントいただけるとさいわいです。

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...