お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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ヤクザさんのお弁当2

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「梓、休憩行ける?」
「うん。ちょっと先行ってて。あと一箇所だから」
「はーい。なんか今日はご機嫌?」

え、そんなにわかりやすい?
同僚の横山有以子が私の顔をじっと見ながら頷いた。

「いっつも疲れ切った顔してるからね。いいことでもあった?」

いやぁ、お隣さんのヤクザさんにお弁当作っていただきまして……とは言えないので、とりあえず笑って誤魔化した。
有以子は時間が合えばよく一緒に昼ごはんを食べているすぐ隣の部署の同期だ。
席は取っておいてくれるそうなので、私はちょっと手を早めて空欄を埋める。よし、これ部長に送って……終わった!頑張った私!
鞄から吉崎さんお手製のお弁当を出して、有以子といつもお昼を食べる席へ。
有以子は先に座ってスマホをいじっていた。やってきた私を見てちょっと目を見開く。

「え、今日お弁当なの?いつもはコンビニのパンとサラダなのに?むしろそれ以外見たことないのに?どういう心境の変化?」
「ふふーん。それは言えない」

中身なんだろう。まさか、お昼まで吉崎さんのごはんが食べられるなんて……そのうち食べられなくなるんだなと考えるのは寂しいから、あんまり考えないようにしている。でも、ずっと食べられるわけじゃないから、味わえるうちに味わっておきたい。複雑だ。
包みを開けると、丸みを帯びた木のお弁当箱が姿を現した。

「かわいー!今人気だよね、曲げわっぱの弁当箱」

へぇ、人気なんだこのお弁当箱……木製ってお手入れとか大変そうだけど。洗って返すつもりだったけど、どうしよう。
とりあえず、食べ終わってから調べてみればいいか。
有以子が中身は何と興味津々。もちろん私もわくわくしてる。なんだろうこの宝箱開けるみたいな感じ。
留めてあった紺色のゴムを外して蓋を開ける。

「うぉ……」
「めちゃくちゃ美味しそう!え、これ梓が作ったの?」

……なんというか、失礼なのはわかるのだけど、何この可愛いお弁当!吉崎さんが作ったと思えないのですが。
丸い小ぶりなおにぎりが3つ入っていて、その間に作り置きのほうれん草の白和え、小ぶりなつくね、玉子焼き、プチトマトが入っている。
特筆すべきは丸いおにぎりだ。まるで手鞠みたいに細く切った海苔が巻いてあって、それぞれ胡麻と鮭、野沢菜と味付けが違って、さらに柄まで違う。
吉崎さん、この女子力を5パーセントでいいので分けてください。
私てっきり、片側にご飯があっておかずが詰めてある感じのお弁当を想像していました。むしろそれ以外にお弁当の詰め方ってある?とさえ思っていたのですが。
想像の遥か斜め上をいくお弁当を見て固まっていたら、不意に手元が少し暗くなった。

「佐伯さん、今日は弁当なんだね」
「あ……佐々木さん。そうですお弁当です」

声をかけてきたのは、私の部署の先輩である佐々木俊也としやさんだった。
ふっと笑う時の表情に癒されると、社内だけでなく社外でも人気の通称「微笑み王子」こと佐々木さんが、私のお弁当をまじまじと見ている。

「この弁当すごく可愛いね。佐伯さんが作ったの?」
「ええと、そ、そうです。お隣さんからの貰い物使ったりしてますけど……」

ごめんなさい。貰い物使ってるどころか全部が貰い物です。手柄横取りしましたすみません吉崎さん。
一部が事実。それが真実です。ほうれん草の白和えは私が作ったと言えるので、嘘ではない。

「料理好きなんだ。よかったらまた見せて」

そう言って佐々木さんはあの微笑みを残して去っていく。
その後ろ姿を見送ってぽーっとしていた私を有以子が小突く。

「よかったね、梓」
「ま、まあそうだね」
「どうしたの?あの佐々木さんに褒められたのに。てっきり喜んでるんだと思ってたけど」

確かに佐々木さんに声をかけてもらえたのは嬉しかった。でも、お弁当作ったの私じゃないし、と思うと素直に喜ぶことはできない。

「褒められたのお弁当だから……」
「でも作ったの梓なんでしょ?これを機にアプローチしてみたら?」
「いや、佐々木さん狙いのお姉様方の視線が怖い。そりゃあさ、いいなとは思うけど」

佐々木さんは私が入社したばかりの頃に教育係をしてくれた。このブラック企業で、同期以外で唯一優しくしてくれたのが佐々木さんだった。
憧れるのは必然だったというか、私は佐々木さんがいたからこのブラック企業で社畜をやってこれたとも言える。

「今は彼女いないって噂だけど、佐々木さんみたいないい人すぐ取られちゃうよ?」
「それはわかってるけど……」

自分が美人だったり仕事ができたり、どこか自信の持てるところがあれば違ったと思う。佐々木さんに憧れているからこそ、自分のできないが気になって尻込みしてしまう。
ちらりと佐々木さんのいなくなった方向を見ながら、お弁当の中の玉子焼きに箸を伸ばす。
甘くてほんのり醤油の香ばしい香り。しっとり柔らかくて……私にもこれくらいのお料理スキルがあったらなぁ。
吉崎さんの作るごはんって、どうしてこうも美味しいんだろ。


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ヒロインが鈍感であるということもありますが、吉崎さんが現状報われない原因の一つとも言える方です。

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